歪む心


万事屋のチャイムがなった。
銀時は読みかけのジャンプから目を離さずそれを無視するが、その音は何度も鳴らされ、銀時の神経を逆撫でした。
「何だよ・・・ったくよ〜・・・」
仕方なく雑誌をテーブルに放り投げ、銀時は頭を掻きながら嫌々玄関へと向かった。
扉を開けると、そこに立っていたのは真撰組一番隊長沖田総悟だった。
「・・・何しに来たの?」
銀時はあからさまに嫌な顔を見せて言った。
「仕事の依頼でさぁ」
途端、沖田の鼻先で扉はばしんと閉められた。
「旦那ァ、こないだの夜の事、俺ァ誰に相談すりゃいいんですかねィ?とりあえずメガネ君とか?そのお姉さんとか?」
沖田の言葉に、扉は再びすごい勢いで開かれた。
「止めてっ!!理由はわかんねぇけど普通に殺されるから!!!」
「へい」
沖田はにんまりと笑った。


「相手が悪かったよ。お前が口固い訳なかったんだよな」
銀時は深い溜息を吐いた。
「後の祭ってやつですねぃ」
「・・・・・・・」
銀時はもう一度息を吐き出した。酔った勢いとはいえ、飲み屋で偶々隣に座った沖田を、銀時は抱いてしまった。
「だからあれほど深酒はよそうとお天気お姉さんに誓ったのに・・・」
銀時はぶつぶつと呟いている。
「知ったこっちゃねぇや」
「・・・お前、態とだろう?偶然隣に座るなんて有り得ねえ。俺に飲ませて弱み握るつもりだったんだろう?ぜってーそうだ」
「俺ぁ、飲みすぎだって止めた筈ですがねィ?アンタホモかって散々けなしたのも覚えてねぇですか?」
・・・覚えている。
男だから後腐れなくていーんだとか言った記憶もある。思いがけず良かった事に驚いたのも覚えていた。
最低だ。
銀時は頭を抱えつつ、上目遣いに沖田を見た。
「で?どんな厄介事?」
「嫌だなあ、旦那。俺ァ脅すつもりはねぇよ。責任とか言うほどのこっちゃないでしょう?後腐れない男だし」
「すっげぇ脅されて、責められてる気がするのは俺の気のせいか?」
「そりゃあ、旦那が人がいいせいでさぁ」
「それって褒めてんの?」
勿論です、と沖田は頷いてから、話し出した。
「実はね、副長に見合い話が来てやして、細かい動向なんかを調べてくれって頼まれたんでさァ」
「素行調査ぁ?しかも、副長って土方かぁ?」
銀時は声を上げた。
「相手が悪くてねぇ。幕臣の娘で・・・。断るに断れねぇ相手なもんで・・・。まぁ、身内でやるわけにもいかねぇし、旦那は一応看板掲げてる探偵みたいなモンでしょう?」
「ちげーよ」
「俺も相手の娘見たが、まあ、普通に人間だったからいい話だと思うんで、適当に資料揃えりゃいいんじゃねえかって言ったんですが、見かけに寄らず局長は真面目な人でしてね」
「ああー・・・土方君なら簡単だよ。休日は定食屋で土方スペシャル食って映画見てサウナ行ってっから」
「それを写真撮って書類にまとめてくれりゃあいいんで。まともっぽく。簡単な話でしょう?」
「まあな・・・」
銀時はしぶしぶ頷いた。
「これは個人的な頼みですが、依頼料は局長のポケットマネーから出やすんで」
「それってこないだキャバクラで身包み剥がされて武士の魂まで売っちゃった人の?」
「あー・・・。俺も金ならあるから心配しねぇでくだせえ」
沖田はちょっと視線を泳がせた。銀時はその様子に不思議なものを感じた。
「ま、いいや。ちゃちゃっと終わらせるわ。で?土方の非番は何時よ?」
「明日です」


