狂恋





狂っているのかもしれない。

この人を好きだと思った瞬間から。





沖田の瞳が大きく見開かれ、その手が山崎の着物の襟元を強く掴んだ。
けれど、それは一瞬。冷静な表情で見つめる山崎の目前で沖田の体は力を失い、崩れ落ちた。
床に落ちる寸前に山崎はその身体を支えた。
閉じた瞼はぴくりとも動かない。
沖田の薄く開いた唇に、山崎は静かに口付けた。
「ようやく―――、貴方を抱ける・・・」





きっかけなど、とうに忘れてしまった。
けれど、行動は今夜しかないと思う。副長も局長も留守の今夜、彼を誰にも取られない夜。
山崎は茶碗を乗せた盆を手に、沖田の部屋の前に来た。
「誰でィ?」
声をかける前に室内から問い掛けられ、山崎は苦笑を洩らす。
「―――山崎です。お茶をお持ちしました」
「茶?頼んでねぇよ」
「・・・お話が、あるもので・・・」
数秒の沈黙の後、入れ、と短く許可が下り、山崎は襖を開けた。
風呂上りの髪をタオルで拭いながら、沖田は山崎を上目遣いで見た。その目は険しい。
「・・・何かあったのか?」
言外に「局長と副長に」と言っている。それ以外の話は二の次だと言うように。
「・・・いいえ。俺との世間話には付き合って頂けませんか?」
「―――世間話しィ?」
沖田は、はぁ、と息を吐き出すと体の緊張を解いた。
「珍しいなァ、面白い話じゃなきゃ承知しねぇぜ?」
「・・・あんまり、沖田さんには面白い話じゃないと思いますが・・・」
「そうかィ」
途端に興味を無くしたらしい沖田は、テレビを点けてごろりと横になった。
「―――久し振りじゃないですか?沖田さんが自室でお休みになるの」
山崎の言葉に、沖田の周りの空気が震えるのが分かった。
「・・・沖田さんは、好きな人はいますか?」
「・・・・・」
「ねぇ、教えて下さいよ。副長が好きなんですか?それとも好きじゃなくても寝れるんですか?」
気が狂ってる。
自分でもそう思う。
沖田から伝わる殺気に指先から震えが走るのに、恐らく自分は笑っているのだろう。
「沖田さんは知らないでしょう?俺が副長に夜中呼び出される事」
「―――え・・・?」
沖田の背中が大きく揺れて、彼がゆっくりと振り向いた。
「俺が見ている事しか出来ないのを、あの人は良く知っているんです。俺の気持ちを知っていて、見せるんです」
「―――山崎・・・?」
「俺は・・・、沖田さんが好きです」
この場の雰囲気にそぐわない、騒がしい喧騒がテレビから流れている。
沖田の顔は今までに見たこともないほど青褪めていた。
「―――やめろよ・・・」
「止めてください。迷惑なら、この場で斬って下さい。どうしたら止まるのか教えて下さい」
青褪めた顔も、困った表情も綺麗だと思う。彼をそんな状況に置いているのは自分なのに、山崎の頭は冷めていて、沖田の様子を見て楽しむ余裕すらある。
「・・・俺は、土方さんを好きじゃない」
「そうですか」
半ば予想していた答えに山崎は頷いた。
「・・・でも、ここに居る為には・・・」
そこまで言って、沖田は俯いた。
全て承知だ。
沖田がまだ真撰組の出来る前の幼い頃から、土方に抱かれていた事。そうしないと生きていけないとまで叩き込まれたのであろう、術。
抵抗などいくらでも出来るのにそうしない沖田を連れて逃げたいと、山崎は何度も思った。
けれど、彼が決して自分から着いて来る事などないという事も、悲しいほど思い知っていた。
山崎は無言で冷め切ったお茶を沖田に差し出した。
沖田は少し躊躇った後、茶碗を手に取る。
「沖田さんの為に煎れたんです」
微笑む山崎に「悪ぃな」と呟き、沖田はその茶に口をつけた。
「・・・沖田さんがもう、どうしようもないことなんて承知してます。それでも言わずにはいられなかったんです」
沖田は山崎から視線を外したまま、ぐいと茶を飲み干した。
「出てってくれィ」
「嫌です」
眉を寄せる沖田に、山崎は微笑んだ。
「俺はもう真撰組の山崎じゃない。命も何もかも捨てて、沖田さんを手に入れると決めたんだ」
「意味がわかんねぇよ。いいから出てけ。マジで斬るぞ」
「いいですよ。―――斬れるのなら」
途端、沖田はぐらりと揺れた自分の身体を支える為、左手を畳につけた。
吐き気を堪えるように口元を押さえる。
「何―――、何だ、これ・・・?」
「沖田さん、それは俺の事を信用している、と取っていいんですよね?」
沖田の瞳がまさか、と言いた気に山崎を捕らえる。
山崎は微笑を返すしかない。とても悲しいが、彼が素直に薬の入った茶を口にした事を喜ぶ自分しかいなかった。
「自分でももう、どうしようもないんですよ。どうなってもいいほど、貴方が好きです」
“好き”
きっと、そんな言葉では片付けられない。
彼を自分の物にしたい。
おぞましいほどの欲望。
「目が覚めたら、俺を殺していいですよ」
それに対する何の返答もないまま、沖田は山崎の腕の中で気を失った。




