変わらない人
「・・・つー事で、アンタとは付き合えません」
告げた途端に泣き出す者。
満足そうに頷く者。
怒り出すのもいた。
あれから何度この科白を繰り返しただろう。
何度も逃げ出そうと思ったが、その度銀八との約束を思い出して、何とか此処まで来た。
後、はっきり振らなければならないのは数人。
厄介な数人。
沖田は顔を上げ、廊下に呼び出した伊東を見上げた。
とりあえず人目があれば妙な事もされないだろう、という考えだ。
「何だい?話とは?」
「・・・アンタが本気かどうかも知らねぇし、返事もいるかどうかも分かんねぇけど、はっきり言わせてもらいまさァ」
伊東は口元を歪めて笑った。
「話は聞いてるよ。全員にそうやって断っているそうだね」
「なら話は早ぇや。俺がアンタを好きになる確率は0だし、間違っても付き合ったりしやせん」
「――――土方君はどうした?」
「・・・何でアイツの名前が出てくるんでィ?アイツは何にも言わねぇよ。だから、こっちも何も言ってねェ」
「おかしいな・・・」
顎に手を当て、伊東は考えるように黙り込んだ。
「・・・つー事で、俺ァこれで」
「このまま、僕が大人しく引き下がると思ってるのか?」
伊東は眼鏡を人差し指で上げながら、そう言うと微笑んだ。
「正直、本気かどうかは僕自身定かではないが・・・、その他大勢と一緒にされて悔しいのは本当だ」
「・・・・・」
沖田は呆れた目で伊東を見返すと、無言で彼の横を通り過ぎた。
「帰り道とか寮で、一人にならないよう気をつけるんだね」
背に掛けられた言葉に不本意ながらぞっとした。
早足で教室に戻り、そこで見つけた顔にほんの少し安堵を感じた。
「めずらしいな・・・、高杉」
彼は顔を上げ沖田を見ると、その目を細めた。
そして再び前を向き、瞼を閉じる。
何時もと変わらないその様子に、沖田は近付けた気でいた自分が恥ずかしくなった。
――――――でも、キス・・・、されたよな・・・。
あれは何かの間違いで、あの時の高杉は別人だったのかもしれない。
不意にそんな可笑しな考えが頭を過ぎった。
何もなかった事にしといた方が、自分も気が楽な筈なのに。
「――――総悟」
その時後ろから土方に声を掛けられ、沖田ははっと顔を上げた。
「お前、何らしくねぇ律儀な事してんだ?あちこち振りまくってんだって?」
「――――――土方さん、声でかい」
「山崎は泣いてんし、女子共は怒り狂ってんし、何自分から恨み買うような事してんの?」
「はっきりしろって言われたからそうしてるだけでさァ」
「誰に言われたんだ?」
「・・・先生。つか、ほんとアンタ声でけェ」
「何で銀八に言われたからってそこまでするんだ!?馬鹿か?馬鹿だろう!?」
「――――他に方法が思い浮かばなかったんでィ!どーせ俺ァ馬鹿だよ!」
土方の言葉に我を忘れて沖田は怒鳴った。
「ついでに言っとくけど、全員振るつもりだから!解ったかィ?全員だ!土方さん!!」
「――――――・・・」
言葉を失くした土方を見て、一瞬怯んだ。
伊東や銀八の言った事は本当だったのか。と、思った。
けれど、吐き出した科白を撤回するつもりはない。もう決めたのだ。
「・・・・授業始めたいんだけど、いい?」
何時の間に鐘が鳴ったのか、気付くと銀八が教卓でこちらを眺めている。
静まり返った教室に、沖田は驚いた。
クラスほとんどの人間に知られてしまった。誰にもいい返事などするつもりがない事を。
気恥ずかしさを隠しながら、沖田は乱暴に自分の席に着いた。土方も大人しく席に着く。
―――――丁度いい。これでやっと、一人になれる。楽になる。
沖田はそう思いながら、瞼を閉じた。
「ま、気持ちは解るよ」
銀八は沖田にそう言った。
「いきなりムサイ男共に好きとか言われてもねぇ」
「・・・そうだよ」
沖田はむすっとしたままそっぽを向く。
「女の子も駄目だったワケ?中々可愛いの揃ってたじゃん」
――――流石に、女子を振るときは心が痛んだ。勿体無いと、思わないこともなかった。
だが・・・。
「もう決めたんでィ。誰か一人は決めねぇって」
「そっか。りょーかい。大人しく引き下がるよ」
「・・・先生・・・」
半信半疑だったのが、銀八の表情を見て信じざるを得なくなる。
本当に彼等は自分を好いてくれているのだ。
「早く行かないと押し倒すよ」
沖田は頷くと教室を出た。
