その果てを知らず
――――― 恵里さんが、目を覚ました。
・・・ 蓮は、俺の顔を見ようとしない。
・・・ 最初から解っていた事だろう?
後悔なんて、勝手すぎるんじゃないか?
バイクに乗った蓮の遠ざかる後ろ姿に真司は問い掛けた。
「 蓮 ・・・・ 」
その日はもう、帰らないと思っていた。
時間ばかりが悪戯に過ぎる深夜、真司は眠りに就く事も出来ずに何度も寝返りをうっていた。静まり返った住宅街にバイクの音が響いたのはそんな時だった。
真司はゆっくりと身体を起こして蓮を待った。
暫らくして、部屋の扉がゆっくりと開く。
「 帰らないと思った 」
真司の声に蓮は僅かに驚いた表情を浮かべた。
まさかこんな時間に起きているとは思わなかったのだろう。
真司の顔を見たのは一瞬で、直ぐに目を逸らすと蓮は無言で自分のベッドに入りカ−テンを閉めた。
蓮の考えている事くらい解かる。
真司は小さく息を吐き出した。
何のために割り切ったふりまでして、自分は彼に抱かれ続けたのか。
矛盾に気づいていない演技をしてまでも、彼に応じたのは―――……
彼を苦しめたくない。ただそれだけの一方的な願いに過ぎなかった。
それをなかったことにする器用さを、彼は持ち合わせてはいない。…おそらくは、自分も。
例え彼女が現実にいなくなったとしても、蓮から彼女を消す事はできない。
解っていた。
解っていたからこそ、今の蓮の態度は真司に苦しみしか与えない。
真司はそっと自分のベッドを抜け出すと、静かになった隣のカ−テンを開けた。
蓮は何も言わずに真司を見上げると、身体を起こした。
「 ・・・ 悪いが、今は何も話したく・・・ 」
視線を逸らし、逃げの科白を吐く蓮の唇に自分のそれを、近付ける。
「 ・・・ よせ! 」
蓮は真司の肩を掴んで引き剥がした。
薄いシャツ越しに震えが伝わったのか、蓮は驚いたように手を放した。
「 城戸・・・ 」
「 ・・・ 何でだよ 」
このままうやむやにしてしまうには、あまりに苦しすぎた。
「 何で、目逸らすんだ?お前が、何時も通りだったら・・・。そうしたら、俺だって笑ってやる自信はあった。全部忘れて彼女にお前を返す自信だってあったのに
・・・!」
その覚悟はずっとあった。彼女の存在を知った時から。
吐き出す事で更に何かを壊す予感はあったが、止まらなかった。
引き止めない。だから、蓮には幸せになって欲しかった。
どうして蓮が自分に手を伸ばしたのか。後悔すると解っていながら。
その事すらどうでもいいと思う。
苦しむ必要はないのだと、ただ伝えたい。
だが、それ以上は言葉にならなかった。
真司は息を吐き出して、震える自分の体を抱きしめた。
蓮の表情が気になり、ゆっくりと視線を上げてみる。
目の前にある、影を宿した黒い瞳が小さく揺れる。
―――― 何に、迷うんだ?
問い掛けようとして開きかけた唇が突然、塞がれた。
蓮が真司との関係を止めようとしたあの夜から触れる事のなかった身体に、抱きしめられる。
「 ―――― 違う。・・・ 違うんだ 」
真司の肩に顔を埋めたまま呟く蓮の声は、震えていた。
初めて見るかもしれない、蓮の弱さ。
―――― ああ ・・・ 。
真司はそっと瞼を閉じた。
「 また、お前を追い詰めたんだな、俺 ・・・ 」
物分かりのいい振りなんて、結局出来ない。
自分の愚かさに笑いが込み上げる。
ゆっくりと蓮の腕から逃れると、真司はベッドから降りた。
俯く彼から、今度は自分から視線を逸らす。
真司は自分のベッドに潜り込むとカ−テンを閉めた。
―――― 暫らくしてから、彼が部屋から出ていく気配がして、再び外でバイクの音が遠ざかっていった。
泣く事すら出来なかった。
“ 違う ”と言った蓮の言葉の意味を考えたが、結局解からない。
ごろりと寝返りを打った瞬間、鏡の世界からの機械音が頭の中に響いた。
「 !? 」
真司は慌てて起き上がると、習慣のように窓ガラスを見た。
そこに、モンスタ−の姿はない。
鏡を見つめる自分がいた。
自分を見つめる自分の姿。
ふと、その姿に疑問を覚える。ガラスに映った真司は笑っていた。
―――― 俺、あんな表情するんだ?
驚いて自分の頬に手をあててみる。
そこで、その違和感は確かなものだと悟った。
こちらを見据えたまま、“ 彼 ”は微動だにしない。
その唇がゆっくりと動く。
「 泣かないのか? 」
鏡の中から聞こえた声に耳を疑った。
間違いなく、自分自身の声だった。
「 ――― 誰だ・・・ ? 」
「 だから・・・、お前だって 」
口元に笑みを浮かべ、彼は言った。
「 俺が、慰めてやろうか 」
言いながら、向こう側の世界からゆっくりと姿を現わす彼を真司は呆然と見つめた。
しかし何故か、恐怖心はない。
「 あの男に、抱いて欲しかったんだろう? 」
完全にこちら側に立つと、彼は真司の腕を掴み、そう言った。
「 ・・・ 違う ・・・ 」
「 隠しても無駄だって。俺は、お前なんだから
」
―――― その通りかもしれない。
彼は、俺なんだ ・・・ 。
真司は至近距離にある、自分と同じ色素の薄い瞳を見つめながら、そう思った。
「 目を閉じてろ 」
彼に言われるまま瞼を閉じ、冷たい唇を受け止める。
それに嫌悪はなかった。
自分から衣服を脱ぎ去り、ベッドに横になるのにすら、抵抗を感じなかった。
例え彼の存在が夢でも、自分で作り出した幻であったとしても。
癒されたいと、思った。
それほどに今の真司は心の中を埋めてくれる何かを欲していた。
しかし、彼の手が首筋から胸を弄り、下肢に伸ばされる所で真司は驚いて瞳を開けた。
彼の愛撫は蓮のそれと酷似していたのだ。
その驚きを見透かしたように、彼は真司を見下ろした。
「 ・・・ だから、目を閉じてろと言っただろ?