夜着を脱がせ、全裸にした沖田を布団の上に横たえた。
濡れた髪が白い頬に張り付いているのをそっと指で掬う。
首筋から唇を這わせ、所々に印を刻んでいった。
白い、平らな胸は規則正しく上下に動いていた。そこの小さな飾りを舌で転がす。
味わうそれらは眩暈を覚えるほど甘美に感じた。
自分より一回りほど細いその身体を抱き締め、肌の手触りを楽しんだ。
どれだけ愛撫を繰り返しても手放す気にはなれない。
沖田をずっと独り占めにしてきた土方を心底憎いと、その時思った。
土方はもっと荒々しく沖田に口付ける。全てを封じ込めるように彼の意識を飛ばし、抱く。
土方に抱かれる時の彼が脳裏に蘇り、山崎は身体が熱くなるのを感じた。
沖田の足を広げ、彼の茎を口に含んだ。微かに石鹸の香りがする。
―――――ああ、やはり・・・
山崎は思った。
声が聞きたい。
乱れる息遣い、紅潮する頬。
自分にに抱かれる時、この人はどんな風に乱れてくれるのだろうか。
力の抜けた彼に挿入するのには時間がかかった。男相手に勝手も分からず、けれども沖田に傷は付けないようにゆっくりと入り口を解し、注意を払って望みを果たした。
たったこれだけの快楽の為に全てを捨てるのだ。
しかし、何にも代えがたい時間だった。
何時から沖田を好きだったのかは分からないが、堪えた時間は永遠の様に長かった。
沖田の動かない身体を抱き締め洩らした山崎の声は、慟哭に似ていた―――







ゆっくりとその瞼が開くのを間近で見た。
褐色のその瞳が自分を捕らえるのを、夢見るような気持ちで見た。
例えばこの瞬間に命を失うのならば、きっと其れを幸福と言うのかもしれないと、山崎は思う。
「沖田さん・・・、大丈夫ですか?」
「―――気持ち悪ィ・・・。俺、何で・・・」
そこで、沖田ははっとした。
「山崎・・・、お前―――」
「抱きましたよ」
「――――」
その時、沖田は泣きそうな顔をした。
「後悔なんてしようもないんです。貴方が、好きです」
「・・・死ぬよ、お前」
「いいんです」
――――ただ、今死ぬ気は、ない。
つい先刻までの覚悟は別のものに変わっていた。
「沖田さんを土方さんに返す気はありません」
気を失う前と変わらず微笑む山崎を、沖田はどこか恐怖交じりの目で見返した。







狂っているのだ。
はっきりとそう思う。
これから自分がやろうと思う事は不利益で、何一つ望みのない、無駄な事だ。
この人を苦しませるだけなのだろう。

「貴方を、副長には返しません」

繰り返した山崎を見返す沖田の瞳には、はっきりと恐怖が宿っていた――――















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黒山降臨。
ごめんなさい。色んな意味で・・・。