天邪鬼







何時もの如く騒がしい教室。目当ての顔がない事に気付いた銀八は、黒板を強く叩いた。

「あー、沖田は?欠席か?誰か理由知ってる人ー」

一転して静まり返った生徒達の顔をぐるりと見回し、銀八は土方に視線を止めた。

「知ってる人ー?」

知っていると、ほぼ断定の形で問い掛けられ、土方は眉を寄せた。

「知りません」

「正直にゲロしねーと吊るすよ?逆さに」

「・・・知りません」

土方は銀八を睨んだ。

昨日、怒涛のバレンタインが終わり、疲れ果てた表情の沖田は桂を土方に押し付けてから部屋に篭り、そのまま今朝になっても出て来なかった。
めずらしく部屋に鍵をしっかりと掛け食事も取らず、呼び掛けても「放っといてくだせェ」と一言返って来ただけだった。

しぶしぶそれを銀八に告げると、土方は主のいない机を眺めた。

「よし、じゃあ本日は自習」

黒板に大きく「自習」の文字を書き、とっとと教室を出て行く銀八に土方は慌てて顔を上げた。

「―――――おい!放っとくのか?」

走って白衣の背を追い駆け、土方は声を上げた。

「だって、放っといてくれっつったんでしょ?」

「――――俺ぁ、お前が何か知ってるかと思ったんだよ。だって昨日、放課後お前と話してからあいつ確かに様子変だった」

「ふーん」

銀八はにやりと笑う。

「このまま様子見に行こうと思ってんだよ。いい?行って」

「―――――――」

そうか。銀八が放っておく筈などない。昨日桂が居なかった事は最後まで気付いた様子もなさそうだったが、腐っても教師だ。やはり、沖田の欠席の理由に少しは心当たりがあるのかもしれない。

この時もまだ、土方は銀八を少しも疑ってはいなかった。

「・・・何で俺に断るんだよ?」

「一応、恋敵だから」

「――――――え・・・?」

その言葉が理解出来ず、ぽかんと口を開ける土方に、銀八は苦笑を浮かべる。

「抜け駆けはしねーから。せんせーとして、行ってきます」

何言ってんだ?

