海之くんと花鶏の事情
成り行きで花鶏に泊る事となった。
俺が秋山の後を追い回していたのは決して、タダ飯にありつこうとか、今晩の宿を確保しようとか思った訳ではない事を理解してもらいたい。
幸運だった、などと影でこっそり笑ったりも、断じてしていない。
だが、結局こうして上手い食事に有り付き、城戸のベッドまで拝借できたのはやはり、幸運だったのだろう。
流離いの占い師、というものも楽ではないのだ。
愛想の良い、この店の女主人、可愛い店員達。・・・
無愛想なのも一人居るが。
血の繋がりはなくとも温かい食卓を囲める、という事に感動を覚えた。
良い所だな・・・。俺は誰にも聞こえないように呟いた。
その夜、寝慣れないベッドで俺が眠りに就いたのはかなり遅い時間だったと思う。
ようやく訪れた眠気に逆らうことなく、俺は瞼を閉じた。
そんな時だった。突然身体の上にどすん、と衝撃を受けたのは。
驚いて俺の上に落ちてきた物を見ると、それは城戸だった。
トイレにでも起きたのだろうか。寝惚けて何時ものベッドに潜り込んだらしい。
城戸は俺にベッドを譲って、自分は床に寝袋を敷いて寝ていたのだ。
秋山はそれに対してとても不機嫌そうな表情を見せたが、自分の寝床を譲る気は毛頭ないらしく、「
勝手にしろ 」と言って早々に寝てしまった。
俺の身体の上ですっかり眠り込んでいる城戸を見下ろし、起こそうか迷った。
しかし、客の分際でそれは出来なかった。
俺は繊細なのだ。
城戸の身体をずらして自分の上から除けると、狭い隙間に横になる。
これでは眠る所ではない。やはり、幸運だと思ったのは間違いだったらしい。
・・・ しばらくして彼の鼾が耳元で鳴り始めた時には、本当に己の身の不運を嘆いた。
耐え切れなくなった俺が恐る恐る城戸の鼻をつまむと、その音はぴたりと止んだ。
ほっとしたその時、俺は城戸の顔に思わず見入ってしまった。
・・・ なるほど、男にしてはやたらと綺麗な造形をしている。
その髪同様薄茶色の睫毛は長く、頬に影を落としている。薄い唇に整った鼻筋。
――― あ、にきびの跡。
つん、と頬をつついたが、起きる気配は全くない。
そしてふと、秋山の不機嫌の理由を理解出来た気がした。
この容貌にあの性格。
秋山でなくても心配になるだろう。
そう思うと同時に悪戯心が湧き上がる。
捲くれ上がったシャツから覗く腹部に手を沿わせてみた。
――― これは・・・ 。
思いがけなく滑らかなその肌の感触に、俺は戸惑った。
城戸は肌の色も白い。細さで言えば秋山の方が細いかもしれないが、筋肉質な彼とは違い、何と言うか、触り心地が良かった。いや、秋山に触った事などないが。
手を徐々に上にずらし、胸元に辿り着いた時、城戸が声を発した。
「 ・・・ 蓮、くすぐったいって ・・・ 」
――――― 驚いた。
城戸は直ぐにまた寝息を立て始めたが、俺はその一言に少々驚愕を覚えた。
既に二人はそういう関係だったのか・・・。
納得したような、信じられないような、複雑な心境だ。
これは流石に俺も占ってはいなかった。
明日、二股をかける秋山の本命でも占ってみよう。
密かに心に決め、俺は再び城戸の身体を弄りはじめた。
胸の飾りは薄い桜色、とでも表現すればいいのだろうか。
成人男子がこんな色をしていていいと思っているのか。
くりくりと指で弄ると、城戸はう〜ん、と声を上げる。実に、艶のある声だと思う。
・・・ 慣らされているんだろうな ・・・ 。
感心しつつ、見ているだけでは足りなくなった俺はつい、その突起に口付けてしまった。
ぴくり、と震える彼の身体とその半身。
その反応に嬉しくなる。
しかし、いくらなんでもその辺で止めておけば良かったのだ。
俺はズボンに隠された城戸の秘部に興味が涌いてしまった。
この分だとそこも桜色に違いない。
よし、と一人頷いて俺は手を動かそうとした。
その時だった。
上からの視線に気が付いたのは。
恐る恐る顔を上げるとやはり、それは秋山だった。
カ−テンの隙間から目だけが覗いている。ぞくりとさせる、中々恐ろしい光景だ。
「 ・・・ 何がよし、なんだ? 」
秋山は今までに聞いた事もないような冷たい声を発した。
言い訳をしようかとしばし考えるが、ここは男らしく正直に言うべきだと俺は判断した。
「 少し、雄一をを思い出してしまってな・・・
」
「 ゆ−、いち。」
平仮名で繰り返す彼の声が更に低くなる。
・・・ 言うべきではなかったようだ。
「 秋山をも虜にする城戸の魅力について興味が涌いた
」
これも、どうやら余計な事だったらしい。
秋山の目が怖い。
男らしさになど拘らず素直に言い訳しとけば良かったのだが、今更それに気付いても後の祭り、というやつだろう。
「 いきなり此処へ潜り込んで、襲って下さいと言わんばかりに眠りこけたのは、城戸だ
」
「 ・・・ だろうな 」
秋山は呆れた目で城戸を見下ろすと突然、彼をどん、と蹴った。
その反動で城戸はどすん、とすごい音を立ててベッドから転がり落ちたが、尚も眠り続ける。俺は感心した。
やはり、秋山の相手はこれくらい無神経で鈍感な方が上手く行くのかもしれない。
しかし ・・・ 。
「 仮にも恋人にその仕打ちはないんじゃないか?
