やさしいキスを僕に
「ソフィ−、キスして」
顔を合わせるとせがむハウル。
今日も朝からおはようの挨拶もなしに彼は言った。
「嫌よ。顔を洗ってから!」
私は赤くなった顔をハウルに見られない様にさっさと先に階段を上った。
そっと振り返ると、面白くなさそうな表情で見上げる彼。
「ソフィ−は冷たい 」
ぶつぶつと呟く彼を心底愛しいと思ってしまう私。
でも、甘やかすとつけ上がる彼の性格を良く知っているので、どうしても素直になれない。
単に素直な性格じゃないだけかもしれないけれど。
ハウルはいつものように二時間もの時間をかけて入浴を済ませ、今日はバラの香りを漂わせて私の前にあの、とろけるような微笑を見せた。
「お待たせ」
待ってないけど。心の中で呟いて私は彼にそっと唇を寄せた。
「どうしてソフィ−はいつももったいぶるのさ?もう僕に飽きた?」
「もったいぶってなんかないわ。いつも会っているのにおかしいじゃない。こういうのは、もっと、雰囲気とか・・・」
ごにょごにょと口の中で言い訳をして、ハウルの胸にそっと頭をもたげた。
なんか変だわ。いつもよりハウルがカッコ良く見える。今は誰のためでもなく、私の為に身なりを整える彼に嬉しい気持ちを抑えられない。でも、今日は特に。
「この香りは成功だな」
その言葉にはっと顔を上げた。
「女性の気持ちを盛り上げる効果があるんだ」
得意げに言う彼を私は思い切り突き飛ばしてしまった。
危うく騙される所だった。小細工を使うところは相変わらず。
「そんなもので違う気持ちにされるのは嫌よ!」
ああ、だから小娘に戻るのは嫌だ。何も解らなくなるから。
相手の気持ちを期待しなければ何も怖いものなどない。90歳の自分を懐かしくも思えてしまう。
「違う気持ちって何?じゃあ、ソフィ−が今僕に寄りかかったのは違う気持ちだって事?」
うんざりとハウルは言った。
確かに、私はあまりハウルを褒めないし、好きだとも言わない。こんな問答も幾度となく繰り返した。言い争いが好きじゃない彼には面白くない事だと思う。
でも言ったじゃない!大事な時はちゃんと言う。大切にしたいと思うだけ。
「まあ・・・、」
私は溜息と共に吐き出した。
「私が悪かったわ。確かにもったいぶるようなことじゃないかもね。減るものじゃないんだし」
妥協しようと私は笑った。そんな頑なに言い張る事でもないか。そしてハウルの手を取ろうとした私を今度は彼が冷たく払った。
驚いて彼を見ると、その表情は怒っていた。
めったに見せないその表情に私は身体を硬くした。
どうしたの?
「分った。やっぱりソフィ−にとってはその程度の事なんだ」
その程度?
「雰囲気とか言ってるわりに誰にでもキスできるんだもんな」
誰にでも??
首を傾げる私にハウルはサファイアの瞳を大きくして見せた。
「キスは減るんだ!」
「そうね」
思わず頷いてしまった。
「カルシファ―やばあさんはまだ許すとして、よりにもよって王子にキスするなんて・・・!」
大袈裟に絶望のポ−ズを取る彼に、今度は私が大きく目を見開いた。ハウルに心臓を戻した時の事。その事を彼は言っているのだ。
「マルクルは許さないからな!」
「し、しないわ!」
私はぶんぶんと首を振った。
「ソフィ−は分らないよ」
疑うように見つめてくるハウル。驚きと嬉しさで私は混乱してきた。
「あの時は、違うわ。私は色んな事から解き放たれて、一生懸命になれる自分が嬉しくて、みんなが愛しいと思ったの。それは本当。でもハウルへの気持ちとは全然違うから・・・」
かあっと全身が熱くなって、隠しても無駄なほど、耳まで真っ赤になっていた。
「・・・じゃあ、キスして」
ハウルが満足そうに見下ろしてくるのを見て、私は我に返った。
でも、もう反抗する気力はない。
そっとハウルと唇を合わせた。とても、甘い。
騙されたのかは分らない。香りのせいかも分らない。
仕方がないわ。相手は魔法使いだもの。
それでも、喜びはこの胸に次から次へと溢れてくる。・・・頑張ったご褒美よ、きっと。
私は一人で頷くと、さあ、と顔を上げた。
「今日も掃除しなきゃ!」
途端にハウルの綺麗な顔が歪む。
「ほどほどにね」
そして彼は明日も私にせがむのだ。
「やさしいキスを僕に」
END

最後のシ−ンのソフィ−のキス魔ぶりに驚いて書きました。
真っ先にやきもちを焼くハウルが頭に浮かんだところがかわいい私(・・・)
二人で空中を歩くシ−ンが一番気に入ってますvvv原作のソフィ−をナンパしちゃうハウルも捨てがたいけど(苦笑)