「―――――行って・・・、らっしゃい・・・」

銀八が廊下を曲り、その姿が見えなくなってもまだ、土方は何も理解出来ずにいた。











コンコン、と短く扉を叩く音に沖田は顔を上げた。

「留守でさァ」

短く返事をすると、扉の向こうで忍び笑いが聞こえてくる。

「・・・・先生・・・?」

「そ。俺。開けて?」

ぎしり、とベッドが軋む音が聞こえ、しばらくして鍵を開ける音が聞こえる。
その様子がおかしく思え、銀八は慌ててドアを開けた。

「―――――どした?」

ドアの前で蹲る沖田に驚く。

「気持ち悪ィ・・・。・・・腹、イテー」

「―――――何で・・・」

言いかけて気付く。部屋に散乱したチョコレートの包み紙。

「まさか、お前全部食ったの?」

「無理。全部無理。一口ずつ食うだけでいっぱいいっぱい」

銀八は溜息を吐くと、沖田を抱き上げてベッドに運んだ。

「・・・宿題、やろうとしてたワケね」

「・・・まぁ。それもあるけど・・・。自分がすっきりしたくて」

相手を思い浮かべながらそれを口にすれば、何かが解るのではないかと。そう沖田は思った。勿論、顔も知らない相手もあったが。

「すっきりした?」

「しねェ」

むすっと、沖田は銀八から顔を逸らす。

「土方は?あいつは何かくれたか?」

「くれねェよ。大体なんで、土方さんにこだわるんですかィ?本当にあの人俺の事好きなんですかィ?」

「・・・だって俺、他の奴等ライバルなんて思えねーもん」

「ラ・・・、って・・・」

沖田は僅かに赤面した。昨日抱き締められて初めて知った銀八の想いだったが、実は一晩経つと、あれは夢だったと思えて仕方ない。

「・・・つか、アンタはその・・・、何時から俺の事・・・?」

「お前が懐いて来てからだから、半年くらい?かわいーなーって思ってたけど、気付かなかった?」

「・・・・・・可愛くねぇよ・・・」

顔が熱い。

確かに、この教師の面白さに気付いてから纏わり付くようにはなった。

そして、銀八が自分を見る目に、時折優しさが混じる事にも気付いていた。

でもそれが“恋”だとは気付かなかった。

胃薬を飲ませて、沖田が落ち着いた所を見計らい、銀八は部屋を出て行った。

「明日は学校来いよ」

それだけ言い残して。

もやもやとした感情が沖田の中を渦巻いていた。

はっきりとしなくて気持ち悪い。

自分の気持ちも。土方の、銀八の気持ちも。そして昨日チョコをくれた奴等の気持ちも。

今の沖田には何一つはっきりしていなかった。






「・・・よォ、銀八」

あれから数日。沖田は毎日学校に来るし、以前と何も変わった様子はなかった。

何故かバレンタイン以来、周りの沖田に対する好感度が上昇した事は確かなようだ。

それを苦々しく思いながら、土方は銀八が居る科学準備室に足を踏み入れた。

「こないだ言ってた事、本気なのか?」

「こないだ?」

わざとらしく惚けた顔をする銀八に土方は眉を上げた。

「・・・総悟の事好きなのか?って聞いてんだよ」

「―――――お前は?」

銀八は机から顔を上げると真っ直ぐに土方を見つめた。

「俺さぁ、後から来たのに追い越されて泣くの嫌なんだよね」

何処かで聞いた歌のフレーズだ。

「後から掻っ攫う危険性があるのはお前だけ。だったら今の内に潰して前に進みたいワケよ」

「―――――・・・本気、って事なんだな」

「もう卒業だからね。我慢しなくていいし」

「・・・・・」

開き直った大人に何も言い返せない。それにしてもあんまりな言い分ではないか。
も少し余裕をくれてもいいのではないか。
自分が手を出せるから、お前も出すのか出さないのかはっきりしろと言っているようなものだ。
後からはなしだぞ。と脅されているようなものだ。
と、言うよりも沖田を特別に想ってたのは銀八よりも土方の方が先の筈だ。
何もしなかったのは本当だが・・・。

「―――――じゃあ、乗るよ。黙ってたら何か後悔しそうだ」

しぶしぶ土方はそう言った。かと言って、現実にどうすればいいのかは今一分からない。

――――とりあえず、買ったチョコ渡すか。すげー今更だけど。

そんな事を考えながら銀八を見ると、その表情は今だかつて見た事もない険しいものに変わっていた。

「・・・・銀・・・」

「お前、遅ぇんだよ。みんなノってる時にノれや、ボケ。バレンタイン終わってからみんな大人しいじゃねぇか。あいつらのがよっぽど大人だよ。お前だけだよ、今頃乗るとか言ってんの。馬鹿じゃない?季節はずれのインフルエンザに罹って死ね」

途端に大人気ない態度で八つ当たる銀八に、土方は怒りも忘れて唖然とした。

「―――――その喧嘩、買ったからな」

銀八の返事はなかった。












「俺ァ、信じられねーんでさァ」

沖田は銀八の前に椅子を持ってきて陣取ると、そう言った。

「アンタ等の“好き”は何処まで本気か信じられねェ!要するに俺はアンタ等信じてねェって事なんです」

「・・・・あー。まぁ・・・、普段が普段だからねぇ」

一瞬視線を空に向けた後、銀八は机の上にそれを戻した。

「あ、でもアレだ。俺もお前に“好き”って言われても信じねぇ」

「普段が普段だからねェ。っつか、ナニソレ。そんじゃ絶対答えなんか出るワケねぇでしょう?つか、アンタは何をどうしたいわけですか?俺は何答えればいいんですか?」

「・・・俺の事、好きか嫌いか。もしくは誰が好きなのか」

「言っても信じねェって今言ったじゃねぇかっ!?振られんのだけは受け付けるって、どういう根暗思考でィ!?」

「・・・信じさせればいいんじゃね?」

銀八の視線がふと自分に戻って来て、沖田は動きを止めた。

「もし、本当に俺の事好きになったんだったら、何してでも信じさせてみ?」

「――――――な・・・」

本末転倒な事を言われて、沖田は動揺した。

―――――信じさせるのはアンタの方だろう?

