fragrance of jealousy T



城戸は三日前から俺と口を利かない。
・・・ 何か怒っているらしい。
花鶏で優衣や沙奈子さんと一緒に居る時は何時も通り振る舞うが、二人になった途端、むすっと黙り込む。
二つの態度を使い分けるなどという器用な真似を城戸ができるという事に少々驚き、鳥頭のくせに三日もしつこくその態度をとり続けているという事実に感心すら覚えた。
・・・ しかし、そろそろこの重苦しい空気にも我慢の限界だった。
「 ―――― おい、城戸 」
俺の呼びかけに城戸はあからさまにびくっと肩を震わせた。
彼が自分と口を利きたくないのだと悟った三日前から、俺も無視を続けていた。
その俺の方から声をかけた事に余程驚いたらしい、城戸は肩越しに振り返ると険しい視線を寄越した。
「 いい加減にしろ。いつまでその態度を続けるつもりだ?」
反対に責める視線を投げつけてやると、城戸はふいと顔を逸らした。
全く、可愛くない。
偶に拗ねたりもするが、ここまでこいつが怒るというのは始めてかもしれなかった。
俺に心当たりは、ない。
「 言いたい事があるなら言えと、何時もお前が言う科白を返そうか? 」
からかう様に言ってみたが、振り返る事もしない。
俺は苛々と腕を組み、唇を噛んだ。
頭を下げるつもりは毛頭ない。
しかし・・・ 。―――― しかし、限界だった。
もう三日も城戸に触れていない。指の一本すら。
そっと城戸の背後に近寄ると、後ろからがしっと羽交い締めにしてやった。
「 ――― っ! 」
城戸は慌てて身を捩り逃れようとしたが、俺は腕に力を込めてそれを許さない。
少々卑怯ではあるが、なし崩しに怒りを静めてやろうと思った。
耳にねっとりと舌を這わせると、城戸の身体がびくっと揺れる。
顎に手を掛けて振り向かせながら唇を重ねる。
その時、城戸は俺を引き剥がした。
俺は不意をつかれて不覚にもよろけてしまった。
力任せに押された胸が痛む。
「 ―――― ・・・ おい 」
咳き込むのを堪え、城戸を睨み付けた。
負けずに俺を睨み返す彼は、漸く口を開いた。
「 ずるいんだよ!お前のそういう所が嫌いだ!」
・・・ 嫌いだと?
久し振りに二人きりで聞く言葉がそれか。
ぶちっと音がした。
俺は腕を伸ばして乱暴に城戸の肩を掴んだ。
「 ・・・っ!痛い!止めろよ! 」
その手も振り解かれる。
ここまで本気で抵抗されると、所詮は男同士、力ずくでどうなるものでもなかった。
「 俺が何をした!?」
思わず、火に油を注ぐようで今まで言えずにいた言葉を吐いた。
冷静な自分などとうの昔に吹き飛んでいる。
「 ・・・・・ 」
城戸は僅かに視線を逸らすと、考え込むように口をつぐんだ。
どうやら俺が原因に心当たりがない事を怒っている訳ではないようだ。
「 ・・・ ゆきこって、誰だよ? 」
「 ・・・・・・・・・・ は? 」
城戸の口から出た名前に俺は間抜けな声を上げてしまった。
「 お前が俺と・・・、その・・・、の後に、寝言で呼んだんだよ 」
「 ・・・・ 俺が ・・・・ ? 」
寝ている間の事など覚えている筈がない。
「 俺の・・・ 、じゃなくて、恵里さんの名前だったら俺だってここまで怒ったりはしないけど・・・。・・・ 誰だよ?お前、そんなに見境ないのか? 」
・・・ 人をさかりのついた猫のように・・・ 。
・・・ 否定はしないが・・・ 。
俺は小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
「 ―――― 要するに、嫉妬か 」
「 ! 違う! 」
すぐさま城戸は否定の声を上げた。
「 俺はただ、恵里さんが可哀相だと思って・・・ 」
「 可哀相だと思いながら俺と寝るのか? 」
「 ―――― !! 」
城戸はかっと顔を紅潮させると俯いた。
「 昔の女の名前だと言えば納得するのか?それとも現在の? 」
「 ・・・ するわけないだろ。軽蔑する 」
城戸は傷付いた視線を向けた。
微かに潤むその瞳に、じわりと欲望が頭を擡げる。
俺はゆっくりと強張るその頬に手を伸ばし、耳元で囁いた。
「 それは・・・ 昔俺が飼っていた犬の名だ 」
「 ・・・・ え? 」
城戸は目を見開いて俺を見つめた。
「 嘘だろ?だってお前犬嫌いだろ?・・・ って言うか、犬にそんな名前つけるか?普通 」
城戸にしては鋭いツッコミだ。
しかし俺は嘘は言っていない。
「 別に犬は嫌いじゃない 」
少々怖いだけだ。・・・ とは、言わない。
名前も嘘ではなかった。名付けのセンスは両親に問うてもらいたい所だ。
毛並みの綺麗なアフガンで、生まれた時から一緒にいた。
「 ・・・ そう言えば、お前に似ていたかもしれない 」
死ぬほど可愛がっていたその犬に噛み付かれて以来苦手になったのだという事も、この際黙っておく。
俺の話しをまだ信じきれないのか、疑わしい目つきで見上げる城戸に、キスした。
おずおずと唇を開き、舌を迎え入れながら城戸は瞳を閉じた。
長いキスが終わり、そっと唇を離すと、
「 ・・・ だってお前、経験豊富そうなんだもん。キスだって上手いし、何時も俺が訳わかんなくなっちゃって、・・・ なんか悔しいし ・・・ 」
城戸は俯き、頬を染めながらぽつりぽつりと言った。
「 だからそれは・・・ 嫉妬だろ?お前は見た事もない想像の相手にまで嫉妬するんだ 」
「 だから ・・・ 違う、・・・ と、思う 」
語尾を小さくしながら更に俯く城戸の髪に唇を寄せ、その身体をゆっくりとベッドに押し付ける。
「 ・・・ まだ、怒っているのか? 」
問い掛けると城戸はゆるゆると首を横に振った。
「 俺に怒る権利はないんだよな ・・・ 。ごめん、蓮 」
城戸に怒る権利はあるし、借金帳消しに出来るだけの事にも充分耐えていると思うのだが、それも今は言わないでおこう。
とりあえず、三日振りのその温もりに浸ろうと、俺はその身体に手を這わせて行った ―――――― 。



思いがけない城戸の反抗に、正直戸惑った。
「 ・・・ お前は、噛み付くなよ 」
俺は腕の中で背中を丸めて眠る城戸の耳元にそっと、囁いた。











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ははは。蓮おやじ化現象勃発中。
・・・ コメントのしようも・・・、ございません。
ちなみに題名で笑って下さる方はいらしゃるでしょうか・・・?