四
裏切り者には裏切りを。
結果は全て己の所業なのだと、誰かが言った。
土方と刃を交える伊東に攻撃してきたのは、味方にした筈の鬼兵隊だった。
土方の乗るパトカーに飛び移り、伊東は短刀を取り出した。
「しぶといな、君は。でも、いささか来るのが遅かったようだね。あの列車の中ではもう全てが終わっているよ」
「・・・上等だ」
伊東の言う事など、まるで信じていない目だ。
その自信はどこから来るのだろう。
土方は伊東の攻撃を避け、車から身を乗り出した。
「今から助けに行っても無駄だと言うのに」
「・・・・・」
「たった一人で何が出来る?近藤も、――――・・・沖田君も、あの人数相手では敵わない」
「――――車を寄せろ!」
運転している原田に声を掛け、土方は刀を抜いた。
「無駄だ!」
伊東も短剣を投げ捨て、刀を抜く。
「もっとだ!」
伊東の言葉を完全に無視して、土方は声を上げる。
「土方・・・!お前の相手は僕だ!」
翻った刀身は土方に届かない。
列車に飛び移った土方に、伊東も続いた。
静まり返った車内。扉を開けて立ち尽くす土方に、伊東も言葉を無くした。
血の海。
赤に染まった車内、充満する匂いに伊東は思わず口を手で押さえた。
「―――――・・・総悟・・・・」
土方の呟きは列車の音に掻き消される。
誰が沖田なのかも分からない。死体は皆、黒い隊服を着ている。
「―――――総悟・・・!近藤さん・・・!」
土方の叫びに似た声に、奥から返事が聞こえた。
「へィ」
白い手が上がり、ひらひらと翻る。
「総悟・・・!」
駆け寄る土方の背後で、伊東は目を見開いた。
「無事だったか・・・!近藤さんは?」
「あんま無事じゃねぇよ。近藤さんは俺が無理矢理隣の車両に避難させやした」
「―――――・・・そうか・・・」
安堵の溜息を吐き出す土方に、沖田はのんびりとした口調で声を掛けた。
「土方さん、後ろ、危ねェ」
伊東が斬りかかって来るのを、土方は刀で受け止めた。
「何故だ・・・!?何故、お前等は生きている!?」
「武州の田舎者はしぶといんだよ」
「ゴキブリ並みですぜィ」
やれやれと、沖田は腰を上げ、剣を振り翳した。
「形勢逆転だねィ。どうしやす?伊東さん」
「総悟、お前は休んでろ」
「嫌だ。俺ァ、この人に借りがあるんでィ」
「――――沖田・・・!」
伊東は目の前の二人を睨んだ。此れほど人を憎んだ事はない、と言うほどの憎悪が湧き上がる。
「貴様、ずっと、この僕を嘲っていたのか!?大人しく言いなりになりながら、ずっと・・・!」
伊東と沖田の刀がぶつかる。
「・・・んな事、ねぇでしょう。何かの間違いだったらいいなァ、って思ってやしたよ。近藤さんが悲しむ事になったら嫌だからね」
「――――――・・・・」
「伊東さん!」
その時、車両に飛び込んで来たのは、伊東の腹心、内海だった。
「鬼兵隊が我々に攻撃を・・・!」
「・・・・何だって?」
慌てて窓に飛びついた伊東の目に映ったのは、容赦ない勢いで真撰組が乗るこの列車に攻撃を仕掛ける鬼兵隊の姿。
「・・・止めろ―――――!」
叫んだ伊東の目の前に、ヘリコプターが姿を見せた。
その銃砲は真っ直ぐに伊東に向けられている。
けたたましい銃撃の音が響いた瞬間、目の前で内海の体が吹き飛ぶのを見た。
「――――――・・・・」
「アンタにも、ちゃんと頼りになる仲間が居たんじゃねぇか」
動けないでいる伊東を引っ張ったのは、沖田だった。
「――――あいつは・・・、僕を、庇ったのか・・・?」
沖田は頷いた。
「俺じゃなく、あの人を信用するべきだったんだよ。・・・・そして、それよりもアンタが信用するべきだったのは、近藤さんだ」
顔を上げると、隣の車両で必死に窓を叩く近藤の姿があった。
涙を流して、何かを叫んでいる。
“せんせい、すみません”
微かに聞こえる声に、伊東は力が抜けたように座り込んだ。
彼が、何を言っているのか分からない。
この状況が何なのか、分からない。
「どうやらあいつ等は、真撰組を殲滅するつもりらしいぜ?お前諸共」
土方の言葉に、伊東はただ動揺した。
「―――――まさか・・・。まさか。高杉は・・・、彼は確かに――――」
呟いた瞬間、先程の自分の考えが頭を過ぎった。
“上に立つ人間は策略が出来なくてはならない。
愚かな大将に集った人間は哀れだ”
伊東が近藤を嘲笑った様に、伊東を嘲笑う高杉の顔が浮かぶ。
――――――哀れなのは・・・・、この僕なのか・・・?
