真夜中のベル



それは、突然に鳴り出した。
時間を告げる合図。
何事かと起き出したソフィ−に、ハウルは満面の笑みを向けた。
「 メリ−クリスマス!! 」
寝惚けた顔に浮かぶ困惑の表情が可愛い、とハウルは思う。
既にマルクルとカルシファ−には今夜の事を話してあるので、二人はちゃんと起きて出かける準備をしていた。
「 何?どこかへ行くの?どうして夜中なの?今の言葉は何の呪文? 」
ハウルは思わず吹き出した。当然の反応とはいえ、ソフィ−は期待を裏切らない。いや、しばしば裏切られているのだが。
今夜も彼女に内緒で勝手にハウルが考えた事だ。彼女が怒り出す事も充分予想できる。
だが、この顔を見たくて、つい意地悪をしてしまう自分をハウルは充分自覚していた。
「 実は、毎年この日は夜出掛けているんだ 」
「 今日は、何の日なの? 」
「 クリスマス。キリストが生まれた日さ 」
「 誰? 」
「 この世界には関係ないよ。子供のまつりだと思えばいい。サンタクロ−スが夜子供が寝た後にプレゼントを配るんだ 」
「 サンタクロ−スって? 」
ソフィ−はますます訳がわからない、という顔をした。ハウルはもう一度そんな彼女に微笑を向けて、
「 僕達だよ 」
と、言うと、呪文を唱えた。
あっという間に全員の服が、赤色になっている。ハウルに至っては赤い帽子まで被っていた。
「 かわいい! 」
歓声を上げるソフィ−に、ハウルは嬉しそうに頷いた。
「 だろう? 」
年に一度、この日しか使わないドアを開ける。ドアノブは金色だった。
「 こんな色、見たことないわ 」
「 子供達の夢が現実になる世界だよ。僕の故郷に似てるけど、次元が違う 」
たまたま迷い込んで見つけた、とハウルは笑った。
「 行くよ!マルクル、カルシファ− 」
「 はい 」
「 雪だけはかんべんだよ 」
元気に声を上げるマルクルとは対照的に、カルシファ−は乗り気ではないらしい。
かまわず、ハウルは扉を開いた。
ドアの外は空中だ。ソフィ−が足を踏み出した途端、その体は下へと吸いこまれていく。
「 ごめん、ごめん。言うの忘れてた 」
悲鳴を上げるソフィ−の体をハウルは受け止め、抱き上げた。
「 高いの、怖いわ 」
脅える体をしっかりと抱きしめ、ハウルは足下に広がる町の明かりを眺めた。
「 目をあけてごらん。気持ちいいよ。すごく綺麗だ 」
おそるおそる目を開いたソフィ−は、次の瞬間その顔を輝かせた。
「 すてき! 」
「 そう言うと思った。今年は君を連れて来ることができて良かった 」
それがどんなに喜ばしい事か、彼女に説明して理解できるだろうか?
他人を喜ばせる事は嫌いではない。美しい女性の笑顔はとても目の保養になる。しかし、こんな風に子供のように、自分の心まで踊る事は初めてだった。彼女の言葉、行動、目線一つに一喜一憂する、情けないほど無様な自分がいる。喜ばしいのは彼女がそれを全て承知の上で自分の腕の中にいるという事。
話したら、ソフィ−は「当たり前」と笑うだろうか。それとも、呆れるだろうか。本当は嫌なのだ、と。
ハウルがそんなことを考えている内に、一件目の家に到着した。
「 ハウル、すごく楽しそう。子供達にプレゼント配るのよね?私もわくわくするわ 」
とん、と屋根の上に足を下ろして、ソフィ−は笑った。
「 煙突から入るのがサンタクロ−スだが、服が汚れるので普通に入ろう 」
「 煙突から入るの・・・? 」
ソフィ−は顔をしかめた。そして、魔法使いで良かったわ、と呟いている。
白い大きな袋から赤いリボンのついたプレゼントの箱を取り出した。
「 かわいい。よく寝てる 」
ソフィ−はそっと囁いた。すやすやと寝息を立てる男の子の枕元で。
「 起きた時の顔が見れないことが残念だね 」
ハウルは笑いながら言うと、起さないように素早く外へと移動した。
「 僕達もクリスマスはやろう 」
「 ええ・・・ 」
ソフィ−はちょっと首を傾げてしっかり納得のいっていない返事をした。
「 僕はいいパパになるよ。子供には慣れてる 」
「 ハウル・・・! 」
途端に顔を赤くするソフィ−。
そんな彼女を再び抱き上げ、明け方までに町の子供全員にプレゼントを配り終えた。
「 どうしてこんなことをしてるの? 」
教会の屋根に座って、ソフィ−はハウルに訊ねた。
「 この町には魔法使いはいない。でも、ここの人達は僕を快く受け入れてくれたんだ。ちいさな、町だからね。電気も自動車もない、お伽話を信じているような人達だから。ここに住みたいと思う事もあったけど。僕がぶち壊しかねないからやめた 」
「 ハウルったら 」
ソフィ−は笑った。
「 だから、僕はサンタクロ−スだって言ったんだ。皆それを信じたよ 」
「 本当にサンタクロ−スじゃない。・・・すてきだわ、こんなところもあるのね 」
「 ハウルさんは優しいんです 」
邪魔をしないように気を使っていたマルクルが、自慢するように言った。
「 面倒な事が時々やりたくなるんだよな 」
カルシファ−が眠そうに言う。
ハウルは二人の言葉を聞きながら、自己満足が好きなだけかもしれない。と呟いた。
「 ああ、終わった。さすがに眠いな。熱い湯が欲しい 」
大きな口を開けて欠伸をしながら、ハウルはソフィ−の腰に手を廻して一緒に飛びあがった。
来た時のように景色を見る余裕がない。
そんなハウルの肩越しに、ソフィ−はそっと振りかえった。
町が、足下でどんどん小さくなる。
「 ありがとう 」
ソフィ−の小さな呟きは、ハウルの耳にも届いていた。
来年もきっと、真夜中にベルは鳴るだろう。





END