☆注 :銀高です。CP関係なく楽しめると思うのですが、苦手な方はお戻り下さい。
「狐のお宿」しらさか様より。
「紅桜編直後」のお話です。
**
影は膿む
……些細なことすら、脳裏から離れてくれない――……
ふりかえる価値もない、昔だ。
もともと勝ち目のない戦だったから、日ごとに敗色が強まるのは当たり前のことだった。自軍の仲間は増えることなく、一人、また一人と倒れた。敵を斬った数もさることながら、墓を掘った数も半端なものではなかった。
季節は夏の初めだったか。
山つつじが咲き終わり、鮮やかな新緑が色濃くなったあたり、梅雨のはしりのころだったことはかろうじて覚えている。
夜明けが近かった。普段なら深い眠りの中にある。しかしこの日、銀時は陣地を抜けだし、歩いていた。
戦場から離れた山の中は、荘厳な静かさに支配されていた。静謐とした空気に一切のよどみはない。人を拒むかのような美しさだけがある。
その、翡翠を濁らせたような山の色。
暁光にあぶりだされた森の中、『彼』の姿はあった。
「なにやってんだ、おまえ」
呆れた口調になったのは仕方ないだろう。
夏の前とはいえ、山中の、しかも夜明け時だ。空気にはまだ冷気が残っている。にもかかわらず、『彼』は――高杉は一糸まとわぬ姿で池の水に浸っていた。
水浴びしているようには見えなかった。彼はそう深くはない池の水に、全身を投げ出して浮かぶようにしている。……水死した遺骸のように。
「銀時か。どうした、小便でもチビったか?」
水面から返る声は鷹揚として、陰りはない。いつもどおり、平常の高杉だといえよう。
だが、たとえこのような奇行がなかったとしても、銀時の眼に異常は明らかだった。
――気づかないふりをするのには苦労がいったが。銀時は声のする水面ではなく、森の木々に視線を投げた。
「なにお母さんみたいな心配してんの。洗濯でもしてくれる気?」
「してやってもいいぜ。よこせよ、俺のと一緒に洗ってやらぁ」
「チビったのかよ、おまえ!」
「あァ、大量にな」
水音とともに、高杉が起き上がる。
さらに視線をそらせるため、銀時は傍らの木によりかかって夜明けの空を仰いだ。
男の裸など見たくない、という至極まともな理由はもちろんある。が、それ以上に、『その肌』を――『その肌に残った痕』を眼にいれるわけにはいかなかった。……断じて。
「もっとも俺は小便なんぞじゃないがな。別のモノだ。わかるだろ?」
軽い口調とともに、動く気配が近寄った。
銀時の困惑を、高杉はとうに承知していた。
その上で、面白がっている。この男は時折、わざと理解に苦しむ行動をとるから始末に悪い。
……いい迷惑だ。こっちは気をつかっているというのに。大仰なため息が夜明けの空に吐き出された。
「おいおい、カンベンしろよ。女なら赤飯炊いてやるが、男のアレは切なくなるだけじゃねーか。つーかさ、すがすがしい朝にそーゆーの、やめてくんない?」
逸らせた視線と、乾いた軽い口調。
それに対して、近づいてくるのは不穏で不安定な影だった。嗤いを含んだ声が銀時に投げかけられる。
「朝だろうが夜だろうが、性欲は関係ねえ。ヤりたきゃ、ヤるのがヒトってもんだ」
「だから、そんなヤラしい話をだな」
「なんだ、銀時。おまえ、まだ右手しか知らねぇのか?」
「俺は左でするの! じゃなくて!」
「――俺がしてやろうか」
ぞっとするような凍えた気配が、すぐ傍らにあった。
凝視してくる視線にも同じ冷気だけがある。刀剣の鋭さ――殺意。
はぐらかせようと、銀時が身をよじる。だが、高杉のほうが一瞬早かった。
腰に下げた刀の柄を、濡れた手がつかむ。
「動くなよ。イイことしてやるだけじゃねえか」
