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その姿を見た沖田は、思わず息を呑んだ。
銀時の髪は何時も以上にぼさぼさで服はくたびれ、顔には薄らと無精髭まである。しかし、目だけは異様な光を乗せていた。
「――――沖田・・・」
呟いた銀時はほっと息を吐き出し、そして次の瞬間その頬を強張らせた。
「旦那・・・?」
どうしたのか、と問おうとした沖田は、はっと自分の姿を思い出した。
銀時の比ではない。
単一枚だけの格好、右肩の出血でそれも朱に染まっている。
そして恐らく近寄れば分かるであろう、犯された跡、匂い。
沖田は思わず後退り、銀時から顔を背けた。
そんな沖田に、銀時はゆっくりと近付いた。
「・・・来い」
「・・・・・・今、行くから・・・、先に行ってくだせェ」
「いいから――――っ」
もどかしげに言い、銀時は沖田の怪我をしていない方の肩を掴んだ。
「・・・いいから、早く来い」
「・・・・・」
沖田はこくりと素直に頷いた。
銀時の表情が酷く疲れているように見えたからだった。
大人しく銀時のバイクの後ろに座り、羽織らせてくれた彼の着物の袷をしっかりと合わせ、沖田は銀時の背にそっともたれた。
朝の光が本格的に地上を照らし始めていた。



銀時が向かった先は真撰組の屯所ではなかった。
幾らも走らない内に、銀時は目に付いたホテルへと単車を滑り込ませる。
確かに、この格好のままでは誰にも会えない。沖田は銀時の心遣いに感謝した。
部屋に入るなり、銀時は沖田を振り返ると着物に手を掛けた。
「―――ッ」
乱暴なその動きに沖田は少しだけ顔を顰める。
そんな沖田にちらりと視線を走らせただけで、銀時の視線は肩の怪我に集中していた。
右肩を剥き出すと、赤に染まった包帯を丁寧に外し出した。
包帯を全て外して、銀時は重い息を吐き出した。
「――――ひでぇな・・・。傷口は綺麗だけど、ぱっくり割れてんよ」
「・・・平気だよ。こんなの、すぐ塞がる」
「まあ、塞がるだろうけど・・・。これ、縫ったな?ちゃんと治療されてる」
「・・・・・・」
無言で自分の傷口を見詰める沖田を見て、銀時はそっと目を閉じた。
――――誰にやられた?
喉元まで出掛けたその言葉を飲み込む。
聞き出したら、多分自分は正気ではいられない。そして、動揺している場合でもなかった。
迅速に、最も沖田が傷付かない方法で彼を元の場所に帰すのだ。
助け出すのが遅くなった言い訳も謝罪も、会った時から何度も言いそうになった。
けれど、「ごめん」という言葉は彼をより追い詰めるような気がして言えなかった。
無事であればいいと、もう一度会えればいいと、それだけの一念であそこへ辿り付けたのだ。
今はその偶然だけを感謝すべきなのだ。
「この傷・・・、ガラスで切ったのか?」
彼の頬に付いた一筋の傷口を指でなぞった。
「・・・・ああ、・・・大した事ねぇよ」
沖田なら避けられると思い、声が聞こえた時夢中で木刀を投げた。
そんな余裕がない状態だとは思いもしないで。
銀時は沖田の傷口を洗い、コンビニで調達した応急セットで簡単な手当てをした。
その後、浴室に入った沖田を見送り、銀時は一人ベッドに腰掛けた。
後悔と、行き場のない憤りだけが頭を占める。
息をしているだけマシだ。
そう思うしかない沖田の状態に、銀時は激しいショックを受けていた。
もう少しして、店が開く時間が来たら着る物を買いに行こう。
次にすべき行動だけを頭に叩きつける。そうしないとおかしくなりそうだった。
長い時間を掛けてようやく出てきた沖田は、銀時の買ってきた真新しい着物を着ていた。
そして、おずおずと近付いて来ると、済まなそうに座る銀時を見た。
「・・・色々、済まなかったな、旦那。金は絶対返すから・・・」
「――――止めてくれ・・・」
謝らなくてならないのは自分で、ましてや金の事など聞きたくもない。
そんな銀時の様子に、沖田は顔を伏せた。
互いに何を口にしていいのか分からず、ただ無情に時だけが過ぎていく。
沈黙を破ったのは銀時だった。
「・・・土方には連絡した。そろそろ、行くか」
沖田は素直に頷いた。
“元に戻れるのだろうか”
その不安を胸に抱えたまま。





