第零訓 生きてる限り終わりなんてない。
土砂降りの中、家へ続く道をゆっくりと歩いていた銀八は、ふと人影に気付いた。
黒い傘、黒い服、蹲るその姿は嫌に頼りない印象を与える。
「・・・お〜い、迷子ですかぁ〜?」
傘をそっと持ち上げて、沖田は銀八を見た。
「遅ェよ」
「何?待っててくれたの?」
茶化すように言った銀八に、沖田は腰を上げると唇を尖らせた。
「・・・2日間も何処で何してたんだ?」
「出張だって言ってんじゃん。・・・何?寂しかった?」
「・・・・・」
銀八は苦笑を浮かべると、沖田の頭をくしゃくしゃと撫でた。
3年Z組の担任である銀八とその生徒、沖田総悟は恋人関係にあった。
教師と生徒。男と男。
それは二重の禁忌を犯すもので、出来るならば秘密にしたい、というのが銀八の本音だった。
だが、我慢できるくらいならばこんな関係にはなっていない。
「・・・ウチ、来る?」
「・・・いいのかィ?」
ぱっと顔を上げた沖田が可愛くて、銀八の口元が思わず緩む。
「いいよ。でも、ちょっとだけな。寮の門限あるだろ?」
むしろ、男だから隠すのも楽だ。キスしたり、抱き合っている場面を見られなきゃいい。
―――――大人って、汚ぇな。
銀八は呟いた。
そんな風に世間体や立場を守ろうとしている銀八に、沖田は気付いているのだろうか?
出来たら、気付いて欲しくない。
純粋に慕ってくる瞳を失いたくない。
思い余って抱いてしまったけれど、彼の気持ちを確認できた今は、もっとこの関係を大切にしたいと思う。
懐かしい感情が蘇り、無垢だった時代にもう一度戻りたいと、そんな馬鹿げた事を願う自分に酔っているのか。
「――――先生?」
「ん―――?」
「最近のアンタ、ちょっと変だよなァ?」
「・・・そうか?」
銀八は驚いて隣を歩く沖田を見た。
「うん、変だ」
沖田は真っ直ぐ前を向いたまま頷いた。
「とりあえず、着替えて。・・・シャワーはまずいか・・・」
アパートに着いた二人は、ずぶ濡れになった髪をタオルで拭いた。
「・・・俺ァ、どっちでもいい。服借りやすぜィ」
沖田は気持ち悪そうに濡れた服を脱ぐと、ハンガーに掛けっぱなしにしてあるシャツを羽織った。
「・・・何か、何もない部屋だなァ。つか、ジャンプ捨てろよ。部屋侵食してんじゃねぇか」
狭い室内をぐるっと見渡して沖田は言った。
「お前の部屋も似たようなもんでしょーが」
銀八も苦笑を浮かべながら着替える。
「さて、いちご牛乳でも飲むか?飲んだら帰れよ」
「せんせー、腹減った」
「・・・・は?」
「何か作ってよ」
「――――・・・」
上目遣いにおねだりの視線を向けられ、銀八はぐっと断る科白を飲み込んだ。
とても、拒絶など出来ない。
「・・・分かった。飯炒めるくらいしかできねーぞ」
「うん。何でもいいよ。ラーメンでもあっためるカレーでもいいよ」
沖田の言いなりに手早く夕飯の用意をして、それをコタツに運んだ。
沖田はテレビを付けるでもなく、じっと、そんな銀八を見つめている。
「食ったら帰れよ。・・・送るから」
「・・・先生、何でそんなに俺を追い返したがるんだ?」
「・・・・・」
我慢、出来ないからだ。
せめて、彼の進路が決まるまでは自制しなくていけない。
黙り込んだ銀八を見つめ、沖田は諦めた様に皿に視線を移した。
「・・・いただきます」
「美味いか?」
「大丈夫、食えるよ」
「上出来だ」
雨の音と食器のぶつかる音だけが響く中、ちょっとした沈黙に耐えかねたように銀八はテレビのリモコンに手を伸ばした。
「・・・先生、やっぱ後悔してんの?」
それを遮る形で沖田は口を開いた。
「―――――何で?」