そう言い返そうとした沖田は、銀八の悪戯っぽい目を見て口を噤む。

「信じさせてやるよ」

まるで心の中を読まれたような錯覚に陥った沖田は、次の瞬間その腕の中に捕らわれていた。

がたん、と椅子が揺れて倒れる。

「―――――センセ・・・・!」

慌てる沖田の唇に、銀八のそれが近付き触れる。

「―――――セ・・・・」

息を飲まれ、声は塞がれてそれ以上発する事は出来なかった。

「・・・ふ、・・・ぁ・・・」

「なんつー声出してんの?」

激しくて、けれども優しい銀八のキス。

「・・・だって・・・、何か、気持ち、い・・・」

初めて感じる心地いいその感覚に、沖田は瞼を閉じた。

「――――――少しは、信じる気になった?」

そう言った銀八はそっと沖田から離れた。

あれ?と、沖田は拍子抜けする。もう少しそうしててもいいと思った自分にも驚く。

「・・・ま、冗談じゃこんなコト出来ねぇってのは分かるよ。・・・でもアンタ、上手いだろ?どこで経験積んだワケ?」

「褒め言葉だな。センセの過去が知りたければ課題の答え出してからもう一回来なさい」

「・・・まだソレ言うの?好きと嫌いの境界くらいは分かるけど、誰か一人ってーのは・・・」

―――――どうやって決めるもの?

「土方にも今と同じのしてもらえば?」

「へ?」

沖田は思わず銀八を見つめた。

「ま、俺ほどじゃないかもしれねーけど」

そう言って笑う銀八を、沖田はますます凝視する。

ナニソレ?

今のを他のとしてもいいワケ?

それってやっぱり俺に本気じゃないって事だよな?

沖田はむっと口を閉じて、再び机の上の書類に向かう銀八を睨みつけた。

それくらい解る。自分だったら、好きな相手が他の人とキスなんてしたら嫌だ。

抱き合うのも、一緒に居るのを見るのも嫌だ。・・・と思う。

「・・・アンタ、最悪」

少しでも信じようと思った自分が浅はかでむかつく。

沖田は乱暴に扉を閉めて、その教室を後にした。



―――――解らなくて当然だ。

銀八は閉められた扉を眺め、溜息を吐き出した。

「焦ってんだよ」

呟き、自嘲の笑みを浮かべる。

下校の鐘が鳴り始めた。





ムカつく。

はっきり言って、非常に腹立たしい。

少しでも本気で考えようと思っていた自分が情けない。

「してやる」

沖田は顔を上げ、夕闇が迫る空を睨んだ。

銀八の目の前で、土方と今日のアレを思い切りしてやる。

そう心に決めると、沖田は寮への道程を踏みしめた。





「――――――何だ?話って?」

翌日、怒りの納まらぬまま、沖田は土方を呼び出した。・・・はいいが、いざ口実が見つからなくて少しばかりうろたえる。

「いや・・・、チョコレートもらったから、一応返事みたいのしとこうかなァって」

数日前、何を思ったのか土方は沖田にチョコを差し出した。

「返事?今、ここで?」

「や、悪ィ。胃が痛くて食ってねぇんだけど、その・・・、返事っちゅーか・・・、確かめるっちゅーか」

いや。本当に自分は何を言う気なのか。

と、言うよりこれでキスなどしたらオッケーの返事になるのではないのだろうか?

