再会 ―3―
暗闇の中、何時までそうしていたのだろうか。時間の感覚など、とうに無くなっていた。
「・・・高杉・・・?」
高杉は沖田を抱いたまま、死んだようにぴくりとも動かない。
突然、沖田は言いようのない不安に襲われた。
「――――高杉・・・!?」
「・・・大声、出すな・・・っ、」
苦しげに声を出し、高杉は不意に激しく咳き込んだ。
「―――――高杉・・・?」
沖田は裸の身体を起こして、高杉を覗き込んだ。
咳き込んだ彼の唇に滲むのは――――、鮮血だった。
「高杉!?」
驚く沖田を、高杉の手がやんわりと押し返した。
「・・・本当に、最後みてぇだな」
「――――どうして・・・!?」
「寿命だろう?」
にやりと笑みを浮かべ、高杉は沖田を見上げた。
「好き放題生きてきた俺に、天がどんな裁きをするのか待っていたが、こう来るとはな」
「・・・・・」
「そんな顔するな。死は平等だ」
「――――病気は、治るもんだ」
「それも運命だろう」
再会した時の、別人のように穏やかな表情をした高杉を思い出した。
それは未来を予感していたからなのだと、気付く。
天の裁き――――
彼が今までした来た事を思うと、庇いようもない。
けれど、それでも祈らずにはいられなかった。
彼に、情けを・・・、と。
「沖田・・・、どうして、俺を・・・斬らなかった?」
高杉の喉がひゅう、と音を立てる。息を整えながら、苦しそうに彼は沖田に問い掛けた。
「・・・・殺して欲しかったのかィ?」
「ああ」
「――――――」
沖田は高杉を見つめた。
「すげぇ殺し文句だろう?」
そう言った高杉の目が細められる。沖田も思わず笑みを返した。
「・・・墓場まで持っていく秘密の一つや二つ、あってもいいんじゃねぇかと思ったんだ。裁きは、天が下すんだろう?」
今更罪状が増えた所で変わらない。地獄行きは覚悟の上だ。
「どいつもこいつも・・・、馬鹿ばっかだ」
高杉は沖田を引き寄せた。
「・・・俺達は、帰る場所が違っただけなんだ」
呟いた沖田に、高杉は静かに口付けた。
最後の接吻は、血の味がした。
「――――――総悟・・・・!」
結局また、この人にこんな表情をさせてしまった。
屯所に帰った沖田は、起きて待っていた土方を見て瞳を伏せた。
「遅くなりやした」
ぺこりと頭を下げた沖田の肩を、土方は掴んだ。
「・・・何してた?どうしてこんなに遅くなったんだ?」
「迷子を・・・・、――――迷子を、送り届けて来やした。すごく迷って、時間が掛かったけど、・・・ちゃんと、無事に」
「・・・・・」
少しの沈黙の後、土方はそうか、と呟いた。
安心したその表情を見ると、堪え切れずに沖田は土方にしがみ付いた。
「すまねぇ、土方さん。また心配させた」
「――――気にするな。俺が少し過剰になっただけだ。・・・また、近藤さんに過保護だって言われるな」
笑う土方に気付かれる訳にはいかない。零れたこの涙を。
「お前は俺に誓った。二度と何処にも行かないと。俺は、それを信じる」
「―――――ああ・・・、二度と」
――――本当に二度と有り得ないのだ。
沖田は頬の雫を拭い顔を上げると、笑みを作った。
信じると決めた。
沖田を信じると決めたのだ。
土方は彼の部屋へ続く廊下を歩いていた。
高杉と沖田の関係を疑ったあの日から、半年ほどの月日が流れていた。
その間、沖田は本当に真面目に隊務に取り組み、土方に不安を抱かせる素振りなどは見せなかった。
―――――それなのに・・・。
一つの事実を伝えようとしている土方は緊張していた。
沖田の部屋の扉に掛けた手が震える。
「――――総悟」
「土方さん。・・・・何かあったんですかィ?」
襖を開けた土方を見上げ、沖田はその表情を硬くした。
ただ事ではない雰囲気を素早く察知したのだ。彼は勘だけはいい。
土方は襖を閉めると、沖田の目の前に立った。
息を吸い込み、口を開く。
「・・・・高杉が、死んだ」
「―――――」
僅かに瞳を見開き、沖田は黙って土方を見つめている。
「正確には三日前。・・・奴は、死んだ」
「・・・確かな話なんですねィ」
感情の読み取れない沖田の瞳を見ると、土方は忘れていた不安が蘇ってくるのを感じた。
「・・・信じられるか?結核なんて・・・。病なんかで死ぬなんて・・・」
「・・・・・」
「奴は俺が・・・、俺がこの手で葬る筈だった・・・!」
「・・・土方さん、高杉は天に裁かれたんだ」
「―――――・・・何・・・?」
沖田の言う事が理解出来なかった。
「何言ってやがんだ?何が裁きだ、馬鹿らしい」
吐き捨てた土方を、沖田は静かに見つめている。
「・・・・例えそうだとしても、俺は自分の死に場所は自分で決める。誰の采配にも従わねぇ」
例え高杉の様に病に倒れる事があったとしても、絶対に最期は戦場で迎える。
何故高杉がそうしなかったのか、土方には理解出来なかった。動けなくなる前に、江戸でもなんでも潰しに来れば良かったのだ。
沖田の目の前で彼の息の根を止めて見せたのに。
「・・・・・・うん。土方さんは、そうしてくれ」
苛立たしげに眉を寄せる土方に、沖田はそう言った。
思わず沖田を見つめると、彼は微笑んでいた。
怒りもしない。泣きも喚きもしないその姿を見ると、胸が痛んだ。不安が真実味を持って、広がる。
「総悟・・・、抱いていいか・・・?」
疑いや不安を消し去る為にはそうするしかないと思う。誤魔化されても構わない。
沖田を信じたい。
微笑を浮かべたまま、沖田は頷いた。
「うん。――――いいよ」
花がそっと開くような、微笑みだった。
それから一年も経っていない。
天の裁きに、従う――――――
そんな風に、沖田はこの世を去った。
高杉の後を追うように。
同じ病で。
真実を何も告げないまま。
どれだけ疑おうと、彼が認めなければそれは疑惑でしかない。
残された土方は、知らない事が救いだった。
沖田と確かに想い合った事実だけが、真実として記憶にある。
けれど、この先何があっても自分だけは思うように生きて、死ぬ。
流したのは悔し涙ではない。
土方は一人、戦場の空を見上げた―――――――
終
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あ、あんま深く考えないで下さい(汗)い、石ぶつけないでね(滝汗)
愛のある高沖(&土沖)をお送り致しました。高杉らびゅーvv新ED最高ーvv