何故、このままじゃ駄目なんだろう。何故、それ以上を求めるのだろう。
明日、何もなかったように皆と話せるのだろうか。
沖田は大きく溜息を吐き出した。
「・・・よぉ」
俯いた視線の先に学生服の足があった。
顔を上げると、それは高杉だった。
「大変そうだな」
彼から声を掛けてくるなど初めてだ。戸惑いながら口を開く。
「・・・大変だよ。でももう、それも終わりでさァ」
後数日顔を合わせるだけで終わりだ。
「甘いなぁ」
「え?」
思わず聞き返した沖田に、にやりと笑みを浮かべた高杉は素早く近付くとその腕を捕らえた。
「―――――何すんでィ?」
「伊東だっけ?あいつはこのままじゃ治まらねぇみてぇだぜ?お前を連れて来いってこの俺に命令しやがった」
「はぁ!?んで、大人しく懐柔されたってぇのか!?」
高杉は真意の読めない表情で沖田を見下ろしている。
「どんなエサに釣られたんでィ!?」
「・・・アイツ、警察になるって言うじゃねぇか」
「繋がってて損はねぇってコトかよ!?」
何も答えず自分を見る高杉の目が伊東のそれと被り、振り解こうともがいても剥がれない彼の手の力の強さに、沖田の背筋に冷たいものが伝った。
「・・・つか、嘘だよな?お前はそんなもんに釣られる奴じゃねぇだろ・・・?」
そう思ったのに根拠などない。沖田は高杉の何を知っている訳でもない。
或いは願いかもしれない。
「――――――は、」
その時、急に沖田の腕を掴んでいた力が抜け、高杉は笑い出した。
呆気に取られる沖田の前で、高杉は笑みを浮かべたまま見返してきた。
「俺が本当に言う事聞くと思ってるなら、あいつも間抜けだよな」
「――――――高杉・・・?」
「世の中自分の思い通りにはならねぇって思い知った、奴のアホ面が見たくてよ」
沖田は詰めていた息を思い切り吐き出した。
「すっげシャレになんねぇ!マジで売られるかと思ったじゃねぇか!」
「俺はそんな奴じゃねぇんだろう?」
「――――――・・・それは・・・、そう思ってたけど・・・。悪ふざけする様にも見えなかったから・・・」
何を言っているのだろう?
急に恥ずかしくなった沖田は彼に背を向けた。
「銀八に何を言われたって?」
引き止めるように掛けられた言葉に、振り向く。
「・・・答え、出せって・・・」
「明らかに生徒に口出し過ぎだよな?何だ?アイツもお前狙ってんのか?」
「・・・・・」
「土方もそうだよな?何人たぶらかしてんだ?」
かぁっと顔が熱くなる。
「賞品か何かと勘違いしてんじゃねぇか?」
「手に入らないと思うほど欲しくなるってやつか。いいと言う人間が多いほどその価値は上がる」
「・・・ねぇよ。価値なんて」
「それはお前が決める事じゃない」
高杉はゆっくりと沖田に近付くと、肩に手を掛けた。
「本当に一人もお前にとって価値のある人間はいねぇのか?」
「―――――――」
いる。
本当は失いたくない。
土方も銀八も山崎も。今のままでいいなら失いたくはない。
だから・・・。
「お前は、変な事言い出さないでくれよな」
高杉は眉を寄せた。
「やっと普通に話せる様になったから・・・、後少しだけどまたアソコでサボりやしょう」
沖田は情けない顔をしているだろうと、自分で思った。
もしかしたら、彼が唯一まともに話せる相手かもしれない。
あの時のキスは冗談だと彼が言った。だから、それでいい。
それでいいから、変わらず接して欲しい。
「・・・だからか」
高杉が呟く。
「だから、銀八の奴・・・」
「どうしたんでィ?」
首を傾げ高杉を覗き込んだ途端、キスされた。
「―――――――っ、」
数秒触れた後、ゆっくりと離れた唇が動き、最も聞きたくない科白を吐き出した。
「好きだ」
「―――――――」
「・・・って、俺が言ったら、どうするんだ?避けるのか?」
「え・・・」
「時間もねぇし、お前は自覚なさ過ぎだし。だから皆して目の色変えてるワケだ」
「・・・何が言いたいんだよ?」
「お前が餓鬼だってことだよ」
「―――――んだってェ!?」
完全に馬鹿にされている。
怒る沖田に呆れた視線を向けた後、高杉は顔を背けた。
「せいぜい頑張って貞操守るんだな」
「・・・・・・っ」
遠ざかる後ろ姿を沖田は何時までも睨みつけていた。
続
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