その日も朝から暑かった。
銀時は一応何時もとは違う服装で土方の尾行をしていた。
「なんかー・・・。ばからしー・・・」
土方が屯所を出てきたのは昼を過ぎてから。それまでは自室で書類整理をしていたらしい。一応沖田から渡されたカメラでその様子を撮った。
隊士達に指示を出してから、土方は着流しに着替えて、町に出た。
「逆玉じゃねぇか。考えるとばからしいな。何?俺キューピッド?やってらんねー」
ぶつぶつと言いながら銀時は日陰に身を隠した。
土方の行動は銀時の予想通りだった。面白くもなんともない。
が、夜になって様子が変わった。
健康な男子ならば当然の所かもしれないが、土方はいわゆる売春宿へと姿を消したのだ。
「・・・・へぇ〜・・・」
銀時は意外な気持ちでそれを見ていた。町を一人で歩いている土方は良く商売女にも声を掛けられたりしていたが、こういう事には潔癖な方だと思っていたのだ。
数時間後ふらりと出てきた土方は嫌に疲れた表情をしていた。
見送る女の顔をカメラに収めようとして、銀時はふと手を止めた。その女が誰かに似ている気がしたのだ。
もやもやとした感情を持て余しながら、屯所へと戻る土方の後を歩いた。
そこで引き返せば良かったのだ。いや、そもそもこんな依頼など受けなければ良かった。邪魔も入らず、気付かれもせず仕事を終えられた事が間違っていたのかもしれない。
いつもこんな風ならば今頃万事屋は大金持ちだ。
土方は玄関を入るなり迎えた沖田を見て、びくっと肩を揺らし、明らかに狼狽した。
ああ。
そこで銀時は気が付いた。
あの女は沖田に似ているのだ。
沖田はそれに気付く様子もなく、土方と一言二言言葉を交わして玄関を出てきた。真っ直ぐ門を抜けて、外できょろきょろと辺りを見渡した。
既に門の中まで侵入していた銀時はその背後から声を掛けた。
「わ、驚いた。さすが旦那。見張りも気付かねぇとは真撰組もたるんでるなぁ」
一辺絞めねぇと、と呟いた沖田に銀時はカメラを渡した。
「もういいだろ。こんな馬鹿くせー事二度とごめんだからな。書類は今度な」
「恩に着ます」
「・・・見合い相手に渡すにゃちとまずい写真もあるが、それはそっちで適当に処分すれや」
「え・・・?」
沖田は驚いて顔を上げた。
この様子だと知らないらしい。当たり前かもしれないが。
夜になって土方が寄った場所を伝えると、沖田はその顔を曇らせた。
「・・・・ああ、でも問題はねぇと思います。普通の事だもんな」
「問題があんのはお前じゃないの?」
「・・・何です?」
沖田は用心深そうに銀時を見た。
「お前、男は俺が初めてじゃねーよな?もしかして、土方か?」
ずっともやもやしていた正体はこれだったらしい。
「見合いぶち壊すとか、そういった方が俺に向いてるし?」
「・・・何誤解してんだか知らねぇが、これはそういう話じゃねぇんでさぁ。俺達にも本人にも口出す権利はねぇんだ」
「あっそ」
じゃあ、なんでそんな顔する?土方はどうして苦しそうなんだ?
「土方はこの見合い話知ってんのか?」
「まだ言ってねえ。言ったところであの人にもどうしようもない。俺達ぁ、犬だから」
「・・・っちげーだろ!お前の正体は攘夷だと俺は見るね。幕府や天人なんぞぶち殺してーって面に書いてあるぜ?」
「・・・流石、旦那」
沖田は笑った。
「でも、あの人達ァ、至ってまともなんでね。土方さんなんか悪ぶってる分可愛いもんでさぁ」
真撰組が好きで仕方ないのだと、言っているようだ。言ってる事とやってる事が矛盾だらけで腹が立つ。
「ああー、もういい。なんかもう話すのもめんどい。金ね、」
「用意してます」
懐に入れようとした沖田の手を銀時は止めた。
「もういらない。代わりにも一回ヤらせろや」
「は?」
と、沖田は目を見開いた。予想外の申し出に驚いたらしい。本人も予想外なのだから仕方ないだろう。
右腕を引っ張って歩く銀時に、沖田はうろたえ、必死に手を離そうとしている。