「総悟?」

怪訝そうな土方の顔。

それは困るがしかし、そのシーンを見せ付けて自分は銀八に何の仕返しをするつもりなのか。

銀八が怒ってくれればいい。「ザマミロ。アンタがやれって言うからやってやったんでィ」と、言ってやれる。

が、無反応だった場合は・・・。

何も考えずに土方を呼び出した事を、ようやく後悔し始めた。

もうすぐ職員室から出て来た銀八がココを通る筈だ。

「・・・あー。やっぱ、いい。何でもねェ」

「いいってお前な・・・、そこまで言ってそれはねぇだろう?」

「すいやせん。ほんっと、マジごめんなさい」

「総悟―――――」

土方が苛々と沖田の腕を掴んだ時、授業の始まるチャイムが鳴り響く。

生徒達は教室へと入り、廊下が静まり返る。

当初の予定通りの設定ではあった。が、

「ああ、ほら先生来ちまう。教室戻りやしょう・・・」

「もう来たよ」

沖田は慌てて土方と共に柱の影に身を隠した。

「・・・何で隠れるんだ?」

土方の問い掛けに、シッと指を立てる。

銀八だ。だが、一人ではなかった。

「もうすぐ・・・、卒業式ですね」

並んで歩くのは、英語教師である結野先生。

「あー。せいせいしますね」

銀八は彼女から少し離れて歩いている。何処か不自然だ。

「寂しいんじゃありません?銀八先生のクラス、とても賑やかだったから」

「すいませんね。何時もやまかしくしちゃって」

「そういう意味じゃないんです」

慌てて手を振り、結野は少し俯く。

「・・・どうして何も言ってくれないんですか?」

「・・・・・」

「この年でバレンタインにチョコを渡すのって、勇気いるんですよ」

沖田は自分の耳を疑った。











「おおぉーい。何だぁ?二人揃って遅刻かー?」

銀八と結野をやり過ごし、後から教室に戻った二人は先に到着していた銀八に冷たい視線を向けられた。

「おおぉーい。何無視してんですかコノヤロー。廊下に立つか?」

「・・・・・」

下から睨み上げる沖田の迫力に言葉を無くした銀八に、土方は少しばかり同情の視線を向ける。

「何・・・、何かあったの?」

それも完全に無視すると、沖田は乱暴に自分の席に着いた。








「結野かぁ。俺ぁ、銀八の方がお熱だって噂聞いてたけどなぁ」

放課後。教室に残った土方は同じく残っている沖田に話し掛けた。

その噂は沖田も耳にしていた。

「つー事ぁ、あいつらは両想いで・・・、アイツのあの時の科白は・・・」

――――――俺をけしかける為?

土方一瞬そう思ったが、あの時の銀八はそういう風には見えなかった。あのクサレ教師はやっぱり沖田が好きなのだろう。

そして、沖田の不機嫌の理由は・・・。

重たい沈黙が流れ、それを破るかのように急に教室の扉が開いた。

「―――――何、お前等まだ居たの?今日はまた何時も以上にひっついてんじゃね?」

噂の当人だった。

「―――――先生、課題の答え、今言っていいですかィ?」

沖田は怒りの表情のまま、口を開いた。

「・・・うん・・・?」

「俺ァ、アンタは嫌いだ。土方さんのがずっといい」

「―――――、その方程式は?」

「アンタのより土方さんのキスの方がずーっと良かったからでィ!」

乱暴に言い、沖田は銀八と土方に視線もくれず教室を出て行った。










「俺達、キスなんてしたか?」

前を歩く沖田に土方は問い掛けた。

「銀八とはしたんだな」

返事がないので土方は続けて言葉を発した。

「お前が俺の事何にも考えてねぇのは良く解ったよ。当て馬にされるほどムカつく事ってねぇのな。初めて知ったわ」

「――――――、」

沖田は慌てて振り向いた。

「土方さん。・・・俺・・・」

「言い訳すんな。つか、もう俺を巻き込むな。・・・俺も、アレだ。気の迷いだったかもしんねぇし。もう返事とかいらねぇから」

――――――と、言うより、もう既に返事は解っている。

少なくとも、土方は沖田の恋愛対象ではない。

何も返事できないで居る沖田を見て、土方は溜息を吐き出した。

「ま、そう悩まなくてもいいんじゃねぇか?卒業しちまえば誰とももう会わないで済むんだからな」

「・・・・・」

・・・もう、会えない?

・・・誰とも?

