意地
男にもてる男を好きになってしまった。
が、彼の反応はあまりに酷く、まるで男好きな男は死ね、存在の価値すらない。
と言わんばかり。
そんな態度を取られたら、ずっと彼を好きだった自分の立場は揺らぎ、このまま友人の地位を守るだけで精一杯。
伝えたい。
知られたくない。
そんな葛藤に頭を悩める日々。
渡しそびれたバレンタインのチョコレートは今だ机の奥に眠っている。
視線を感じて土方は振り返った。
「・・・どうした、総悟・・・」
恨みがましいような、話したい事があるような、意図のはっきりとしない視線。
その主は、今土方の頭を占める存在、沖田総悟だった。
「もうすぐ卒業ですねェ」
「・・・そうだな」
「悩みなさそーな面しやがって。俺の悩みをアンタに押し付けてやりてぇよ」
悩みがない?
俺が?
あまりに心外な沖田の言葉に、むっとした。
「その科白、そっくり返してやるよ。・・・つか、何悩んでるって?進路も決まったし皆浮かれてるじゃねぇか」
「アンタにゃわかんねぇ高尚な悩みだよ。・・・つかなァ、無理だろ」
最後は独り言の様に呟くと、がりがりと頭を掻いて、沖田は立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「センセーんとこ」
眉間に皺を寄せたまま、沖田は教室を出た。
「何で付いて来るんですかィ?」
「・・・・何となく」
呆れるほど鈍い沖田も、流石に2月14日に告白されまくって自覚したのか、かなり大人しくなっていた。
以前なら無防備に寝ているのに、南戸と伊東に襲われてからそれもしなくなった。
ただ、その分何故かZ組担任、坂田銀八と異様にくっついている。
大人しくなるのは良いが、それが心配で土方は心落ち着く時がない。
「・・・二人で何話してんだ?」
「だから、高尚なコトだよ。つか、何?俺が心配なワケですかィ?」
「――――んなワケあるかっ!馬鹿二人が何話してるかなんて興味あるかっ!」
確信を付かれると、照れが邪魔して本音とは違う事を言ってしまう。
「そうだよなァ。アンタが俺に興味ある筈ねぇもんなァ」
「・・・いや、まぁ・・・、無駄に付き合いだけは長いからな。・・・なんだ、悩みがあるなら聞いてやらなくもねぇけどな・・・」
自分にしてはかなり、甘い言葉だと思った。口にした途端気恥ずかしさが襲ってくる。
が、沖田はむっとした様子で土方を睨んでくる。
「誰がアンタなんかに相談なんかするかィ。定晴にした方がマシでィ」
定春とは、学校が飼っている巨大な犬。
「あんだとっ!?」
「じゃ、そういう事で」
冷たく背を向けると、沖田はそのまま銀八が居る準備室に入って行った。
「可愛くねぇ・・・」
この状態で告白して、甘い関係が得られる可能性は限りなく零に近いと思う。
「・・・つか・・・、待てよ・・・」
あまり考えていなかったが、まさか銀八も沖田を好きだという可能性はないのだろうか?
バレンタインの日、銀八と話してから沖田が考え込む事が増えた気がする。
でもそれは沢山のチョコをどうしようか程度の悩みだと思っていた。
もし。もしも。
銀八が沖田を好きで、沖田もそれを了承していたとしたら。
二人きりで居る今の状況は・・・。
「校内デート・・・」
いやいやいや。
頭を振って、その考えを訂正しようと試みるが、次の瞬間には再びその考えが頭を支配する。
沖田の悩みは、教師と生徒のタブーの関係の悩みで。
この扉を開けたら、二人はどんな顔をするのか。
無性に開いてみたい衝動に駆られたが、やはり怖くてそれは出来なかった。
それから数日。
考えすぎて頭がおかしくなりそうな土方は、銀八の元に足を向けた。
「おや、めずらしい。土方君」
「・・・総悟じゃなくてがっかりか?」
「別にー。何か用?」
しれっと答える銀八に、不信感は更に膨れ上がる。
「・・・お前、まさか生徒に手ぇ出したりしてねぇよな?」
「いきなり何の事?」
ふ、と鼻で笑って、銀八は土方に向き直った。
「人聞きの悪い事言わないでくれる?」
真っ直ぐに見つめ返されて、土方は自分の考えを訂正したくなった。
