雪の降る日に
夜明けから降り続いている雪が、かぶき町を白一色に塗り変えていた。
「全く・・・嫌になるぜ」
土方は呟いて白い息を吐き出した。
「おい総悟、入るぞ・・・」
勝手に襖を開けて沖田の部屋に足を踏み入れ、土方は言葉を切った。
部屋の真ん中に置かれたコタツに入り、こちらを見ているのは山崎。
「・・・総悟はどうした?つか、何でお前が此処にいる?つか、何だ?そのコタツ」
「・・・あ、沖田さんなら・・・・」
山崎が指を指した方を見ると、沖田がコタツに肩まですっぽりと入り、寝息を立てていた。
「いい身分じゃねぇか。何だ?お前等非番か?」
「そうです」
山崎は素っ気無く言い、土方を見上げた。
「副長は仕事じゃないんですか?」
「こんな日にやってられっか。武装警察が出るような事ぁねぇだろ。いざとなったら三番隊でも出動させる」
山崎は大きく溜息を吐き出した。
その様子に、土方の片方の眉がぴくりと上がる。
「・・・んだ、その態度。さっきの質問に答えろ。何でお前がここでんなモンに入ってんだ?」
「・・・沖田さんがあんまり寒いって騒ぐから俺が貰って来たんですよ・・・。俺も使っていいって前提で」
コタツの上には蜜柑と湯気の立つお茶、煎餅の乗った皿が置かれている。
土方が来なければ、こうして二人きりで雪の日の休みをぬくぬくと過ごすつもりだったのだろう。
山崎の態度は明らかに邪魔された事に不満を感じている風だ。
徹底的に邪魔してやる。
土方は口元を歪めて山崎を見下ろした。
「退け」
「・・・嫌です」
「退け。そこは俺が入る」
「嫌です!」
「・・・・・」
何時もの山崎とは違う迫力だった。
土方は少しだけ驚いて山崎を見つめた。
「・・・今日は、沖田さんと約束したんです。二人でコタツでドラマの再放送見るって」
そう言った山崎は頬を赤く染めた。
「寝てんじゃねぇか」
「―――いいんです」
むしろ、かえってこの方が。
そう言いたげだった。
土方は口を閉じ、黙ったまま無理矢理開いた場所に入り込んだ。
「ちょ、狭いですって!」
「黙れや。隠密班出動させるぞ」
「有給取ります」
どうやら今日の山崎は本気で土方に反抗する気だ。
コタツに足を入れて、土方はどきりとした。
沖田の足に触れたのだ。
――――コイツ。
土方は目の前に居る山崎を睨み付けた。
ようやく、山崎の反抗の理由が解った。
とろけるような眼差しで沖田の寝顔を見ている山崎。
理解した途端、先程までとは比較できないほどの怒りが込み上げてきた。
「――――山崎、茶。俺の分の茶淹れて来い」
「申し訳ないですが、お受けできません。休みですから」
「上司としてじゃない、個人的な頼みだ」
「――――・・・嫌です」
「どうして」
頬杖をついて、優しげに問い掛ける。
「副長と沖田さんを二人きりにはしません」
「何を今更。・・・・何時もの事だろうが」
「沖田さんかつてないほど無防備に寝てるんですよ?絶対エロいコトするでしょう!?」
「―――――な・・・」
土方は目を大きく見開いた。
するか!こんな生意気なガキに!!
叫ぼうとしたが、それは喉まで出かかって止まった。
寝返りを打った沖田の声が聞こえ、足に触れた彼がもぞりと動くのが分かった。
・・・する、かもしれない。
そんな思いが頭を掠める。
「・・・手前は、俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
「土方さんと一緒にしないで下さい。俺はこうして近くにいるだけでいいんです」
生意気に、堂々と告白しやがった。
土方は小さく舌打ちした。
知らなかった・・・、事はなかった。山崎の想い。
しかも、どうやら山崎は土方を敵視している。
それも身に覚えのない事でもなかった。
現にこうして腹を立てている。
部屋の外ではしんしんと雪が降り続いている。冬の静けさが一層増していた。
「・・・沖田さんは、どう思っているのでしょうね・・・」
ぽつりと山崎が言った。
「どうって・・・、何が」
「俺と土方さんがこんな風に想ってる事・・・。気持ち悪いとか思われたら嫌だな・・・」
「気付いてるワケねぇだろうが」
最早訂正もせずに土方が吐き捨てた時、沖田の寝言が聞こえた。
「土方・・・、死ね・・・」
土方の頬が引き攣る。
「いいな、夢にまで出れるんですね」
いいか?これっていいのか?
