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真司は花鶏へ辿りつくなり驚く沙奈子を気にもしないで、部屋へと駆け上がった。
ドアを勢いよく開けると、蓮が振り向く。
「 どうした? 」
余程切羽詰った顔をしていたのだろうか。蓮は心配そうに眉を寄せた。
そんな蓮の表情を見ていると堪らなくなって、真司は蓮にしがみついた。
以前は見上げるほどの身長差が嫌だったが、今は少し心地好い。
「 おい、城戸――― 」
開きかけた蓮の唇に自分のそれを重ねた。
それは、初めてのキスだった。
蓮が驚いているのが分る。
真司は少し触れただけの唇を自分から離すと、蓮の瞳を見つめた。
「 俺、こうしたかった。俺達男同士だけど、全然気にならないって言うか、俺は嫌じゃないって言うか・・・ 」
そこまで言って、真司ははっと気がついたように付け足した。
「 でもお前が嫌だったらごめん!しちゃってからじゃ遅いけど、ごめん! 」
無言で真司の言葉を聞いていた蓮は、まだ戸惑っているようだった。
「 ・・・どうしたんだ、急に 」
「 いや、実は急じゃないんだけど。でもお前にとっては急だよな、ごめん 」
何から伝えればいいのか分らなかったが、真司はぽつりぽつりと話し出した。
「 俺、今になって初めて皆の気持ちが分るんだ。もし、お前が消えるかもしれないとしたら、それを止める術が戦いしかなかったら、・・・・俺、きっと戦う。きっと、誰を犠牲にしても戦いを止めない 」
「 城戸・・・ 」
「 こんな風に誰かを求めるなんて汚いかもしれないけど、でもこれが“望み”ってやつなのかもしれない。―――― すごい、すごい汚いんだ。以前のお前を思い出すだけで気持ち悪くなるくらい。前の、恵里さんの為に戦ってたお前がこんな気持ちでいたのかって思うと、すごく、苦しい・・・ 」
これが嫉妬なのだと思った。彼女が今突然現れたらおそらく自分は気が狂う。
蓮は真司の肩を掴むと、そっと引き寄せた。
「 ・・・城戸、それは違う。俺の戦う理由はそんなものじゃなかった。・・・心配するな、お前は汚くなんかない 」
「 蓮? 」
「 昨日、俺は・・・恵理に会った 」
真司は目を見開いた。すぐには声が出ないほどショックを受けていた。
「 すれ違っただけだが、あいつは俺に気がつかなかった 」
真司は蓮の背中に回した手で、彼のシャツをぎゅっと握り締めた。
「 俺はその事に心から安心した 」
「 ・・・・・ 」
「 その程度だ、俺の戦う理由は 」
では・・・、真司は言葉を飲み込んだ。何故蓮はあれほど頑なに戦いを望んだのだろう・・・。
「 正直、お前が記憶を取り戻した事が良かったのか俺には分らない 」
「 ・・・俺がお前を忘れたままでも良かった、・・・ってことか・・・? 」
蓮は真司から身体を離した。
「 お前が他の奴と一緒にいることを望むなら・・・、俺は止めない 」
「 蓮? 」
不安が真司を襲う。
そんな真司を見つめながら蓮は続けた。
「 俺は追わない。記憶に捕われないで、お前はお前の好きなように生きろ 」
「 ―――― 蓮! 」
真司は叫んだ。
気持ちを確かめ合えたと思ったのは違ったのだろうか?蓮も自分を求めていると、そう確信したのは違っていたのだろうか?
彼は自分が傍にいなくても平気なのか?
「 何度も言ってるだろ!?俺はお前の傍にいたい!今の俺にはそれ以外の願いなんてない! 」
一気に叫んで、そしてはっとした。
「 ・・・ もしかして・・・、恵理さんに会ったからなのか? 」
「 城戸・・・ 」
「 急にそんなこと言い出したのは、恵理さんに会ったから・・・? 」
「 違う、城戸・・・ 」
伸ばされた蓮の手を真司は力一杯跳ね除けた。
「 じゃあ、何だよ!俺に分るように言えよ! 」
どろどろとした感情が湧き上がり、押さえが利かなかった。初めて、蓮を憎いとさえ思った。
そんな真司の肩を蓮は強く掴む。
「 ――― ツっ 」
その力の強さに真司は顔を歪めた。
蓮はそれにさえ気付かない様子で、真司に問い掛けた。
「 後悔しないのか? ―――・・・お前は、これからも・・・ 」
漆黒の瞳が切なげに揺れる。
真司ははっとした。
その瞳を見た一瞬で心変わりなどある筈がない事を悟る。彼は不安なのだ。
「 ―――― いや・・・、人間は後悔するものだ。気持ちも何時か変わるものだという事も、・・・俺は知っている 」
真っ直ぐ真司に向けられていた視線がゆっくりと逸らされた。
「 俺にはお前を縛り付けることはできないし、追うこともできない 」
――― だが・・・。
声に出さない蓮の呟きを真司は聞いた。
「 ・・・だけど・・・、何だよ・・・? 」
その問いかけに答えず蓮は真司に背を向け、無言のまま静かに部屋を出て行った。
―――― きっと、求める分だけ彼は応えてくれる。
真司が傍にいたいと言えばずっとそうしていてくれる。
だが、彼が真司を求めることはない。
それは深い愛に似ていて、偽りの感情でもあるようだ。
夕闇が迫り暗く影を作り始めた部屋の中、真司はいつまでも動けないでいた。
夕食の味もわからなかった。
沙奈子に不信感を抱かせないように笑ったが、上手くその表情を作れているか分らない。
蓮の傷の深さを知った。
そのあまりの深さに、真司も傷ついた。蓮は真司のことも信用できないのだ。