「いや・・・、だよな・・・。いくらお前が馬鹿でも、んな危ないコトしねぇよな」
土方は苦笑を浮かべて銀八の前に置かれた椅子に腰掛けた。
「んじゃさ、バレンタインの日、総悟に出した課題、っての何だ?」
「・・・お前、さっきから沖田の話ばっか」
「・・・んー、な事ねぇよ・・・!そうだ、アレだ。今日のHR、山崎がミントンしてましたぁっ!」
「はぐらかしてんじゃねぇよ」
「――――――」
本音を見透かされて動揺しない人間などいるのだろうか。
しれっと受け流すには、土方はまだまだ経験が足りない。
がたっと音を立てて椅子から立ち上がると、慌ててその部屋を出て行こうとした。
「さっきの質問だけどさ」
ノブに手を掛けた所で銀八が口を開く。
「例え生徒と何かあっても、簡単にそうです、とは言わないんじゃない?」
「―――――・・・・」
何も言えずに部屋を出た土方は考え込んだ。
大人は真っ直ぐ目を見て嘘を言えるのかもしれない・・・。
確信をつかれても動揺しないのかもしれない・・・。
はぐらかされたのは、自分の方なのかもしれない。
「邪魔なんですけど」
不意に声を掛けられて、土方ははっと我に戻った。
目の前に沖田が居る。
また、銀八と二人きりになる為に此処に来たのだ。
もう、そうとしか思えない。
「・・・お前、もらったチョコどうしたんだ?」
「はぁ?やっぱりぜーんぶセンセにやりやした」
ぶつっと、何かが切れる音がした。
「もうすぐ卒業だな」
「・・・そうですねィ・・・」
様子の変わった土方に、沖田は少しだけ眉を寄せた。
「もう、お前と会わないで済むかと思うと清々する」
吐き捨てるように言うと、土方は教室へ向かった。沖田の顔は見れなかった。
進む大学は別々。
こうして腐れ縁が切れて、真っ当な自分に戻れるかと思うと本当に気が晴れる思いだった。
男に失恋したなどと。
人生の汚点を残す前に吹っ切れて良かった。告白などしなくて良かった。
そうして土方はわだかまる想いに気付かぬ振りをする事に決めた。
「・・・えー、では帰りの会を開きます」
教室にそろった生徒を前に、銀八は口を開いた。
「小学校じゃないんだから」
誰かが発した突っ込みも、銀八はぼんやりとスルーする。
「明日の持ち物は筆入れと連絡ノートです」
最早誰も突っ込みを入れない。
と、言うか入れる事が出来なかった。
銀八の頬に大きな痣。
心ここにあらずな態度。
「はい、さよーならー」
「さよーならー」
担任に合わせる大人な態度を取る生徒達は次々と教室を出て行った。
土方もそれに習おうと鞄を掴む。
銀八の痣。ここに居ない沖田。
気にはなったが、これ以上傷を広げたくはなかった。
「ちょ、土方君残って」
「・・・・・」
「気になるよね?先生痛そうだよね?沖田君居ないの気になるよね?」
「痴話喧嘩でもしたか?」
「・・・だったら良かったんだけどねー」
言い様、銀八の右手が動いた。
次の瞬間、土方の左の頬に衝撃が走った。身体がぐらりと揺れる。
何が起こったのかも判らない。
「いや、俺が悪いんだけどね。悪いの俺なんだけどさ。ちょっと理不尽じゃない?」
「・・・何、言ってんだ・・・?」
つか・・・、痛ぇ。
「これ、沖田君に嘘吐きって殴られたの。お前に張ったのより数倍イタイワケよ。沖田君容赦ないからね」
「良かったな」
・・・じゃなくて。
それでどうしてその仕返しに土方を殴るのか。
「先生が言いたのはだなー・・・」
土方の肩を掴み、銀八は息を吸い込んだ。
「何時までも意地張ってんじゃねぇよ!お前の小っさい意地なんてティッシュに包んで捨てちまえ!」
「・・・・・・・は?」
「まぁだわかんねぇのか!?もう一発いくか!?」
「ちょ、ちょちょちょ、」
本気で殴りかかる姿勢の銀八に、土方は焦って後退った。
「手前が何に怯えてんのか知らねぇけどなぁ、誰が何と言おうとお前はホモなの!認めろ!ホモ!!」
言いたい放題の雑言に、土方は呆気に取られ、言葉も出せない。
「・・・でもなぁ、それで何で、どこに恥じる必要があるの?センセーわかんない。つまんない意地張って泣かせるよりは認めて胸張った方がいくね?」
泣いてる?誰が?
総悟が?