」
「 ・・・ やめろよ 」
真司は彼を睨んだ。
「 こんなのは違う。こんな事、俺は望んでな
――― 」
続きは彼の口付けで奪われた。
唇を割って押し入ってくる滑った感触。
強引なくせにどこか優しいその動きすら、蓮を思わせる。
片手で真司の両の瞼を覆い隠して、彼は首筋に舌を這わせていった。
次第に息を乱し始めた真司を目を細めて見る。
その瞳が大切な何かを見守るように、愛しいものを見るように柔らかいものだった事になど、真司は全く気が付かなかった。
視界を塞がれた状態でただ、我が失われて行く感覚に翻弄されていた。
「 ・・・ 蓮 ・・・・ 」
無意識にその名を口にして、はっとする。
「 いいから、呼べよ。あいつを 」
彼は特に気にした様子もなく愛撫を続ける。
小さな突起を含み、舌で転がす。紅い跡を白い肌の上に残しながら徐々に下へと降りてくる冷たい感触。
他人に抱かれている気がしない、というのも不思議な感覚だが、真司は蓮に抱かれている時よりも落ち着き、安心している自分を感じた。
瞼を覆っていた手がそっと動き、首筋から鎖骨を滑る。
不意に、高まりを見せている真司自身が生暖かい物に包まれた。
「 ふっ ・・・ 」
舌先で先端を舐められ、ぴちゃぴちゃという音が聞こえてくる。真司はどうしようもない羞恥と快感に身を揺らした。
「 あ・・・っ、 」
もっと、と強請る声が漏れたが、それを恥ずかしいなどと思う思考さえも吹き飛ぶ。
強く吸われ、頭の中が真っ白になると同時に真司は欲望を吐き出した。
彼の愛撫は終わらなかった。
濡れた唇を真司の後ろにまで這わせ、解きほぐすように周りを、そして中にまで侵入してくる。
「 も、いい・・・。もぉ・・・ 」
頭を左右に振りながら懇願する真司をなだめるように、指先は優しく敏感になった胸の飾りを弄り、形を保ったままの中心をゆるゆると扱く。
部屋に響く水音が真司を乱した。荒い息遣いと共に絶え間なく声は漏れ、早く欲しいと何度も強請った。
ようやく彼は唇を離すと、真司の身体をうつ伏せに返した。
されるがまま、真司はシ−ツに顔を伏せて彼を待った。
熱い固まりが押し当てられ、ひくり、と震える。
ゆっくりと彼が侵入してきた時、真司の口から嬌声が漏れた。
「 あっ、ああぁ・・・ 」
何度も打ち付けられ、揺さ振られる。
「 蓮・・・っ、蓮・・・ 」
ここにはいない人物の名を叫びながら、再び、真司は達した。
ほぼ同時に絶頂を迎えた彼は、汗ばんだ身体で真司をそっと抱きしめた。
「 ・・・ 俺、何やってんだろ・・・ 」
しっかりと自分を抱きしめる身体に手を回し、彼の胸に寄り掛かりながら真司はぽつりと呟いた。
鏡の世界から現われた、何所の誰かも解からない相手と。
それも、自分と同じ顔をした・・・ 。
「 ・・・ 考えるなよ。どうせ、忘れる事だ 」
「 え・・・? 」
彼の言葉に、真司は顔を上げた。
「 お前が俺の存在に気付くのはまだ早い。まだ、知らなくてもいいんだ
」
「 ―――― 何・・・ ? 」
真司は見下ろしてくる瞳がふっと細められるのを、不思議な気持ちで見た。
「 もう、眠れるだろう? 」
そう言って、彼の唇がそっと真司の瞼に触れる。
「 ・・・ でも ・・・ ――― 」
眠ってはいけない。このまま彼を忘れてしまってはいけないと、どこかで声がする。
――― もっと、考えなくちゃ。彼が、何者なのか・・・
。
しかし、その思いを裏切るように眠りの淵に落ちて行く思考。
「 ・・・ どう、し 、て・・・ 」
その呟きを残して、がくりと力を失った真司の身体を抱く手。
その手の輪郭が細かく粒子化されて行く。
真司をベッドに静かに横たえると、彼は立ち上がり、背を向けた。
「 ・・・ いつか一つになる時まで、お前は俺が守る
」
ガラスに吸い込まれる瞬間、彼は名残惜しそうに眠る真司に視線を向けた。
--------- 蓮は、戻らない。
深い闇の中で真司は涙を零した。
目が覚めても変わらないその事実。
苦しみの果てにあるもの。
それは、今はまだ何も見えなかった ---------
。
終
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ああ、びっくりした・・・。途中でハオ×葉書いてるかと思っちゃった・・・。(マンキン)
それにしてもミラ−ワ−ルドのタイムリミットってどれくらい?
もしかして・・・黒真って・・・ 早っ!?(死んできます・・・)