」
「 ・・・ 何だと? 」
「 さっきお前の名を呼んだ 」
「 ・・・・ 手塚お前、こいつに何をした? 」
俺はまたもや失言を繰り返したのだ。
「 唇には触らなかったし、挿入もしていない
」
・・・ ドツボにはまる己を感じた。
「 それ以前はした、と言う事か? 」
「 心配するな。単なる興味だ 」
――― ああ、秋山が拳を固めている。
俺はそれを甘んじて受けようと覚悟を決めたつもりだった。
が、条件反射で避けてしまった。
鬼のような形相、とはこれの事だろうか。いや、鬼より悪魔の方が近いかもしれない。
―――― これは、殺される。
そう思った時、城戸が目を覚ました。
「 ・・・ ナニやってんの? 」
目を擦りながら言う城戸が、俺には救いの神に見えた。
「 ・・・ 蓮、手塚を襲ってんの? 」
俺は壁にぴたりと背をつけて、秋山はそれに対峙するように片膝をベッドの上に乗せている。・・・
そう見えなくもないかもしれない。
「 どうして俺がこいつを襲うんだ? 」
秋山の頬がひくり、と引き攣る。
「 だって蓮、男平気だし ・・・ 」
「 ・・・ 城戸 ・・・ 」
・・・ どうやら秋山の怒りが俺から逸れたらしい。
俺はほっと息を吐き出した。
「 こいつはお前ほど女顔でも色白でも非力でも馬鹿でも間抜けでもない!
」
この際、何と言われてもいいだろう。けなされている気もしないし。
「 何だよそれ! 」
「 黙れ、鈍感 」
痴話喧嘩、というやつだ。
秋山は、男が好きな訳ではないと、城戸だから抱けるんだと言っているんだから、察してやれ、城戸。
そしてお前ももう少し素直にものを言ってやれ、秋山。
俺は一人、したり顔で頷いている所を秋山に殴られた。
仕返しは決して忘れない男だ。よく記憶しておく事にしよう。
「 何すんだよ!?手塚が可哀相だろ!?大体乱暴なんだよ、お前は!
」
「 何を言っている!?お前、こいつが何をしたか解ってないだろ!?
」
・・・ ああ、またもや火の粉がこちらに ・・・ 。
城戸はきょとんとして、
「 何って・・・、何? 」
それ以上突っ込まないでくれ、城戸。過ちは誰にでもあるものだ。
その時、ばんっっと扉が開いて神崎優衣があらわれた。
「 うるさいよ!二人とも!!何時だと思ってんのっ!?
」
その声に二人とも一瞬にして固まる。
本当の救いの神は彼女だったのだ。
その顔は先程の秋山よりも恐ろしいものだったけれど・・・
。
何はともあれ、彼女のお陰で一応この騒動は治まりを見せたのだった。
次の日の朝、にっこりと微笑み、おはようと言う神崎優衣が本物の天使に俺には見えた。
しかし、彼女の次の言葉に硬直した。
「 手塚くん、あの二人の邪魔しちゃ駄目だよ。今夜は遠慮してやってね
」
「 ・・・ 邪魔? 」
「 うん。まあ、それはそれで私達もうるさくて眠れないんだけどね
」
「 ・・・・・ 」
・・・・ まあ、一つ屋根の下にいるのだから仕方のない事なのだろうが・・・
。
そんなにもあの二人は激しいのか ・・・ 。
俺はそれぞれ家庭の事情、というものがあるのだと妙に納得させられた。
それにしても、本当の天使というものは存在しないのかもしれない。
雄一、許してくれ。
浮気心を起こした俺がばかだった。
本当の天使は雄一、お前だ ―――― ・・・ 。
俺は天を仰いだ。
その日一日、秋山の“ 死ね、殺す ”光線が痛かった。
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・・・ ごめんちゃい。(こめんと)
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