苦しみの容形−かたち−



何も映さない凍った瞳。
身体と、その内の繊細な部分に、深く痕を残した傷。
“ 自分に出来る事は何もない ”
奴の口からその言葉を聞くとは夢にも思わなかった。

―――― 俺は気付いてなかった。
彼の苦しみも、痛みも。
その欠片すら ――――― ・・・ 。




病院を後にした蓮と優衣は何も言葉を交わさなかった。
二人とも、真司の傷付いた姿に動揺していた。
無言のまま花鶏に辿り着き、互いの部屋に戻る。
――― 東條悟。善人面して花鶏に潜り込んだ彼が、真司を傷付けたのだ。
身体だけでなく、その心にまで・・・。
蓮はぎり、と唇を噛んだ。
いつか、こういう日が来る事は予想していた。裏切られる事に慣れる者などいない。
いつか必ず、疲れて立ち止まる日が来ると・・・ 。
部屋の前で佇んだまま、蓮は苦しげに息を吐き出した。
顔を上げると、ゆっくりとした仕種でノブを回す。
扉を開けた瞬間、蓮は凍り付いた。
そこにいたのは ―――― 真司だった。
「 お前・・・ 、病院は・・・ ? 」
闇の中でこちらを見つめる感情のない瞳を以前、何所かで見たような気がする。
「 抜け出してきた。お前に話があったから 」
にっこりと微笑んで口を開いた彼に、蓮は何故か底知れない恐怖を感じた。
「 ・・・ 話、だと? 」
たった今病院で真司に会ってきた。動ける筈のない彼が自分より先に此処にいる事など有り得ない。
「 蓮、戦うの、止めろよ 」
上目遣いに蓮を見上げ、真司はぽつり、と言った。
聞き逃してしまいそうな程小さな声だった。
「 何? 」
「 お前が戦いを止めれば、俺は消えるんだよ 」
蓮が聞き返した途端、彼の口元が笑みの形に歪んだ。
「 ―――― お前は・・・ 誰だ? 」
「 城戸真司だよ 」
「 嘘を吐け。お前は城戸じゃない 」
「 ・・・ 確かめてみるか? 」
微笑んだまま、彼はゆっくりと蓮に近付いた。
思わず一歩後退いてしまい、蓮は舌打ちした。
その瞳は間違いなく真司のものだった。色素の薄い睫毛に縁取られた、綺麗な、澄んだ琥珀の瞳。―――― だが、その奥に潜んだこの冷たさは、何だろう・・・ 。
「 戦いを止めろ、と言ったな 」
「 ――― ああ。あいつが望んでる 」
“ あいつ ”とは、病院で寝ている筈の真司の事だと、何故か理解できた。
「 お前は、城戸の・・・ 」
ふと浮かんだ考えが、あまりにばかばかしく思えて、蓮は口を閉じた。
「 ミラ−ワ−ルドが生んだ、もう一人のあいつだよ。・・・ 俺は、城戸真司だ 」
しかし、そんな蓮の様子を見ながら彼が口を開いた、その内容は蓮の考えを肯定するものだった。
「 心配しなくても俺がライダ−達を殺してやる。お前は一番最後だ 」
「 やめろ! 」
その顔で、その声で。
そんな言葉は聞きたくない。
蓮は耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、爪が食い込むほど拳を握り締める事でそれを抑えた。
「 何を言ってもお前は戦いを止めない。あいつの願いは叶わない。―――― だから、いつか俺はあいつと一つになる。・・・ そうすれば、苦しみも悩みも消える 」
分かるか?と、彼は笑みを湛えた瞳で蓮を見つめた。
「 最強のライダ−の完成だよ 」
「 ・・・ 俺が戦いを止めれば、お前は消えるんだな? 」
「 できないだろ? 」
「 ・・・・・ 」
睨み返すだけで精一杯だった。彼の言うとおりだ。
既に誰の為でもなく、蓮は戦い続ける事に逃げているだけの自分に気が付いていた。
理由にされる恋人が可哀相だとさえ思う。負けるわけにはいかないと言いながら、何時も覚悟を決めて戦っている。そうする事で“死”に手を伸ばしている弱い自分・・・。
真司がそうまでして戦いを止めたがっている。精神を分けてしまう程。
気がついていながら、見ぬ振りを続けていた。
病院での傷付いた真司の姿を思い浮かべ、蓮は瞳を伏せた。
