鏡の中に生まれる者







蓮はきっと、誰よりも傷付きやすい。
ライダ−の戦いに生き残るには、あまりに脆い精神を持っている。
望みを果たしても、彼に安息の日が訪れる事はないだろう。
だから、戦いを止めたい。鏡の世界を壊したい。
――― その想いが・・・ 。


彼の望みを叶えたい。
だけど、彼の手が汚れるのは見たくない。
だから、死なない。死なせない。殺させない。
――― その、矛盾する願いが・・・ 。



リュウガを、生み出した ――――― 。




蓮の戦う理由を知った時。
望みを叶えるのは蓮だと思った。
蓮がその手にかけるのは、俺が最初で最後であるように・・・ 。



自分の異変には、何も気がつかなかった――――― 。









秋山蓮は静かに寝返りを打った。
それは、隣で寝息を立てる城戸真司を起こさないように気を使ったのだった。
同居人。今の二人を見てその関係に頷く者はいないだろう。
裸のまま、同じベッドに横になっている。
始めてその行為に踏み切ったのは何時だったか・・・。
震える蓮の肩を抱きしめて、真司は泣いていた。
「 もう、止めろよ ・・・ 」
繰り返し語り掛ける彼が、自分に同情していると知っていた。
蓮が背負うものの重さを知った彼が自分の代わりに流す涙であったが、その熱さに縋った。同情でも構わなかった。
彼を突き放す為に、憎しみを向けさせる為に・・・。
蓮は自分自身に言い訳をしながら、彼を抱いた。
抵抗はなかった。
彼は、離れる事も憎む事もしなかった。
その関係が始まってからも真司は何時も通り振る舞い、蓮に笑顔を向ける。
それに甘え、彼の温もりに浸っていた。
蓮は隣に眠る城戸真司という男の、馬鹿が付くほどの人の良さを知っていた。
真司は昼間、浅倉威を助けた。
放っておけば自分のモンスタ−に食われ、自滅するだけの運命だった男を救ったのだ。
敵が一人減るだけの問題ではない。浅倉は人を殺している犯罪者だ。“ 苛々する ”それだけの理由で。ライダ−も彼に二人、消されている。真司自身も、執拗に命を狙われていた筈だった。
そんな男を助けた真司に、蓮は正直腹を立てていた。
しかも、やはりと言うべきか、部屋に帰ってきた真司は何時も通りけろりとしていて、既に他の事に気を取られていた。
そんな彼に、無性に腹が立った。
夕食を終え、風呂から戻った真司の腕を取って引き寄せると、彼は少し困った表情を浮かべたが、大人しく蓮の横に滑り込んできた。
何時もより執拗に追い詰め、彼が意識を失うまで何度も責め立てた。
薄っすらと涙まで浮かべる真司の薄茶色の瞳を覗き込みながら、蓮は自分の苛立ちの正体を知った。それは、狂おしいまでの独占欲だった。
同情や憐れみのつもりで自分と寝ているのかと思うと、堪らない気持ちにさせられる。
それを責める資格は自分にはないと解っていながら。
蓮は長い息を吐き出しながら身体を起こした。
衣服を纏い顔でも洗おうと、洗面所に向かう。
冷たい水で眠気を追い払い顔を上げた蓮の頭を、何者かが後ろから両手で挟み込んだ。
驚いて目の前の鏡を見つめると、自分の後ろに映っているのは真司だった。
「 ・・・ 起こしたか? 」
振り向こうとしたが、強い手の力に阻まれ叶わなかった。
「 ・・・ 離せ 」
鏡に映る真司に向かって蓮は低く命令した。
彼は、何も言わない。
その様子が何時もと違う事に気が付いて、蓮は眉を顰めた。
「 城戸? 」
黙っていれば真司は、端正な顔立ちをしている。
「 冗談だよ 」そう言って何時もの笑顔を見せる事を想像した。
振り返って一発殴ってやろうかと拳に力を込めた瞬間、鏡の中の彼は口元に浅く笑みを浮かべた。その冷たい視線に、蓮は背中がひやりと冷たくなるのを感じた。
「 ・・・ 城戸?」
「 どうして、俺を抱くんだ? 」
ようやく口を開いた彼の言葉に、蓮は身体を固くした。
普段決して見せることのない眼差し。
妖しいまでの雰囲気を纏う彼に、瞬間目眩すら感じる。
「 お前、城戸か? 」
ふと、鏡に映る彼が別人のような気がした。振り向けば、そこにあるのは気の抜ける笑顔で・・・。
だが、蓮の身体は凍り付いたように動かなかった。
酷薄ささえ感じられる彼の瞳から目が離せなかった。
「 どうして抱くのか。それを知りたがっている」
まるで他人の事のように、蓮に訊ねる。
「 ・・・ 言わないと、解からないのか? 」
蓮は彼に言うべき言葉を探していた。
彼も何も考えず、何も感じずに腕の中にいた訳ではない筈だと。知っていながら目を背け続けていた。
「 別にいいよ、解からなくても。・・・ 俺は。」
ふっと目を細めて笑う彼に安堵を覚え、同時にその口から出た言葉の意味を考えた。
「 お前は?・・・ じゃあ、知りたがっているのは誰だと言うつもりだ?」
鏡の向こうで、真司は上目遣いに蓮を見つめた。
その、薄い唇がゆっくりと動く。
「 “俺”だよ 」
目を見開く蓮の耳元に囁かれる声。
「 俺を壊すのは、お前だ 」
蓮が勢い良く振り返るのと、真司の身体が崩れ落ちるのはほぼ同時だった。
「 城戸・・・ ! 」
慌てて彼の身体を支え、床に落ちるのを防いだ。
呆然とその顔を覗き込むと、何事もなかったかのように眠り込んでいる。
「 ・・・ まさか、寝惚けたのか・・・ ? 」
蓮は拍子抜けしたように身体中の力が抜けていくのを感じた。
このまま放り出してしまおうか・・・。そう思ったが、ふと先刻の真司の瞳を思い出す。
様子がおかしかったとはいえ、先程の言葉は普段隠している心の奥底にあったものだろう、と思う。
もう、終わりにしなくてはならない・・・。
言い聞かせるように蓮は心の中で呟いた。