硬質な音が刃とともに鞘から抜け出た。
そのまま、刃先が銀時の首元を触る。
「……朝っぱらから、めんどくせぇ冗談こいてんじゃねーよ」
「冗談? ククク、何云ってやがる。冗談で男が男と寝るか? 汚ねェジジイどもにしゃぶられるのが酔狂か?」
「高杉――おまえな」
「『至宝の身体、天地を狂わす器』――昨夜のジジイは俺をそう誉めてくれたぜ。その俺がおまえの童貞を喰ってやらァ。ありがたく思うんだな」
「だれが童貞だァ? ンなモン、とっくに――」
かみ合わない会話に苛立ち、それ以上に、目の前の『事実』が苛立たしい。
――知っていた。
高杉が陣地を抜け出して水浴びに行く理由など、ひとつしかない。
攘夷による平和を、と叫んでも、所詮は体制に歯向かう戦いだ。資金はどこからも出ないに等しい。出ないならば、こんな戦いに出資するもの好きを探すよりほかない。……だから。
――知っていて、だが、どう止めれば良かったのか。
比類なき剣の使い手であり、聡明な策士。誰もが認めた孤高の志士が、深酒を飲み、夜ごと猥雑な町屋敷へ出かけるのだ。
こんな桜色の痣を肌に色濃く残して。
――そしてその翌日には、実に都合よく資金が『寄付』されている……
「そこらの女なんかと雲泥の差だそうだ――俺の身体は、な」
「よせ!」
ふり払おうとした手を逆につかまれ、そのまま二人の身体は地面に転がった。どすり、と白刃が目元をかすめて大地に突き刺さった。
青臭い苔の匂いが鼻梁につく。湿った草むらに寝転ぶ格好の銀時の上に、高杉が覆いかぶさった。
「俺がいいと云うまで動くなよ。おまえの首が血まみれになるぜ」
首の薄皮に、刃の冷気が伝わる。
反対側に逃れればいいだけの話なのだが、銀時は動かなかった。動けなかったのだ。
自分を見下ろしている、その貌。
明るくなりはじめた空を背景に、あまりにもそぐわない色の眼が銀時を縛った。
「いい加減、――っ」
やめろ、といいかけた声を飲みこんで、歯を食いしばった。
目の前の光景が信じられない。銀時の着物の裾を払い、牡をとりだして撫でしゃぶる男がいる。
ともに戦う仲間が。
誰よりも気高く、無垢な魂の持ち主が――……
濡れた髪先から雫が銀時の腿にこぼれて伝う。その感触よりも、首の傍らの鋭い刃よりも、高杉の舌は凍った熱を全身に響かせた。
思わずもれそうになる呻きを飲み込んで、銀時は奥歯を噛む。
もはや無視できない。状況はどうあれ、脳髄に伝わるのは男として当然の官能だった。その事実に目眩がした。
さらに追いつめるように、高杉は咽の奥へと吸いこむ。
「てめえ、高杉……っ、酔っ払ってるにしてもホドがあるぞ、こんな――」
「こんな?」
「やめろっつーんだ、何が楽しいんだよ、おまえ……!」
「楽しいぜぇ、俺は。おまえも悦んでるじゃねェか。そうだろ? 男ってのは――」
愛撫する手をやめもせずに、高杉は身を起こした。
「相手を屈服させ、蹂躙する。その快感を追求する生き物だ」
見下ろす、眼。
滴る碧の葉が、さらに膿んだような、黒。
「力の強い者が弱い者を支配する。それで歴史は作られた。その力とは、何だ、銀時? 腕っぷしか? おまえみたいな剣の腕か? ……そうじゃねぇことは、いくら能天気なおまえでもわかっているだろ」
「だから、なんだ。カネのある奴が今、この世で一番強いって云うんじゃねえだろうな。カネのために、てめえはスケベなオヤジに媚びてんのか。それをご丁寧に軍資金だとバラまいてんのか、バカじゃねえの、おまえ」
「バカはどっちだ? 何も知らずに攘夷だと叫んでいるヅラか? それに踊らされている『我が攘夷派の同胞』って奴らか? それとも」
水に濡れた光沢のある裸体が、躊躇もせずに銀時の上にまたがる。
