それからの奇跡
「荻野さん」
その日、ふと廊下で呼び止められた千尋は振り返った。
「荻野千尋さん」
「はい・・・?」
目の前に立っているその男の子は多分千尋の同級生。でもクラスも違うし、今まで話した事もない生徒だ。
「僕は、鷹野宏。・・・初めまして」
「・・・初めまして。・・・何か私に用ですか?」
千尋は恐る恐る聞いてみた。
「うん・・・。前から聞きたかったけど・・・、君の隣のその人」
千尋ははっとして隣を見た。同じように驚いた瞳で千尋を見返すその人とは、ハクだった。
「鷹野くん、見えるの?」
男の子はこくん、と頷いた。
「ぼんやりとだけど・・・。荻野さん、その人の事知ってるんだね。悪い感じはしないけど、教えたほうがいいかと思って・・・」
「この人は大丈夫。私の守り神みたいな人だから。だけど、お願い。誰にも言わないで」
「うん。言うつもりはないよ」
彼、鷹野はにっこりと笑って頷いた。
「荻野さんって、他の子とちょっと違うから以前から気になってて・・・。そしたら、ある日突然隣に人間じゃない者を連れて歩いてるから驚いて目が離せなくなったんだ」
学校からの帰り道。千尋は鷹野と並んで歩いていた。
「私ってそんなに変わってるかな?」
「ううん。違うんだ。勉強も運動も普通だし、話してても普通なんだけど、目がね、強くて優しくて、どこか寂しそうなんだ」
千尋は驚いた。
「そんな風に言われたの始めて。でも、転校してからお友達もあまりできないし、私一人でいる事多かったから皆に変な子って思われてるのはなんとなく気付いてたよ」
「違うよ。荻野さんは大人っぽいんだよ。だから皆近付きにくいだけだよ」
「大人っぽい??どこが?」
千尋はますます目を大きくした。
「だって、みんなみたいにお洒落や恋愛やTVなんかにも興味ないだろ?」
「・・・うん」
「授業中はぼーっとしてるのに、掃除やボランティアなんかはイキイキしてる。そんな中学生いないよ」
「鷹野くん、よく見てたんだね・・・」
千尋の言葉に、彼は顔を赤くした。
「うん。・・・だから、今日思い切って声掛けてみて良かった。また、話そうね。隣の彼の事も、良かったら教えてよ」
「いい?」
千尋はハクを振り返った。
ハクは優しい顔で頷いている。
千尋は再び鷹野に向き直った。
「いいよ。彼の名前はハク。私のね、世界で一番大切な人」
千尋はにっこりと微笑んだ。
「・・・大切な・・・?」
「そうだよ。続きは長くなるからまた話すね」
「・・・だから、なんだ」
急に立ち止まった鷹野に、千尋もつられて足を止めた。
「?どうしたの?」
「両親や肉親意外で世界で一番大切な人がいる中学生も、いないよね」
「・・・そうかな?」
「・・・いないよ」
そう呟くと、鷹野は急に走り出してしまった。
「彼は、千尋が好きなんだね」
「ええ!?」
ハクが言った言葉に、千尋は驚きの声を上げた。ハクは黙って、走り去る彼の後姿を見詰めていた。その真剣な瞳に、千尋は何も言えなくなる。
「・・・そう、なのかな?」
でも、私は・・・。
千尋はそっとハクを見上げた。
「私と別れてからも、千尋がどんなに頑張って輝いていたか、良く分かるよ」
「・・・そんなこと、ない・・・、けど」
千尋は赤くなって俯いた。
「折角仲良くなれそうだったのに。千尋、私のことをあまり話してはいけないね。やはり」
「でも、嘘は言ってないよ。ハクは大事な人だもん。それしか言ってないよ」
「湯屋での事を理解してくれる人間は少ないだろう。慎重にならなくはいけない。私も軽率だった。彼は、理解ある人間に見えたから」
「・・・でも。私はハクが大事だから、ハクが困るような事はもうしない。いなくなるような事になったら私も死んじゃうくらい困る」
「大袈裟だね、千尋は」
ハクは笑った。
ちっとも大袈裟なんかじゃない。千尋はいつも真剣だ。
「・・・竜神とか、木霊とか、ちゃんといるんだよね。それは、いつか鷹野君にもわかって欲しいな」
先日寄った川に主が帰って来ていた。山の大きな木に、木霊が鳴いていた。
ハクが一緒にいるから、千尋にも見える。ハクを見る事ができる彼にも、もしかしたら見えるかもしれない。
「きっと理解してもらえるよ。・・・千尋なら」
「・・・嬉しいけど、ハク。そんな寂しそうな顔で言わないで」
ハクははっとした。
「私を信じて」
千尋はハクをじっと見詰めた。
「好きだよ、ハク」
ハクが息を呑むのが分かった。
「・・・信じているよ。千尋は嘘を吐かない。・・・私が、不安なだけだ」
千尋は笑った。
「ハクに触れて良かった。じゃなきゃ、私の方が不安だと思う。私、本当は皆に言いたいよ。この人が私の大切な人だって。今日鷹野君に言えて、嬉しかった」
「千尋・・・」
「手をつなごう、ハク」
毎日が奇跡だった。毎日が愛しくて、大切な時間。
誰にも見えないものが見える自分。恋人は秘密の人。
これってすごいことだよね。
呟いて、千尋は深く息を吸った。
西の空が赤く染まっていた。
次の日、彼は千尋に謝りに来た。
「昨日はごめん。逃げちゃって」
「・・・うん。ハクの事誰にも言ってないなら、いいよ」
「ハク?」
千尋は相変わらず寄り添うように隣にいるハクの着物の袖を掴んだ。
「この人」
「・・・言わないよ」
鷹野は微笑んで、ハクに向かって頭を下げた。
「僕は昨日・・・、ハク・・・、さんに嫉妬したんだ」
「・・・・・」
「僕も、荻野さんに大切な人って言ってもらえるように頑張るから」
彼はそう言うと、照れたように笑った。
千尋は何も言う事が出来ない。
「良かったね、千尋」
ハクはにこにこと嬉しそうに笑っている。
「・・・うん」
千尋は今のままでも充分満足していた。理解者がいるのは嬉しいけれど、複雑な気持ちでハクの言葉に頷く。けれど・・・。
「・・・・・・・うん!」
千尋は思いなおして顔を上げた。
色々ある毎日だから楽しいのかもしれない。ハクさえいれば何も怖い事などない筈だから。
何も変わる事などない。
「よろしくね!」
千尋は笑って彼に手を差し出した。
終
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オリキャラ出しちった・・・。
こうなったら何でもありになってくるけど。もう止めます・・・(苦笑)
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