覚めない夢 〜番外〜


手塚海之はふと手を止めた。
夕刻が迫り人もまばらになりだした時間、路上で占いを生業としている彼は片づけを始めたところだった。
普段はコインなどを使って占うが、何もなくても未来がみえてしまう人間に彼はここ一年で数人目にしていた。正確にはみえるのとは違う。確実なものは何一つ解らないのに、彼らが進む一本の道が見えた。その先はなく、ただ白い道が果てしなくみえる。
理由は解らない。
今手塚が手を止めたのは目の前を横切った女が纏う影に気がついたからだった。
彼女の先には暗い闇しか見えなかった。
「 おい 」
手塚はその女の背中に声を掛けた。
彼女がゆっくりと振り向く。その顔に見覚えはなかったし彼女の表情にも暗い影は見当たらなかった。
「 何?占ってくれるの? 」
彼女はにこりと微笑みながら手塚に近付いた。
「 いや・・・、お前は何かに絶望しているとか、不安や悩みがあるか? 」
「 悩みのない人間なんていないでしょう? 」
彼女はまた微笑んだ。
「 ・・・何か興味を引くものが見えたのかしら? 」
「 闇が。・・・見える 」
手塚が言った瞬間、彼女の頬が微かに引き攣った。
「 あなたもライダ−だったわね・・・ 」
「 何? 」
「 私に記憶があるのは私があの世界の力で生きている人間だからなの。最後のライダ−を見取った人間だからかもしれないけど 」
眉を顰めた手塚に目もくれず彼女は淡々と話し出した。
「 ・・・何の話だ? 」
「 夢の話よ。私は夢の中でずっと夢を見ているの 」
ライダ−?
手塚は口の中で呟いた。彼女が何を言っているか解らないが、手塚自身腑に落ちないことが多すぎた。何かを忘れてしまったような気さえする。そして彼女のその言葉には何故か聞き覚えがあった。
彼女の話に耳を傾けたのはそんな気持ちからだった。
「 好きな人がいたの。彼も私を愛してくれていて、ある事故で意識不明になった私を助ける為に彼は戦うの。戦いに勝てば願いは叶うって言われて。ぼろぼろになって戦う彼を見るのは辛かった。助けたかったし、抱きしめて“もういいよ”って言ってあげたかったけど、私は寝ているだけで何もできなかった。・・・でも、一番辛かったのは心変わりする彼を見ること・・・。彼は私が与える筈だった安らぎを他の人からもらい、何時の間にか戦う事を義務としてしまった 」
そこで初めて彼女は瞳を伏せた。
淡々と語るその口調に他人事のような響きがあったせいで、手塚は彼女の作り話だと思いかけていたが、その様子を見て思い直した。
「 欲しくはなかったわ、こんな命。目覚めた時初めに見たのが彼の死に顔なんて笑い話にもならない。・・・すぐに彼の傍に行こうと思ったけど・・・たくさんの命の上に叶えられたこの願いは、私の命は消えなかった。 」
「 ―――それで? 」
「 ・・・それから、時間が巻きもっどたの。そんな戦いのない世界に戻ったのよ。願いは自分の力で叶える、というごく普通の世界にね。そして戦いに敗れたライダ−達は生き返り、以前の記憶も共に失った 」
「 ・・・俺がそのライダ−の一人だと? 」
手塚は眉を寄せた。今の自分には他人を犠牲にしてまで叶えたい願いなどない。何故自分がそんな戦いの中にいたのか、想像することもできなかった。
「 変な話でしょう?信じなくていいのよ 」
信じないのは簡単だった。ただの頭のおかしい女の戯言だと、そう言いきれないのは彼女の背負う闇の深さのせいだろう。
「 ・・・お前を裏切ったその男はどうした?生まれ変わっていたのか? 」
彼女は頷いた。
「 ついさっきね、すれ違ったの。・・・彼は私を見て驚いていた。思い出してはいないでしょうけど、記憶の片隅にでも私がいたのならそれでいい 」
「 随分人が好いな。もう一度やり直せるかもしれないだろう? 」
「 貴方は、大切な人を一度でも失ったことがある?もう一度彼の重荷になるくらいなら出会わないままでいい。彼が生きていればそれでいいと思う、そんな気持ち解るかしら?
・・・実際私もこうなってからじゃないと思えなかったでしょうけど。記憶がある分、彼を愛しているのと同じくらい憎いとも思うのも確かなの。逢わない方がいい 」
「 ・・・そういうものか? 」
彼女はまたこくりと頷いた。
「 私の最後の仕事は彼に気付かないふりをする事。それももう終わったわ 」
「 ・・・そうか 」
「 夢の話よ。忘れてね 」
そう言って笑う彼女には寂しさのかけらもない。
彼女の表情からも言葉からも、その真意は探れなかった。ただその闇だけが全てを語っているかのようだ。
「 お前は忘れた方がいい。・・・代わりに俺が今の話を覚えていてやる 」
「 ・・・ありがとう 」
彼女は軽く頭を下げるとくるりと背を向けた。
手塚はしばらく彼女の背を見つめた後、再び片付ける為に手を動かし始めた。

――― 貴方は大切な人を失ったことがある? ―――

ふと先程の彼女の言葉が頭を過り、手塚はその手を止めた。
「 ・・・雄一・・・? 」
何故か現在一緒に暮らしている友人の顔が浮かんだ。
「 いや・・・、まさかな・・・ 」
呟いて、手塚は彼女が向かった道を振り向いた。
其処には既に落ちた日が紅い名残を残している。
“ 彼女は闇に消えたのだ ”と、何故か手塚はそう思った。






end

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う〜ん。クライ。いえ、前からこの話しは頭にはあったんですが・・・。
え?こいつのその後なんてど-でもいい?
同感です。

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