どうして?
「ヤキモチ焼かせ作戦の失敗で泣かせたんだから俺も同罪なワケなんだけどね」
ここまで来て、ようやく話の大筋が見え出す。
ヤキモチなら充分だ。嫉妬で苦しくて逃げた。二人の間に割って入る勇気はなかった。
・・・それで、アイツを傷付けた・・・。
「・・・まだわかんない?」
「――――――解るかっ!俺が意地っ張りだって言うなら、アイツの方は何だ!?もう意地なんてかわいいもんじゃねぇだろが!?」
嬉しさ。というよりは混乱と怒りの方が勝る。
「そう。沖田君も悪い。でも可愛いから許す。つか、ようやく解ってくれて嬉しいよ」
遠回しに言った自分の責任は棚に上げ、銀八は大きく頷いた。
「可愛いって何だ!?このセクハラ暴力教師!」
怒鳴りながら、土方は銀八に掴みかかった。
「今、俺と喧嘩する暇あるワケ?別に相手になるけど?俺強いよ?」
至近距離で銀八を見つめ、土方は手を放した。
「・・・この隙に掻っ攫おうとか、思わなかったのか?」
銀八は口の端を上げて笑った。
「やだ。そんな虚しいの。俺の愛は、おーきくてふかーいの」
「―――――俺は・・・、小せぇな」
「うん」
苦笑を浮かべ、土方は教室を出た。
沖田を見つけたのは、日が暮れてからだった。
寮に戻っている可能性は考えず、校内や通学路を散々探した後だった。
へとへとになって戻ると、土方の部屋の前で沖田が腕を組んで待っていた。
泣いていた様にはとても見えない。
「遅ぇよ」
「・・・誰のせいだと思ってんだ!?俺ぁ、お前探して・・・!」
そんな土方の様子などお構いナシで沖田は手を差し出した。
「出せよ」
思わずその手を見つめて、土方は固まった。
「買ったヤツ。あるんだろ?」
何の事だか分からなかったが、しばらく考えて思い当たる。
それは、土方の机の奥に眠ってる、あの日渡せなかった物。
「・・・誰が、お前のだって言ったんだよ」
「くれるっつったじゃねぇか。もったいぶってねぇで出せ」
「だからそれは―――――」
「欲しい」
土方は目を見開いて沖田を見つめた。
「俺が欲しいのは一つだけだって言ってんだよ」
息を飲んだ。
長い付き合いだったが、こんなに真っ直ぐに沖田が自分を見つめた事はない。
何時も何かを誤魔化して、うやむやに。本心を隠すように。
―――――それは、土方も同じだったかもしれない。
「これできっぱり縁切れるんだ。清々しいだろ?」
「―――――違う・・・」
言いたいのは、そんな事じゃなかった。
伝えたいのは、そんな事じゃない。
解らないのは仕方がない。
お互い何一つ、本当の事など口にしてこなかったではないか。
「アンタも強情な人だなァ。頭下げて、欲しい、下さいってお願いしろって?今ならやってやるよ」
「―――――違う」
怖くて。
本当に好きだから、拒絶されるのが怖くて。
けれど、何もせずに可能性を失うのと、どちらが本当に怖い事なのだろう。
「やるよ」
土方はそう言うと、沖田の腕を掴んで部屋に入った。
そのまま暗闇の中、明かりも点けずに土方はその腕を引き寄せた。
「―――――うっわ!」
驚いた様子の沖田が腕の中で身じろぐ。
「何すんだよ!?」
「・・・ちょっと、黙ってろ」
暴れる体が大人しくなる。
「・・・ずっと、こうしたかった。もっと早く言えば良かったんだな」
「・・・いや・・・、」
もぞりと、沖田が動いて髪が頬を撫でる。
「きっとこのタイミングじゃなかったら、変態ってけなして蹴り倒してたと思いやす」
「・・・・・」
「いいんじゃねぇか?素直な土方さんなんて気持ち悪ィから」
「・・・お前もな」
ぎりぎりじゃないと本音さえ言えない。
けれど、そうでなければ沖田の口からあの言葉を聞ける事もなかった。
“欲しい”
思い出すだけで眩暈がする。
この次そんな言葉が聞けるのは何時だろう。
沖田を抱き締めながら、土方はそんな事を考えていた。
終
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ヘタレ土方。3Zは余計にヘタレ度強い気が・・・。ま、子供だから(笑)
しっかし、二月のネタ何時までやってんの?・・・予想してたけど・・・。
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