それでも、彼を救う事ができない自分。恵里を目覚めさせる事さえ、結局は自分のエゴでしかないのだ。
黙り込んだ蓮を見上げ、彼は静かに口を開いた。
「 俺・・・、あいつを抱いたよ 」
「 ―――― ・・・ 」
その言葉に、一瞬にして頬がかっと熱くなった。
「 お前の名前を呼びながらイッて、泣いてた 」
「 ・・・・・ 」
無言で彼の胸座を掴んだ。
「 お前は俺を怒らせたいのか?それとも・・・ 、誘ってるのか? 」
「 ・・・ さあね ・・・ 」
至近距離で見上げてくるその眼差しが、そしてこの怒りが、蓮の理性を壊しかけていた。
掴んだ襟元を力任せに引き寄せ、噛み付くように唇を合わせる。
強引に舌を押し入れて口内を犯した。
真司と同じ香りに同じ肌の感触。
その内面までが彼から生まれたものだと思うと、倒錯的な欲望が蓮の中に湧き上がった。
特に抵抗も見せない彼をベッドに押し付け、乱暴に衣服を捲り上げた。
「 ――― こんな事しても無駄だって 」
「 黙れ 」
再びその口を塞ぎながら、下肢も剥き出しにする。
愛撫もなく、彼の中心に指を差し込んだ。
「 ――― っ、 」
苦しそうに仰け反った喉に唇を這わせて、徐々に差し入れた指の数を増やしていく。
「 城戸を抱いた、だと?お前は随分歪んだ趣味を持ってるようだな 」
「 生憎、実体があるもんでね・・・。あいつも、それを望んだ ――― うっ、」
締め付けてやりたい位に白く、そして憎い喉だ。そこから流れ出る音、全てが忌まわしい。蓮はその欲望のまま彼の首に掛けた手に力を込めた。
彼の奥深くに挿れた指を掻き回す。滑りもなく、乾いたそこは引き攣れ、悲鳴を上げていた。
――――― 俺の前に現われた事を後悔させてやる。
今まで誰にも感じた事のない、狂暴な感情だった。
息を封じられた彼は苦しげにうめきながら、蓮を見上げていた。
その腕が力をなくしてシ−ツの上に滑り落ちるのを確認して、蓮は絞めていた力を緩めた。
「 何時もと、随分、扱いが違うんじゃないか ・・・ ? 」
荒い呼吸を繰り返しながら訊ねる彼を冷たく見下ろす。
「 嫌だったら俺を殺せばいい。容易いんだろう? 」
そう。本体である彼もそうすればいいのだ。
嫌だと言いながら、躊躇いを見せながら、真司は決して蓮を拒む事をしない。
「 ・・・ そんな所だけ、城戸と同じなんだな 」
「 ・・・ お前を殺すのは、最後だ 」
その呟きを最後まで聞かず、蓮は萎えたままの彼自身に指を絡ませ、乱暴に扱いた。
痛みさえ覚える筈のその行為に、蓮の手の中の彼は次第に熱く形を変えていく。
「 ――― く、 」
唇を噛み締めて声を抑える彼を追い詰める、その感覚に酔いしれる。
「 本物より強情だな 」
胸の敏感な部分に唇を落とし、舌で舐った。
「 俺の名を呼んで、イけよ 」
「 誰が ・・・ ! 」
初めて彼の表情が変った。憎しみさえ篭った強い視線を投げつけてくる。
その変化に蓮は驚いた。
―――― こいつは・・・ 。
「 ・・・ お前は何がしたいんだ? 」
「 ・・・・・ 」
彼は頑なに口を閉ざした。
手の中のそれは、既に限界を訴えている。
決して自分に抱かれに来たのではないという、その事だけが理解できた。
真司と同じ姿で、全身で自分を否定する彼を今すぐに征服したいと思った。
蓮は彼の両足を大きく広げ、きつく締め付けるそこから指を引き抜き、自身を突き立てた。彼は中々侵入を許さないが、容赦なく腰を進める。
何時もなら決してしない残酷な動きを繰り返しながら、急速に彼を追いつめた。
それは蓮にとっても苦痛しかもたらさない行為であったが、構わなかった。
思う様揺さ振りながら、何度も彼に問い掛ける。
「 何故、俺の前に現われた?何を・・・望んでいる? 」
不意に、呻きしか洩らさなかった唇から途切れ途切れに言葉が紡がれた。
「 お前、が、戦いを、止め ・・・ ――― 」
そこで、彼は意識を失った。





