罠 参






幕府の要人が集まる老舗の料亭。ここで高杉が現われたら余程の命知らずだと思っていたが、やはり頭は良かったようだ。
たった2、3人の忍びの人間に連れて来られた自分の方が間抜けだと思う。情けないが歯が立たなかった。相手が1人だったらどうにかなったかもしれないのだが・・・。
そんな事を考えている内に、連れて来られた部屋に高杉が入って来た。
「俺が本当に言いなりになるとでも思ったかィ?」
怯みそうになる自分を叱咤して、沖田は高杉を見た。
「それならそれで、使うだけ使って用済みだったなぁ」
高杉はそんな沖田を一瞥すると言った。
「じゃあ、こうなる事も予想してたって事かィ?」
「そうじゃなきゃ面白くねぇんだよ。―――来い」
両手を広げて見せる高杉に、沖田は硬直した。
「・・・え?」
「ここに来い、と言っている」
意味が分からず立ち尽くす沖田を鼻で笑い、高杉はずかずかと近寄ると、その腕をぐいと掴んだ。
そのまま胸に引き寄せられた。まるで、抱き締めるように。
「お前みたいなのが欲しかった」
どう反応していいのか分からず、沖田は体を硬くしたまま黙っていた。
今度こそ命はないと覚悟していただけに、この展開は沖田の思考を停止させるに充分だった。
顎を掴まれ、沖田は身を捩った。
「――――や・・・、」
「嫌だ、止めろ、それはもう何度も聞いた」
高杉は言いながら唇を合わせてきた。
荒々しい接吻は、何故か以前のように沖田に恐怖だけを与える事はない。
激しく舌を吸いながら、高杉は隊服のボタンを引き千切り、シャツの中に手を滑り込ませた。触れた肌の感触を味わうようにゆっくりと動かす。
沖田の脳裏に、まざまざと先日の痴態が蘇った。
「―――っめろっ!」
力を込めて、沖田は高杉を引き剥がす。
はあ、はあと肩を上下させながら、沖田は高杉を睨み付けた。
「手前、どういうつもりでィ」
「目ぇ潤ませて言っても迫力ねぇんだよ」
「ちげーよ!呼吸困難に陥っただけだ!」
頬がかあっと紅潮するのが自分でも分かった。
「・・・俺の周りにはお前らみたいなばかがいねぇんだ。それに気付いたらよぉ、お前が欲しくて堪らなくなった」
「――――――」
「大人しくしろよ。逃がしゃしねぇって」
狂気しかないこの男の瞳には孤独が映っていた。
それが分かった所で、大人しくするつもりは沖田には更々ないが。
「俺ぁ、お前の物にゃならねぇよ」
「だろうなぁ」
高杉は楽しそうに沖田を見た。
その目に気を取られた一瞬、沖田の動きが遅かった。
腕を掴まれ、あっという間に後ろに捻られ高杉の腰紐で縛られた。
「また縛らなきゃなんねぇじゃねぇか」
「俺ぁ、サドだがあんたそれ以上だな」
「お前なんざまだまだ可愛いよ」
後ろから耳を舐られ、沖田はぞくりと身を震わせた。






快楽。
これを、そう呼ぶのかもしれない。
沖田は乱れた息に混じる己の声に、そう思った。
前に抱かれた時は痛みしか与えられなかった。
その方が良かった。
身体の中心を嬲られ、強弱を付けて扱かれる。
思考を奪われ、抵抗する気力さえ奪われる恐怖。
唇を噛み締め必死で堪えるが、限界は見えている。
「―――ぁっ、」
沖田が堪らず吐き出した甘い声と白い欲望に、高杉は嘲笑った。
平らな胸の飾りを舌で転がしながら、股に付いた液を指で沖田の内部へと塗りつける。
思わず腰を引いた。
「・・・い、やだ・・」
次に行われる行為を予想し、沖田は切れ切れの息で懇願した。
指が抜き差しされる度、淫猥な水音が部屋に響く。
高杉は何も言わない。
指の数が二本、三本と増えるに従い、奇妙な感覚が沖田を支配しだした。
とっくに手の戒めは解けていたが、力の入らないそれは高杉の腕をするりと撫でただけで下に落ちた。
不意に中を弄っていた指が抜かれ、違う質量の異物がゆっくりと押し入ってくる。
「くっ―――」
痛みはなかったが、固く瞑った瞼を開けるのが怖い。今の自分の状況を、高杉を見るのが怖かった。
「泣くな・・・」
そう言って高杉は沖田の頬の雫を舐めた。
目尻から流れる涙さえ、自分では気付かなかった。
高杉の腰の動きに翻弄されるように髪を振り乱し、意思に反して声が絶え間なく口を突いて出る。
「あっ、あっ、あぁっ―――――」
程なく、沖田は二度目の絶頂を迎えた。