屹立に手を沿え、高杉は身を沈める。肌にまとわりついた水のせいなのか、それとも昨夜の名残のためか。抵抗らしい抵抗もないまま、熱い肉の中に銀時が埋まった。
意図しない吐息が、双方の唇から漏れる。
「……こんな明け方まで死んだ同胞の墓を掘ったあげくに、俺にいいようにされてる、おまえか?」
身体が揺れた。
銀時を体内に深く咥え、そのまま高杉が揺れ始めたためだ。片手で自身の牡を触り、それの動きに合わせ、身勝手な調子で。
身勝手な欲だけを貪って。
――膿んでいる。
高杉という男の魂が。そして彼と共に戦っている仲間たちとの絆も、自分との糸も――既に。
突きあがる快感のはざ間、銀時はどこか冷やりとした意識で動き続ける高杉を見つめていた。
その冷涼としたものが熱に染まる直前。
「なぁ……銀……――」
「――……」
「イイ……ん、だろ――おまえ――」
「……イイわけ、ねー……だろ」
「クク……俺より早くイキそーじゃ……ねェか……」
ひとしきり嗤い、高杉は何を思ったか銀時の顔をのぞきこむように、身体を曲げた。
そういえば、と銀時は思う。高杉は昔から表情に乏しかった。子供の頃からの付きあいなのに、こいつが笑ったり泣いたりしたのを見たことがあっただろうか。
それが、こんなふうに嗤うのだ。
いや――濡れた髪から落ちる雫のせいか。間近で見る整った貌は寂しげで、苦しみに耐えかねて泣いているように映る。
思った瞬間、罵声を出そうとした唇が重なった。
「ン――っ……!」
舌が絡まる。酒の香りはしなかったが、それでもこれは酒のせいなのだと、惨めにも言い聞かせた。
でなければ、こんなことはやはりありえないのだから。
銀時の上に倒れた高杉を引き寄せて、今度は自らが腰をつきあげる。明らかに狼狽し、恐怖し、歓喜した裸体は水に濡れたまま、熱にうかされていた。
女を抱いた以上の、快楽だった。
あとは何も考えられなかった。ただ、快楽に比例して、暗く冷えた膿みが胸に沈んだ。
●
……些細なことだ。
それが、なぜ――。
「はじまりは同じ場所だった」
夜明けを迎えた海。
まぶしい光を無数に弾かせる波を見下ろして、桂が呟く。いつもに似合わぬ神妙で静かな声を、銀時は聞くともなしに聞いていた。
「……いつから俺達は、場所を違えたのだろう」
高杉の乗った船は、すでに虚空の点となっている。
桂はそれをじっと見つめ、銀時はそれから目をそらしていた。
「さぁな」
短く答えて、銀時は歩き出す。
全身に受けた無数の傷に、潮風は切るように痛い。
それ以上に、淀んだ記憶の断片が、前を行こうとする足取りを遅らせていた。
終
**************
お宿の女将が・・・!銀魂を書いて下さったぁぁぁぁぁ!!(興奮)
最初この話を聞いた時、「何を血迷ったか!?しかも高杉受け!?」と正直思いました(笑)
でもね、女将の文章力は十二分に承知だったので、きっと大丈夫!と思いましたが、それ以上の出来でびっくり!!
ハマってなくてもこんなに素敵な小説が書けるのだな、と正直凹みました。これを「ゴミ」と言うなら私の駄文は一体・・・。生ゴミ?汚物??いやいや!これを宝石だとしたら、多分私のもプラスチック製のピカピカ光るでっかい指輪(夏祭りの景品)くらいの価値はあるだろう!
この、戦の虚しさとか荒廃具合とか、情景描写が堪らなく美しくて好きです!!
「左でする」銀さんにもこっそり萌えさせていただきました!
素敵小説、本当にありがとうございました―――!
女将には最近色んな事で相談してますvオンでもオフでも・・・。
なんと言いますか・・・、KYの後の優しさは特に身に染みると言いますか・・・。
とにかく、ありがとうございます・・・vvvvv
鈴華りん