月の影
折角用意した布団には横にならず、沖田は一晩中起きていた様子だった。
朝、沖田と顔を合わせて驚いたのは神楽。
喧嘩をおっぱじめそうな空気をなんとか宥めた。
ぼんやりとしているが、時々目が合うと僅かに微笑む沖田を見て、昨晩の事を思い出した。
昨晩。銀時は居間のソファで寝ていたが、気になって、襖の間からそっと覗いてみた。
膝を抱えた格好で、窓から月を見ていた姿。
「お前さぁ、月に願い事とかそんなのしてんの?」
そう見えたから聞いてみた。
沖田は驚いたように目を見開き、食べかけの豆パンを皿に戻した。
伐が悪そうに笑う。
「・・・早く、禿げて腹の突き出たおっさんになりてぇなぁ、って、思ってたんでさァ」
笑えない。
想像も出来ないが、その願いは切実過ぎて全く笑えない。
「お似合いアル!さっさとなれー。蔑んでやるー」
すかさず言う神楽の頭を引っ叩く。
寂しい食事を終えた後、神楽に小銭を渡して外に出ているように言いつけた。
「さて」
ぽん、と膝を叩いて、沖田と向き合う。
沖田は顔を強張らせて銀時を見つめた。
「そんな顔しなくても。説教とかすんじゃねぇから」
「・・・違うんですかィ?」
何故ここで叱られると思うのか。
銀時は苦笑する。
「お前、どうしたい?」
「―――――え?」
「お前が断れば、あんな任務・・・って、あんなの任務じゃねぇけど。しなくてもいいってコト」
「・・・・・・」
沖田も分かっているらしい。
「大体、昔はともかく今の真撰組はそんなんで潰れたりしねぇって。お前のしてる事世間にばれる方が危ないって話だ」
「・・・土方さんが、そう言ったんですかィ?」
「ま。・・・そういうコト」
「それじゃ、まるで俺が好きでしてるみてェだな」
土方の口振りではそう聞こえた。
止めたのに聞かなかった。
こんな事で真撰組を守っている気になっている沖田が憐れだと。
そう言っていた。
「・・・嫌、だ」
ぽつりと、沖田は零した。
「――――――こんなのは、もう・・・、嫌だよ」
タスケテ。
全身でそう言っている様に見えた。
ずっと前からその信号は銀時に向けて発されていたのだろう。
何故自分に助けを求めるのか。その理由は解らないけれど。
「わかった」
銀時は立ち上がると、沖田の小さな頭をがっしと掴んだ。
「銀さんに任せなさい」
そう言って笑ってみせる。
「・・・優しいな」
沖田はそんな銀時を見上げて言った。
「旦那は・・・、本当に・・・、優しいなァ・・・」
見ている方が辛くなるような、そんな寂しい笑みだった。
実際、動いたのは土方だ。
「解った。お前はもうここまででいい。総悟の本音が聞けたならいい。俺が話す」
そう言って翌週竹屋に赴いたのは土方だった。
どう話を付けたのか、或いは脅したのか。
ものの10分程で出てきた土方は黙って頷いて暗闇に姿を消した。
これで本当に助けになったのか。
あまりのあっけなさに取り残されたような気分のまま、銀時も元の生活に戻った。
沖田が万事屋に訪れる事も、その日からぱったりと止んだ。
再会は川原の土手。
一ヶ月程経った時、夕闇が迫るその場所で、沖田は座り込んでいた。
あの夜を思い出した。
銀時の部屋で願いを掛けていたように見えた、あの姿。
あの時の彼に良く似ている。
「よぅ。・・・久し振りじゃね?」
声を掛けるのに時間が掛かった。
彼の中でそう簡単に整理が出来るはずもない、過去。
そこに踏み込んで引き返せるのか?
自分に問い掛け、否、と答えを出す。
だから、そっと願ってみた。
彼の中の悩みの影が綺麗に消えていてくれる事を。
「旦那か」
ちらりと銀時を見た沖田は、冷たい瞳をしていた。
あれだけ銀時に助けを求め、弱音を吐き出した彼とは別人の様だ。
あれから礼の一つも言いに来ない事を根に持っている訳ではないのだが。
願いも虚しく、彼の中の影はまだ色濃く残っているのが悲しかった。
「・・・何、また願掛けでもしてんの?」
そう言って、銀時は空を仰いだ。
茜色に染まった空。
紫にたなびく薄い雲。
――――――あれ・・・?
そして高い所に浮かぶ、下弦の月。
不意に焦げ臭い臭いを感じた。
それは現実ではなく、遠い、遠い昔の記憶。
あの時感じていた、やるせない気持ちと憤りと。
とっくに忘れたと思っていた戦場。
全てが一瞬にして蘇り、銀時は息を呑んだ。
あの時。
あの時確かに誰かに呼ばれた気がして、同じ様なこの空と月を見た。
姿はないのに、確かに感じた。
――――――あれは、何だった?何故今、思い出す?
沖田は黙ったまま空を見続けている。
否。と、自分で出した結論だ。
これ以上自分から踏み込むのは止めようと、銀時はふらつく足でその場を離れた。
その時。
「旦那の優しさは・・・、凍えそうだ」
銀時の背に聞こえた声。
思わず振り向いていた。
遠い昔に自分を呼んだあの声は、こんな声じゃなかったか?
「――――――お前、か・・・?」
“誰か”
叫ぶ声。
“逢いたい”
諦めない、強い声。
引き返した銀時は、沖田の腕を掴んで抱き締めた。
「もう・・・、無理だ」
とっくに引き返せない所に来ているのだ。
この腕の中の存在を、見て見ぬ振りなど出来ない。
離す事など出来ない。
まるで決められた出来事の様に。
続
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終わらなかった(汗)
またまた短くて・・・(滝汗)
あ、イラストの「月の影」とリンクしてマス。(今更)
あ、年齢設定とか。あんま何も考えて・・・ない・・・(今更)
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