「え〜っと、この辺近いホテルってどこだっけ?」
「ちょっと、どうしていきなりそういう展開になるんですかィ?」
「なんか腹立つから。ムラムラきちゃったし」
「わかんねーよ!」
左手で懸命に刀を抜こうとしている沖田を鼻で笑って、適当なホテルまで無理矢理引き摺った。
「ぎゃーぎゃー喚くなよ。ホテルの前で男同士が縺れ合いって、中々笑えねーからな」
銀時はそう言って振り向いた。
心底困り切っている表情の沖田を見て、責虐心が頭を擡げた。
泣かせてみたい、と、そう思った。
「お客さん、ここは帯刀禁止よ?」
言いながら、唯一の武器を取り上げる。
「もう止しやしょう。俺が悪かったから」
「何?悪い事したの?」
言いながら、その口を塞いだ。
沖田は抵抗したが、銀時は体を密着させてそれを防いだ。
殺気を感じたのはその時だった。
沖田を突き飛ばして、銀時はその反対側へ身を翻した。剣が着物の裾を掠った。
「坂田ぁ〜」
土方だ。
「すごいタイミング。王子かよ・・・て、俺悪役?」
「総悟が変な侍に連れてかれたって見張りが言うから追ってみりゃ、お前か!!」
「土方さん、違いやす。連れて行かれてねぇって」
土方は沖田を睨みつけた。ぞっとするほどの殺気が込められている。
「なんだ、合意か?そうは見えなかったがな」
どうして庇うんだ、と土方は怒鳴った。
銀時は「依頼料だからだ」と、言ってしまおうかと思った。全てぶちまけて土方に謝ってもらおうかとも思った。けれど、細部まで突っ込まれると困るのでその場は黙った。
「総悟に気があるとは気が付かなかったよ」
そう言う土方に、銀時は曖昧に笑って見せた。
「今、近藤さんに聞いたところだ。見合いの事も今日1日こいつが俺を尾けてたって事もな」
二人は同時に、げっと叫んだ。
「で、土方、お前どうすんの?見合い」
「お前にゃあ関係ねぇ。それより俺はそれでどうしてお前等がこうなってんのかってのが聞きてぇよ」
「それはー・・・何でだっけ?旦那」
銀時はがりがりと頭を掻きながら、観念して溜息を吐いた。
「宗旨変えしました。僕は沖田君が好きです。お母さん。息子さんを僕に下さい」
「お母さんって誰!?俺!?ってか、ええっ!?」
土方の驚き方は多いに笑えるとはいえ、ぽかんと口を開けた表情の沖田も面白かった。
でも一番面白いのは開き直った自分自身だった。
今までの事を総合すると、こういう結果になると自分で割り出した。酒のせいではない。沖田が好みだったのだ。前の男が土方かもしれないと疑ったから腹が立ったのだ。
「っつー事で、結婚を前提にお付き合いして下さい」
沖田に言うと、彼は声を出して笑った。
「笑うとこじゃないんだけど」
「とこじゃないんですかぃ?」
「ああもう、止めろ止めろ!!お前等のサル芝居は臭えよ!冗談でも総悟はやらねぇからな!」
うんざりと土方は言うと、沖田を引き摺って道を戻って行った。
取り残された銀時はぼーっとその場に立ち尽くしていた。
全く、自分と土方と言う男は良く似ているらしい。
「俺の方が素直だけどな・・・」
銀時は呟いた。




翌日、雑誌に載った記事で土方の見合い話は流れた。
「スキャンダル。警察が深夜ラブホテルの前で言い争い。三角関係のもつれか?男同士の歪んだ愛情。・・・・か」
早速もろもろの人間に袋叩きに合い、神楽と新八は出て行き、銀時は一人ソファに横になっていた。
「あいつらただの謹慎処分だろ?俺だけ割合わねぇよな」
何もかも、歪んだ愛情が生んだ悲劇だ。
ただ、不思議と銀時は後悔はしていなかった。












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ごめんなさい。裏逃げました。
書けないんです。でも決してお笑いにする予定では・・・っ。

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