目を閉じていると、彼は真司そのものだ。彼を抱いていたという、錯覚さえ覚える。
先程の激情が嘘のように蓮の心は落ち着き、部屋は静けさに満たされていた。
蓮は、彼が気を失う瞬間に洩らした言葉の意味を考えていた。
ふと、眠る彼の手が粒子化されている事に気が付く。
――― やはり、時間の制限はあるのか・・・ 。
「 ――― おい 」
軽く揺さ振ると、彼はゆっくりと瞳を開けた。のろのろと自分の手を目の前にかざして、小さく呟く。
「 時間切れか・・・ 」
「 さっさと戻った方がいいんじゃないのか ? 」
「 ・・・ 心配してくれんの?お前達にとって、俺は消えた方がいいんだろ? 」
蓮は、面倒臭そうに再び目を閉じる彼に衣服を投げつけた。
「 そうするなら、余所でやれ 」
「 ・・・ 目の前で消えられると目覚めが悪いって? 」
くく、と彼は笑った。どこか自虐的なその笑いに蓮は眉を顰めた。
「 消えたいのか? 」
蓮の問いには答えず、彼は起き上がると緩慢な動作で衣服を身につけ始めた。
真司の内から生まれた、彼の黒い部分である筈のその存在。
自分自身である本体を守る、という考えには納得できるが、彼の行動や言葉にはそれ以上の想いがある気がする。
蓮は彼の腕を捕らえ、その瞳を覗き込んだ。
最初に彼が洩らした、小さな懇願が脳裏を過る。
彼は、真司に対して蓮と同じ感情を抱いているのかもしれない。
「 ・・・・・ お前は、消えたいと ・・・、 思ったのか・・・ ? 」
「 ・・・ 分からない。あいつが泣くのが嫌だった 」
でも・・・、と彼は続けた。
「 確かに手に入れたい、とも思う。その為にどんな犠牲を払ってもかまわない程 」
真っ直ぐに見返してくる視線に、蓮は再び錯覚した。
始めに感じた恐怖は今は微塵もない。彼を抱きしめたい衝動すら覚え、その事を不思議に思った。憎しみだけで抱いた筈だった 。
蓮は彼から手を離すと、小さく告げた。
「 消えろ 」
蓮から離れた彼は僅かに微笑んで、そして、鏡の中へ消えた。




暗闇の中、蓮は一人取り残されたような、辛い夢を見た後のような、苦い想いを味わっていた。深く息を吐き出して、力なくベッドに腰掛ける。
当然のように彼は現われ、あっけなく消えた。
蓮の心を大きく揺さ振る為に ――― ・・・ 。

――――― 見えなかった、気づかなかった、城戸の苦しみ。

それが容形を持って現われた事実。

今すぐ、彼の笑顔が見たかった。本当の彼を抱きたいと思った。

二度と“彼”に会わない事を祈り、そして、再び現われたとしても、きっとそれに打ち勝つであろう真司を ――――

蓮は、心のどこかで信じている自分に気がついていた。






END



・・・更にワケわかんなく…。
黒真って… ナニ?