屯所に辿り付いた二人を迎えたのは、意外にも神楽と新八だった。
「心配しましたよ!!銀さん!」
「一週間も何処に家出してたアルか〜っ!?母さんが悪かったヨ、戻ってくるヨロシ!!」
叫ぶ二人に銀時は薄らと口元に笑みを浮かべた。
その笑い方が何時もと違うのに、二人と沖田は同時に気が付いた。
「ご苦労だった」
神楽と新八の後からゆっくりと門をくぐって出てきた土方は、銀時に封筒を差し出した。
「これは報酬だ」
「――――――っ」
銀時はそう言った土方を睨み付けた。
「金の為だよな?」
確認して、土方は銀時を睨み返す。
「――――ああ」
数秒の沈黙の後、頷いてその封筒を受け取った銀時を、沖田は静かに見ていた。
違う。
そう思った。
土方が金を渡した意図は分からないが、これは違う。
自分を見つけた時の銀時の表情がまざまざと脳裏に蘇る。
例え義務感や正義感からだとしても、この人は金の為に自分を探してくれたんじゃない。
それだけは何故か理解出来た。
「総悟、来い。医者を呼んだ」
こちらを見る土方に、沖田は顔を向けた。
「―――土方さん・・・」
躊躇いがちに沖田は口を開いた。今この場で言うべきかそうでないのか迷う。
けれど、真撰組としての沖田は伝える方を選んでいた。
「・・・俺・・・、場所、分かる・・・」
“高杉の隠れ家”
銀時にはどうしても言いたくないその名を伏せて、沖田は一番に土方に伝えなくはならない事を口にした。
「無駄だ。そいつから連絡を受けて向かったが、既に炎に埋め尽くされてたぜ。お陰で真撰組の半分は朝から消火活動だ。こんな手口する奴ぁ、一人しかいねぇよな?」
「―――――」
全てを知っている土方の言葉と瞳に沖田は言葉を失い、口を閉じた。
高杉はそこまでする覚悟だったからこそ、沖田を逃がしたのだ。当然と言えば当然だった。
「―――あいつか・・・!」
銀時の呟きが聞こえ、沖田は思わず振り向いた。
その顔を見た時、高杉の笑い声が聞こえた気がした。
彼は、銀時にこの表情をさせる為に沖田を捕らえ、そして逃がしたのだと唐突に悟る。
彼の思惑に嵌った悔しさと同時に、沖田の胸に込み上げるものがあった。
それは、喜び。
「・・・土方、悪いけどやっぱこれ返すわ」
銀時は受け取った封筒を再び土方に押し付ける。
「ああ。遊びだったら・・・、本当に金の為だったら打ち殺してやろうと思ってたよ」
土方はそう言って薄らと口元に笑みを乗せた。そして、沖田に視線を向けた。
「総悟、二度と無茶はすんじゃねぇぞ」
無事で良かった。そう呟き、土方は黙って銀時に頭を下げると彼に背を向けた。
「・・・沖田」
名を呼ばれ、沖田はそっと銀時に近付いた。
「悪かった」
「いいって。元々馬鹿みてぇに深追いした俺が悪いんだ」
「―――悪かった・・・」
「旦那・・・」
沖田は銀時の肩に手を乗せた。
“風の様だ”
そう言った銀時の心。
何処を向いているのかも分からなかったその風が、今確かに自分に向かっているのだと知る。
その事に例え様もないほど救われていると、彼に言って理解してもらえるだろうか?

必ず何時か伝えよう。
そう思い、沖田は晴れ渡った空を見上げた。














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ENDマーク付けたいような、物足りないような。
とりあえずこれはこれで一旦終わります!
余裕があったら続き書くかもしれません・・・っ。
つか、やっぱりノリ切れないです。文章かなり変だ。書けない病まだ完治してないな〜・・・。
次、ネタを友人に頂いたので・・・、これに良く似た話になりそうですが書きます・・・vvvふふふ・・・。