不意に、目が覚めた。
きちんとパジャマを着込む自分に気が付き、眠る前に蓮が手を引き寄せたのは夢だったのか、そう思った。隣の様子を伺うと、二人の間に引かれているカ−テンは開いていて、蓮が片肘をついてこちらを見ている。
「 びっくりした・・・ 。起きてたのかよ・・・」
真司はかろうじて口元に笑みを浮かべたが、暗闇の向こうでこちらを見据える蓮に息を呑んだ。その唇が微かに動くのが見え、彼の低い声が耳に響く。
「 悪かったな・・・ 」
一瞬何を言われたのか理解出来なかった。
「 どうして、謝るんだ・・・? 」
思わず彼に問い掛け、そして気が付いた。夢ではなかったと。
彼の動きに翻弄され、自分のものとは思えない嬌声を上げて意識を失った。
生々しい記憶が一気に蘇り、真司は顔が熱くなるのを感じた。
暗闇で良かったと思い、それからふと、蓮がその事実をわざわざ教えるように口に出した事を不信に思った。
蓮は何時も決して、この関係を揶揄する言葉を口にしない。
「 何かあったのか? 」
「 何もない 」
直ぐに否定する彼は、やはり何時もと様子が違う。
「 言えよ。言わないと、何も分からないだろ?」
少し考えるように間を置き、蓮は口を開いた。
「 どうして・・・、 お前は ・・・ 」
彼は言いかけて再び口を閉ざしたが、真司はその内容に内心どきりとした。
どうして・・・。その続きは恐らく、自分が彼に抱かれるその理由だろう。
理由など、自分でも解からない。
何が彼の救いになるのか。答えの出ない迷いの中、求められるままに身体を開いた。
それだけだった。
小川恵里の存在を知った瞬間から、迷いが生じた。今まで信じていたものが何だったのか解からなくなった。
敢えて蓮が今それを口にしたという事は、彼は止めようとしているのだ。
不毛な、彼女に対する裏切り以外のなにものでもない、この関係を続ける事を。
「 解かった。いいよ、やめよ 」
あっさりと、大した事ではないように。そう努めるのが蓮の為だと思った。
直ぐに自分を追い込んでしまう蓮の重荷になるのは避けたかった。
そんなつもりで彼に抱かれたのではない。
「 それでいいのか? 」
案の定、彼は気遣う素振りを見せる。蓮らしくなくて嫌だった。
「 いいんだって 」
笑ったつもりだったが、自分では上手くその表情を作れていたか分からない。
「 ・・・ お前は、馬鹿だな・・・ 」
その言葉に腹も立たなかった。
「 何時からだ?お前が本心を隠すようになったのは・・・ 」
真司はえ?と首を傾げた。
「 俺が? 」
「 自覚がないのか 」
「 ・・・ 俺だって、考えんだよ。色々 」
そのまま真司は蓮に背中を向けた。
「 ・・・ そうらしいな 」
蓮の呟きを背に、真司は自分の中で何かが壊れる音を聞いた。





自覚もないままに、大事な何かを心の奥に作ってしまった。
自らを最強なものに作り替える何かを・・・。



(終)







いや〜、作る作る。妄想で好き勝手に。
読者様、女将、香月様、怒らない…よね?

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