失うことを恐れて、ただ守るためだけに生きている。
真司と、そして自分を・・・。
機械的に食事を口に運び、美味しいと笑顔を作る。
そんな真司を見つめる蓮の視線には全く気がつかなかった。
真司は冷たいシャワ−を頭から浴びた。
身体を打ち付ける飛沫が更に真司を打ちのめす。
――― 蓮の傷みを少しでも理解できたらいいのに・・・。
だが、そうしていても何も変わらないということを自身に知らしめるだけだった。
冷えた身体にタオルを巻きつけ、真司はとぼとぼと廊下を歩いた。
今夜は蓮の傍にいたくない気分だった。余計に彼が遠い存在に思えてしまう。
部屋の扉をそっと開けると、目の前に蓮がいた。
「 !? 」
驚いて後退った真司の身体を蓮の熱い腕が強引に引き寄せる。
「 ――― 何・・・! 」
真司は目を見開き、その腕の中で身を捩った。
蓮は腕の力を緩めず、真司の耳元で苦しげに吐き出した。
「 そんな表情をさせたいんじゃない。・・・苦しめたい訳じゃ、ない 」
真司は息を呑んだ。
「 ・・・解ってる・・・ 」
真司を自由にすること。何にも縛られず真司が生きて、笑うこと。
それが彼の望み。
彼が近くで同じように笑ってくれればとても容易いことなのに、それだけを彼は理解しようとしない。
彼の傷が癒えるまで待とう。
真司はそう思った。
「 ・・・何度でも、ずっとずっと言い続けてやるよ 」
瞳を閉じて、真司は彼をしっかりと抱きしめ返した。
「 好きだよ、蓮。・・・愛してる 」
「 ・・・・・ 」
「 気持ちは変わるものかもしれないけど先のこと考えてたら動けないし、俺今なら後悔しないって言いきれるけど、蓮の方が変わる事だって有り得るだろ? 」
小さく笑って蓮の顔を覗こうとしたが、真司を抱きしめる彼の力が強くて出来ない。
「 蓮? 」
「 ・・・ ライダ−だった時、俺がお前を抱きたいと思ったのは一度や二度じゃない 」
ぽつりと彼が漏らした告白に、真司は目を見張った。
「 ―――― え・・・? 」
「 夢の中で、頭の中で、何度もお前を犯した 」
「 ・・・・ 」
それは、真司の全く知らない事だった。
以前、自分がこれほど蓮を好きだったということも死の寸前まで解らなかった。
まして彼が自分をそんな風に見ていただなんて、この世界でも解らなかった。
「 前はお前を抱いたら戦えないと思った。今も、抱いたらお前を守れない。独占欲と嫉妬とで、きっと身動きも出来ないほど縛り付けるだろう 」
真司は息を呑み込んだ。
「 いいよ・・・ 」
囁くように、そっと。
「 それが望みだって言ったら俺、変かな・・・ 」
返事はなかった。
代わりに彼がくれたのは息も出来ないほどの口付けだった。
熱い。
ただ熱い、抱擁、口付け、漏れる互いの息、蓮の眼差し。
眩暈を覚える。
この世界と真司を守るために彼が被った、厚い殻の下から覗く彼の本心、欲望。それは真司が強く望む彼だった。
切羽詰った欲情を乗せた蓮の瞳。それだけでイきそうだ。冷たいシャワ−で冷えた身体があっという間に熱くなる。欲しいのはこの熱だった。
唇を合わせたまま互いを遮るものを全て脱ぎ捨てる。
早く、一刻も早く蓮が欲しい。傷みも、行為に対する恐怖さえもこの欲求の前には小さなものだった。快楽は目的ではなかった。
繋がる瞬間呻きを上げたのだろうか、蓮は労わるように動きを止めた。
真司はそんな彼を引き寄せ、大丈夫だと頷く。
笑顔を作るのは止めた。ただ、より彼を感じるために瞼を閉じた。
「 ―――― 熱い・・・ 」
蓮が深く自分の中に侵入ってくる。
「 熱いな・・・ 」
蓮はこの熱さが怖いと言った。
この熱が冷めた時おそらく生きてはいられないと言う。
「 ・・・俺も・・・ 」
どんな言葉も約束も意味を成さないことを知っている。蓮の言う通り人の気持ちは変わる。後悔もする。身体を繋げることでそれがどうにかなるものではないとも思う。意味はないのかもしれない。未来を更に辛いものに変える行いかもしれない。
「 ・・・でも、蓮が好きなんだ 」
「 ・・・お前を、愛している・・・ 」
生きていた。
これからも生きていく。
自分も、蓮も、過去に死んだ人達も。ライダ−の戦いに関係のない人達も。
「 ・・・この世界は夢じゃないんだろうか? 」
ぽつりと、蓮が言った。皆が幸せだなんてうそ臭いと彼は笑った。
「 ・・・夢じゃないよ 」
ライダ−の戦いはなくなったけど、争いがなくなったわけではない。不幸がなくなったわけでもない。
「 俺さ、今のこの自分は頑張って作り上げた自分だって思えるから。ようやく何かを変えられたんだって、胸を張って言えるから 」
神崎と優衣ちゃんのお陰でもあるけど、でもそれだけじゃない。皆自分の力で生きてきた。そしてそんな自分達を記憶ではない心のどこかで覚えている。今も未来を決めるのは結局自分達なのだ。
「 これが夢だって言うんだったら・・・ 」
それはきっと、
覚めることのない ――――――――
end
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そんなワケでハッピ−エンド(?)しかしエンドではありません。生きているウチはエンドなどないんです。…という内容になってしまいました…(おい)ガンバレ、新婚さん。
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