羨ましそうに言う山崎に心の中で問い掛ける。
本日何度目かになる溜息を吐き出した所で、近藤の声が聞こえた。
「山崎〜!山崎〜っ!!」
山崎の顔が強張った。
「・・・ここです!局長ー!」
しぶしぶ口を開く山崎を、土方はにやりと笑いながら見た。
「寒い〜!あれ、あれ買って来て!!肉まん!!」
「――――・・・」
山崎の顔が青褪め、引き攣った。
土方には反抗的だが、近藤にはぎりぎりで反抗し切れないのだ。
「どうするんだ?休みだからなぁ、俺から断ってやろうか?」
「・・・どうしてここの上司は部下をぱしりに使うんだ・・・。しかもめちゃくちゃどうでもいい理由で・・・」
ぶつぶつと言いながら、山崎は顔を上げた。
「沖田さんに指一本触れないと約束して下さい」
「死ねとか言う奴に何にもしねぇよ」
それでも山崎は疑わしげな視線で土方を見つめてくる。
「山崎〜っ!死ぬ!死んじゃう!!」
自分の部屋から顔を出して叫んでいるのだろう、近藤の悲痛な声が再び廊下に響く。
「死にませんよ!!」
山崎は叫び返し、立ち上がった。
「五分!五分で帰って来ますからね!!」
吐き捨て、脱兎の如く部屋を出て行った。
足音が遠ざかり、再び静けさが戻った所で土方は呟いた。
「甘ぇ・・・、天津甘栗より甘ぇよ」
土方はくくく、と笑った。
「死ねとか言う奴を無理矢理押し倒すのがイイんだろうが」
さて、と。
言って、沖田を覗き込んだ土方は少しばかりうろたえた。
その大きな瞳が自分をしっかりと見つめていたのだ。
「・・・何だ、起きてたのか」
「近藤さんが騒いでたから。・・・つか、狭ェよ」
コタツの中で、沖田は土方の足を蹴ってきた。
「聞いてたんなら話は早ぇな」
言いながら、土方は沖田の隣へと移動した。
「何してんだよ。狭ェっつってんだろうが」
起き上がろうとした沖田の肩を押さえ付ける。
「五分しかねぇってんだ。とりあえず、大人しくしとけ」
眉を寄せて、何か言い掛けた唇に口付けた。
――――あ、やっぱ思ったよりイイかもしんねぇ。
土方は思った。
思っていた以上に、自分は沖田を気に入っているのだ。
もっと深く口付けようとする土方を、沖田は押し返した。
「―――夢じゃなかったのかィ」
「・・・何が・・・。いいから黙っとけ」
圧し掛かってくる土方を、沖田は腕で押し返し、抵抗する。
「アンタと山崎の気色悪ィ会話が聞こえてくるの、てっきり夢だと思ってたんだけど・・・」
「夢じゃなくて残念だったな」
「全くでィ・・・」
溜息を吐く沖田の着物の袷に手を滑り込ませた。
「――――やめろよ」
「いや、無理だな。でも時間もねぇし、触るだけにしといてやる」
土方が言った所で、沖田は大きく息を吸い込んだ。
「――――山崎ィ――――・・・っ!」
先程の近藤よりはるかに大きい声で叫ぶ沖田に、土方はぎょっとした。
「はー――――い!!!」
ドップラー効果のかかった声が近付いてくる。
土方は沖田を睨んだ。
頭にも肩にも雪をたくさん乗せたまま、番犬さながら山崎は部屋に飛び込んで来た。
「どうかしたんですかっ!?沖田さん!?」
沖田はちらりと土方を見て、笑った。
「どうもしねぇよ」
「何かされたんですね!?」
「何でもないって。呼んだら来るか試してみたんでィ」
土方は苦い表情で沖田を見つめた。
「・・・お前、何考えてんだ?」
「何も?・・・お、山崎、いいモン持ってんじゃねぇか」
山崎の腕に抱えられたたくさんの肉まんを見て、沖田は言った。
「はい!ついでだからおやつにでもどうかと思って。お茶煎れて来ます!」
「・・・マヨネーズもついでに頼む」
嬉しそうに部屋を出て行く山崎に声を掛け、土方は改めて沖田と向き合った。
「で?お前はジミーが好きだって事か?」
「んー・・・?別にィ」
口元に笑みを浮かべたまま、沖田はみかんの皮を剥いている。
「悪いが俺ぁ、相手が逃げれば逃げるほど追い駆けたくなる性分なんだよ」
「・・・雪が降る日なら、いいよ」
「は?」
「俺が寒いのと静かなのが苦手だって、アンタは知ってたかィ?」
「・・・・・」
「山崎は、知ってたよ」
「――――・・・それがどうした?」
何も答えず、沖田はそっと障子を開けて外を覗いた。
細い肩が僅かに震える。
自分が山崎のように気が利くワケがない。些細な動作までをも逐一見れる程、相手にのめり込む事もない。
けれど、その震えを止める事はできる。
「土方さん・・・、雪は当分止みそうにありやせんぜ?」
「――――そうだな・・・」
この白い結晶が溶ける前に。降り止む前に。
その前にどうしても、彼の心を掴んでおかなければならない様だ。
「はっきり振らなかった事、後悔すんなよ」
土方が言った所で、山崎がお盆を手に戻って来た。
終
***************
山沖?土沖?どっち??
やっぱり書けないなぁ〜。
前みたいに次から次へと文が出て来ない。こういう時、書くの辛いんですよね・・・。
これって続き・・・、書いた方がいいですかね?(聞いてみたり)
戻る