「土方さんにも気ぃ使ってるカンジだしよぉ・・・、・・・もしも、単に土方さんに勝ちたいってだけだったんなら・・・、ひねくれ者の俺に同情しただけだっつーんなら、手ェ引いても俺ァ、恨まねぇよ?」
銀八は目を瞠り、そして大きく息を吐き出した。
「ちげーよ。何だ?そんな風に思ってたワケ?」
「うん。だって、アンタ前みたいに学校でも構ってこなくなっただろう?」
「寂しかったワケ?」
「うん」
銀八は沖田を見つめた。そして、がりがりと頭を掻く。
「・・・なんつーか、俺は守りの体勢に入っちゃってるんだよね。突っ走っちゃった分、これからはちゃんとしねーとな」
―――――ずっと、一緒に居たいし。
「年だな」
沖田の言葉に軽く傷付きながら、銀八は苦笑する。
「そうかも」
「で?高杉には会えたのかィ?」
今度こそ本当に驚いて、銀八は沖田を見た。
「―――――何で知ってんの?」
「やっぱそうかィ。アンタがこのまま放っとくとは思えなくてよ」
「・・・びっくりしたー。尋問受けてる気分だよ」
「そんだけ俺ァ、先生のコト見てるってコトでさァ」
マジか。
自分の方が余程気持ちが大きくて、彼にそれを押し付けているとばかり思っていた。
正直、嬉しい。
「アイツさぁ、ちゃんと学校行ってた。何するんでもやっぱ、勉強は必要だって気付いたのかな?・・・何するつもりかはしらねぇけど」
「良かったな」
まぁな、と頷きながら、銀八は空になった食器を流しへ運んだ。
「さて、帰るか?」
振り向いた銀八に、沖田はぶつかるように抱き付いた。
「―――――イテッ」
「俺ァ、寂しかったって言ってんじゃねぇか」
「・・・や、ごめん、ごめん。でも誤解だから。せんせー、大人でズルイだけだから。ちゃんと沖田君の事愛してますから」
銀八はそっと微笑むと、沖田の頬に手を伸ばしてその唇に軽く口付けた。
「――――そんなんじゃ、足りねぇって言ってんでィ!」
沖田は言いながら銀八のシャツの襟元を引き寄せた。
「―――――ぶ、」
噛み付くような乱暴なキスに、銀八は思わず身を引く。
「嘘じゃねぇなら、逃げんな!!」
恋人からの情熱的な言葉とキスに、思わず理性の箍が外れそうになる。
――――イヤ、まずいだろ。イヤ、今更だけど。
「――――おま、折角俺が我慢してんのに・・・っ!」
「――――だから何で、我慢する必要があるんだよ!?」
「大人の事情だって言ってんだろ!?」
その言葉に、沖田は悲しそうに眉を寄せた。
「――――ズルイだろ、せんせ。俺はちゃんと分かってる。これは土方さんを好きなのとも、高杉に惹かれたのとも違う気持ちだって、分かってる。じゃなきゃ、わざわざアンタを選んだりしねェ。・・・もっとはっきり言ってやろうか?」
「・・・・・」
沖田はきっと顔を上げて銀八を睨んだ。
「アンタに欲情してんだよ。また、抱いて欲しいって思ってんだよ」
「―――――――」
「ガキ扱いすんな。アンタ一人の責任じゃねぇだろ!?」
俺が先生を守ってやるよ。
それを聞いた瞬間、思わず、本当に思わず沖田を抱き締めていた。
―――――負けだ。
そう思った。
彼の気持ちを手に入れた瞬間、エンドのつもりでいた自分が可笑しい。
本当の始まりは此処からにある事を分かっていなかった。
「・・・・泊まってく?」
「最初からそのつもりでィ」
ぎゅ、と抱き締め返してくるその感触、温もりがどうしようもなく愛しい。
「ま、どーにかなるか」
呟いた銀八に、沖田は安心した笑みを見せた。
「それでこそ先生だ」
終
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・・・何か、何書いてんかなー・・・。ワタシ。
ふと、その後を考えてたらこんなんなりました。