沖田は頭の中で土方の言葉を繰り返した。










「――――っつーワケで、俺ぁ降りた」

翌日、土方は銀八にそう言った。

「何が、というワケ?沖田君と上手くいってるんじゃなかったの?」

「いくか、ボケ。全く、お前にもアイツにもいいように踊らされた自分が情けねぇよ」

「全く話が見えないんですけど」

何時も以上にボケた表情の銀八に、土方は思わず苦笑した。

「・・・どうだ?フラれた気分は?ま、結野っつー代わりがいるから立ち直りは早いか?」

銀八は少しだけ目を見開いた。

「何で知ってんの?・・・つか、まー・・・。傷は浅いよ。予想はしてたし、この為に予防線張ってたからね」

「・・・その予防線ってのは・・・、俺か?」

「そうとも言う」

「面倒臭ぇな、大人ってのは」

今度は銀八が苦笑を浮かべる番だった。

「少なくとも、俺だけはお前がアイツに本気だったって知ってるワケだから。同情してやるよ。慰めてはやんねぇけど」

「そりゃ、こっちの科白でしょ。アレ?でもなんでお前もフラれちゃったワケ?」

土方は銀八をじろりと見た。

―――――教えてやるか、仕方ない。

「・・・俺達は、キスなんてしてねぇって事だよ」

「――――――え?」

「結野とお前の話聞いた総悟が、嘘言ったんだよ」

「――――――・・・」

銀八は目を瞠り、土方を見つめた。










ばん、と音を立てて教室の扉が開いた。

沖田はびくりと身体を揺らし、扉の方を見て顔を顰めた。

――――――さっさと帰れば良かった。

今は銀八の顔など見たくもない。

鞄を掴んで反対側の扉から出て行こうとする沖田に、銀八は声を掛けた。

「待ちなさい。課題の添削済んでないの忘れてたわ」

「あんな課題無効でィ。つかよォ、そもそもバレンタインなんてフザケタもん作った奴、抹殺してぇんだけど。アンタ諸共」

「殺したいほどアイシテル?」

「涌いてんのかィ?先生?永遠にサヨナラするかィ?」

出て行く素振りを見せながら、そうしない沖田に、銀八はずかずかと近付いた。

「ヤキモチまではオッケー。でもその態度はマイナス」

「―――――ヤキモチだ?ふざけんな」

「・・・ああ、でも、そのツンデレが俺を放さないんだよね。仕方ねぇなぁ」

逃げる素振りは形だけ。こうして放課後、沖田が何かを期待して自分を待っていたのだと自惚れる。

捕まえた身体が、その自惚れを肯定する。

「・・・結野先生ってさぁ、髪の毛さらさらで、色とか似てね?」

さらり、とそれに指を通しながら、囁くように銀八はそう言った。

「もし、俺が普通に女しか駄目で、しとやか好みだったら間違いなくアレだったけどさぁ」

銀八の腕の中で、大人しく沖田は聞いている。

「駄目じゃん?コレのがいいもん」

「・・・人を物みたく言うんじゃねぇよ」

「思った以上にいい反応で先生嬉しいわ」

「・・・まだ、アンタの事好きとか言ってねぇんですけど」

「―――――それでいいよ」

「・・・・・」

沖田は恐る恐る腕を伸ばして、銀八の背に回した。

焦っていた、と銀八は呟いた。

「・・・それって・・・、どういう意味?」

「何としてでも今月中に・・・、卒業までに俺のモンにしたかった、っちゅー意味」

「・・・もう、会えなくなるから?」

銀八は頷く。

半端でいい加減な答えならいらなかった。卒業したからといって、障害が一つ減るだけ。

揺るがないもの。それしか求めていなかった。

とは言え、人の心ほど移ろいやすく、信じるに値しない事も知っている。

「・・・信じて、いい?」

銀八らしくない弱気な発言に沖田は驚いた。

「どーしたんでィ?センセ?」

「ほんとの俺ってこんなんよ。お前の答え聞くの怖くて震えてるような人間なんだよ」

「随分強気に見えたけど?」

「・・・男って虚勢張る生き物だから」

沖田は銀八の背をぽんぽん、と叩いた。

「・・・しょーがねぇなァ」

土方とはキスしようと思っても、実際前にしたらとても出来なかったし。銀八が他の人と居るのを見てこの上ないほど腹が立ったし。もらったたくさんのチョコよりも、この抱擁の方が何倍も効果があったみたいだし。

やっぱり、そういう事なのか。

一緒に居るのも、キスをするのも、抱き締められるのも、この人がいい。

そういう事なのだ。

「弱ってるセンセってのも、いいもんだな」

「S心くすぐる?」

「くすぐる、くすぐる」

――――――ああ、でも、ほら。

途端に気を取り直した表情で顔を近付ける銀八に、沖田はそっと溜息を吐く。

褒めると直ぐ調子に乗るんだよな。

一頻り唇を合わせた後、沖田は口を開いた。

「センセーの過去、洗い浚い吐いてもらいやすから」

「げ?」

「今夜、一晩かけてじっくり」

「――――――」

赤面する銀八というのも、滅多に見れるものではないだろう。





卒業式が目前に迫っていた。

どうしてもその前に形にしたいと思った、銀八の気持ちを理解出来る。

寂しいとは、思わずに済みそうだった。












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こっちに上げました。
何か書き直そうと思ったけど、何処に手を手をつけていいのか解らず・・・、ほぼそのまんま。
ありがとうございましたvv