月の影







あの背中に抱き付いてみたら、どうなるのかな。
昔、多分味わったコトのある温もりが、そこにはあるのかな。
覚えていないそれを、この人はくれるかな。

幼い日、そんな事を考えていた。

最初にそれを求めた人は笑顔で振り向いて、大きな手で抱き上げてくれた。
それはとてつもない安心感を俺にくれた。
一生、この人に付いて行こうと思った。

でも、求めていたのとは違った。

何を探しているんだろう?
誰を探しているんだろう?

病弱な姉と、裕福でない生活。
大好きな稽古と師匠と。
辛い仕打ち。
女を買えない貧しい男達は俺に目を付けた。
それはあの時代、めずらしい事でもなかったのだと今になって思う。
だけど苦しくて。
嫌で逃げ出したくて。

その次手を伸ばし、それを受け止め支えてくれた人を、俺は苦しめた。
「好きだ」
そう言ってくれた人を。
彼の欲望を身体に受け入れた時、やっぱり苦しみしか感じなかった。
違う。
それだけは解るのに。

何が違うんだろう。
俺は何が欲しいんだろう。


すっかり臆病になった俺は、その答えを見つけた。
逃げてばかりの俺をどこまでも追い駆け、歩けなくなった俺の手を引いてくれた。
全てをくれるとその人は言った。

何が欲しいかじゃない。

坂田銀時という、その人が欲しかった。

彼に、逢いたかった。










「―――――沖田、」
固く目を瞑りながら、目の前の肉棒を扱き、口に含む沖田に銀時は声を掛けた。
「も、いいよ」
軽く歯を立て先端に刺激を与えると、銀時は小さくうめいた。
「―――――無理、しなくていいって」
肩を強く掴まれて、はっと沖田は我に返った。
全身にびっしょりと汗をかき、がたがたと震える自分にその時気付いた。
その日、銀時の想いにどうしても何か応えたくて、自分の想いも伝えたくて、銀時の手を引いてホテルに向かった。
こんな自分に「触りたい」と言ってくれた銀時の望みを叶えたかった。
でも、考えるのは薄汚れた自分。
男を喜ばす術を知っている自分を、この人は軽蔑しないだろうか。
慣れた身体に失望しないだろうか。
離れて行かないだろうか。
怖くて。
同時に頭を過ぎる、下卑た笑みを浮かべる幾人もの男達の顔。
「俺、待つって言ったじゃん」
笑いながら、銀時は沖田の身体を抱き締めた。
「―――――ちが・・・、もう、ほんとに大丈夫だと思って・・・」
「まだ無理だって」
「・・・だって、これ以上待たして俺がおっさんになったら、アンタそんな気もなくなるじゃねぇか」
「やっぱりそんな事気にしてんだ?少しは俺を信じろって」
笑ってくれる銀時が怖くて仕方なかった。
笑顔が無くなる時を想像してしまう。
出逢えただけでもういいと、そう思った筈なのに。
「沖田君は可愛い。ずっとずっと可愛い」
頭を撫でて、子供をあやすように言う。
「――――・・・旦那、すっげおっさんみてェ」
「そうそう。お前がおっさんになったら俺はおじいちゃんよ?」
「想像できねェ」
身支度を整えた銀時に、沖田はそっと手を伸ばした。
「お前、寝れてるか?」
背中に抱きついた格好のまま、沖田は頷いた。
「ん。・・・多分」
「夢見てね?また一緒に寝てやろうか?」
沖田はぴくりと、銀時の言葉に反応した。
「・・・いいよ。大丈夫」
以前一度だけ飲み過ぎて、銀時と一晩を過ごした時があった。
その時入りすぎた酒のせいで酷い悪夢を見たのを覚えている。
内容は覚えていないし、銀時も何も言わなかったが、魘される自分を見せたくなかった。
「今日は悪かったな、旦那。次は絶対満足させてやっから」
冗談めかした沖田の科白に、今度は銀時は笑わなかった。
「満足ならもうしてっから。お前は余計な事考えない。悩まない、気を使わない」
そして、
銀時は振り向いた。
「もっと全力で俺に甘えなさい」
「―――――――」


他人に甘えるのがヘタクソな沖田は優しい言葉を掛けると眉を寄せる。
伝わらないなら、何度でも言う。
解るまで言い続ける。
どんだけ重くても死ぬまで背負うと誓った。
本当は、沖田が何にそんなに脅えているのかも知っていた。
過去の男達じゃなく、ただ一人。
土方に裏切られた事が何よりの深い傷になっているのだ。
酒に酔ったあの晩、沖田は泣きながらその名を呼んでいた。
助けて、嫌だ、どうして、と。
それを今更掘り返したりはしないけれど、二人の間に何があったのかも憶測でしか解らないけれど。
それだけ土方を好きだ、という事実に嫉妬も覚えるけれど。
全てひっくるめて、沖田が大事だ。
それは生半可な覚悟ではないと自分で思う。
だけど。
救われてた。
祈る沖田の姿に。昔自分を呼んだ声に似ている、その声に。
優しい色をした空と月と同じ、澄んだその心に。
俺だって救われてたんだと言って、理解してもらえるだろうか?
「旦那・・・」
囁いて、伸びる腕。頬に冷たい手が触れた。
そして唇が。
“ありがとう”
それは何度も銀時の耳に届いていた。

伝わっている。

伝わっていた。

だから、何時か夢を見なくなるその時に。


影が消えるその時に――――――――























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あれ、また「これ地下!?」と怒り買いそうな内容に。
いるかどうかわかんないけど、自己満足的に付け足してみましたー。