土方が鍵を開け、風通しの良くなった車両に飛び込んで来た近藤は、伊東に頭を下げた。
「俺がもっと、局長に相応しい人間だったら、先生にこんな真似させずに済んだ・・・・!」
そう言って、彼は涙を流して伊東に頭を下げる。
―――――裏切りを働いた者に向かって、何を言っているのだ、この男は。
呆れて言葉も出ない。
けれど、自分は知っていた。この男はこういう人間で、その器は自分など比較にならない程の大きさを持っていると。
―――――知っていたのだ。
伊東は沖田を見つめた。
「・・・さて、どうしやす?先生」
「―――――応援を呼び、退避だ」
「了解」
しかし、ヘリコプターから狙い撃ちにされた真撰組は為す術もない。退避など、しようもない。応援など何時来るかも分からない。
・・・そう思ったのは、伊東だけだった。
絶対絶命の状態で土方と近藤は、それでも剣を振り翳して敵に向かって行く。
その目には諦めなど微塵も浮かんではいない。
―――――そして、沖田も。額から血を流して、それでもなお立ち向かう。
あれだけの相手を一人で倒したのだ。
列車の中静かに見送った顔が、彼の最期の姿だと思っていた。
完全に全てを読み違え、その代償はあまりにも大き過ぎた。
だが、どこかで、壊し様もない彼等の絆という物も自分は感じていた。こうなって初めて、気付く。
有り得ない、けれど有って欲しいと願うものが、確かに存在する事に。
銃撃を避ける為、沖田が伊東の横に滑り込んできた。
「・・・君は、僕が憎いだろう?」
伊東は座席の背に隠れながら、隣に居る沖田に声を掛けた。
「何度言わせんでィ」
意外にもその声には笑いが含まれていた。思わず伊東は顔を上げた。
「俺の憎しみなんて屑だって言ったろ?あの人がアンタを許すっつーんなら、俺もそれに従うまででさァ」
「―――――・・・」
伊東は不覚にも、泣き出しそうになった。
「――――――君達は・・・」
もっと、真撰組よりももっと大きなものを手に入れようとしていた自分は、実はちっぽけなものに捕らわれていたのだ。
彼等の絆が、羨ましくて妬ましくて仕方なかった。
そして、彼を。
沖田を手に入れたくて仕方がなかった。
「・・・君にもう一度会えて、良かった」
“許す”と。それこそ有り得ない選択だ。
彼の口からそれが聞けた事が何よりの救いだった。
伊東は立ち上がると、土方を見た。
一瞬、視線が交わり、土方は剣を構える。
伊東の行く道はもう、一つしかなかった。
どうせ一つしかないのなら、最期くらいやりたい事をやろう。
伊東はヘリコプターの前に飛び出した。
「先生・・・っ!?」
驚いて止めようとする近藤の肩を、沖田は掴んだ。
「助けてもらいやしょうぜ」
伊東に標的を絞り狙い撃ちする敵に、土方は列車の上から斬り掛かる。
ヘリコプターの爆音が轟いた。
――――――もうすぐ、応援が到着する。
君達は、大丈夫だ。
最期の時、伊東の目に飛び込んだのは沖田の寂しげな微笑だった。
あの夜のむせ返るような花の香りが蘇る。
もし、もっと違う方法で近付いたなら・・・、
欲しかった彼の心を手に入れる事が出来たのかもしれない。
でも今、彼の大切な者を守れた満足感は現実だ。
花の香りの中、伊東は目を閉じた―――――――
終
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ふぅ〜・・・・。やっぱりノーコメントで・・・・・。つかもう、マジ上げたくなかった・・・・・(涙)
本編の鴨ちゃん頑張った!!私は貴方が大好きだ!!!萌えをありがとうっ!!!
サテ。次は初期設定逝くぞv