高杉はこの部屋から出て行くことはなかった。
食べて、飲んで、唄い、花を愛でる。
始終沖田の傍に付き添い、監視されている風ではなかったが、逃げ出す隙は見当たらない。
そして、思い出したように沖田に触れてきた。
敏感になった身体は髪に触れられただけで、痺れるような感覚を沖田に与える。
「近藤や土方はこんなコトしねぇか?」
「こんな下種な真似する人達じゃねぇよ」
吐き捨てた言葉に、高杉は嬉しそうに笑った。
髪を掴まれ仰け反った沖田の首筋に高杉の唇が触れる。時間をかけてゆっくりと舌を這わせ、息使いが変わったところを見計らうように唇を合わせてくる。無駄な抵抗と知りつつも逃れようとする沖田の舌を追いかけ、絡み取り、吸う。
高杉の愛撫はじわじわと責めるように沖田を追い詰めた。
最後は気が遠くなるほどの快感に朦朧となって意識さえ手放すこともあった。
そうして、沖田が昼と夜の感覚も麻痺した頃、山県が顔を見せた。
「いい加減にしてくれ、ここももう時期ヤバくなる。真撰組がシラミ潰しにあんたを探してる。時間は掛かるが確実な方法でね」
沖田はぴくりと頭を起こした。
高杉は布団に倒れたままの沖田を見ると、
「ほらな、お前が余程大事らしい」
「冗談じゃない。こんな所にまで手を伸ばして来てるんだ。少しは自重してくれ」
言って、山県はじろりと高杉を睨んだ。
「大体あんたの気まぐれのせいで、幕府暗殺だって流れたんだ」
「こいつを殺したら、執念深く狙われたな」
「その通りだ。あんたと同じで恨みを買ってこれ以上厄介な相手はいない」
「・・・じゃあ、また逃げるか」
「沖田は置いて行くんだろうな」
「置いて・・・?」
高杉は問い掛けるように山県を見上げた。
「こんなお荷物連れてどう逃げると言うんだ?」
「故郷まで行けば、奴ら手出しできねぇよ」
「長州で戦争するつもりか!?そんなリスクを負う価値はない!」
「・・・・五月蝿い男だ」
高杉は立ち上がると、ずかずかと部屋を出て行った。
ばしんと閉められた襖を冷たく見て、山県は沖田に話し掛けた。
「あなたがいると、あの人の狂気がなくなる。馴らされた獣など使い物にならないんですよ」
沖田はぼんやりと山県を見上げながら、高杉の孤独の訳を知ったような気がした。
「・・・帰って、いいのか?」
「あなたも武士でしょう。陰間扱いされて嬉しい筈もない。見ている方も嫌な気分ですよ」
「そりゃ、悪かったねィ」
沖田はのそりと、身体を起こした。
「・・・あの人の周りには私みたいなのばかりですからね。あなたを見ていると鬼兵隊を思い出すんでしょうよ。打算も何もなく誰かを慕い、信じることの出来る人間が、昔のあの人の周りには沢山いた。真撰組と同じく野蛮ではありましたが」
「俺ァ、それしか出来ねぇからな」
「しかし、それでは国は作れない」
山県は沖田に着替えを差し出した。
「高杉という人間は一応大望を持つ人物ですから、得策は見えている筈です。あなたは行っていい。追うことはしないと思います。・・・多分」
沖田は黙って着替えを受け取り身に付けると、彼の言う通りにその部屋を出た。




「昼か」
太陽の眩しさに目を細めた沖田は、ここが何処かも分からない事に気付いた。
立ち尽くしていると、後ろから肩を抱かれた。
「!?」
「迷子みたいだなぁ」
高杉だ。
「こんなのしか用意出来なかった。一応追われる身なんでね」
そう言って指差した方向には馬が一頭繋がれている。
「・・・・・・」
「安心した顔してんじゃねぇ。今引き上げるのはまた来る為よ」
ぎらぎらした、底知れない闇を抱えた瞳は相変わらずだ。でも、山県が言うようにほんの少し彼は変わった気がする。
「寂しいからって他の男に抱かれんのは止めろよ。許さねぇぞ」
その言葉に、沖田は口元を歪ませた。
「今、俺を殺さなくて本当にいいんで?」
「・・・なんだ、殺されてぇのか」
嘲るような視線を正面から見返し、沖田は頷いた。
「ああ」
「―――――」
こんな彼の表情は初めて見た。
瞳を大きく見開き、唇を震わせる高杉を沖田は不思議な思いで見つめていた。
「帰りたく、ねぇのか」
「帰りたい。・・・帰りたいけど、元に戻れるか分かんねぇ」
そう言った沖田に、高杉は口付けた。
熱の篭らない、冷えた接吻だった。
「・・・お前は、敵だよ」
言い聞かせるように呟くと、くるりと背を向け、高杉は元来た道を戻って行った。





帰りたい。
無償に泣きたくて仕方ない気分になった。
こうまでされて、何故か沖田は彼等を憎むことが出来ない自分に気付いていた。
何も教えないで欲しい。何も考えたくはない。
真撰組しか知らない自分に戻りたい。
帰りたい。


必死に自分を探しているであろう、土方の下へ。
笑って迎えてくれるだろう、近藤の下へ。
沖田は馬を走らせた。



















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・・・期待外れでしたらごめんなさい。私の地下はこんなものです(くすん)
テーマは愛で頑張りました。いかに、高杉に沖田を愛させるか。