一緒 










初めてそれを意識したのは、沖田が一人の少女と肩を並べて歩く場面を見た時だった。
ぎこちなく、特に会話もなく歩く二人の姿。
何も聞かなくても分かる。
それは沖田の初恋だったのだろう。
ちくりと胸を刺した痛みは、同時に自分のそれだった。
自分では随分経験を積んでいると思い込んでいたし、初恋などとうの昔にしたものだと思っていた。
だから、最初はその痛みに首を傾げた。
憎く思っていなかった沖田の姉に背を向けた時も、こんな痛みはなかった。
ようやく、それをはっきりと自覚したのは江戸に出てからだった。
町医者の娘に告白された沖田が、冷たく彼女を突っぱねる姿を見て嘘のように安心した。
けれど、故郷に置いてきた少女の事がまだ忘れられないのかと思うと苛立ちが襲う。
沖田の中に居る彼女が憎い、と思った。
はっきりと、自分は衆道の恋をしていると、そう思った。
本能ではない恋情。友情や親愛とも違う感情。
当たり前の様に傍に居て、色んな沖田の姿を見て来た。
彼女に見せない姿も、土方には見せる。
それは同性同士の安心感から。
だから、この想いを彼に伝える事はない。
このままで。命を掛けて守るものが同じであればいい。




―――――――――一生抜けないその痛みを背負い生きて行くのだろうと、そう思っていた。












自分達がどういう道を選んだのか。それを沖田はどういう風に考え、想像していたのか。
真撰組を結成して直ぐに、その時はやってきた。
志士狩り。
敵を追い詰めて、刃向かう相手を斬り伏せる。生きている志士は捕え、尋問して御上に差し出す。
彼等の先に待つのは、どちらにしても死のみ。
土方にしても人間の肉を断つのは初めての経験だったが、沖田のその時の様子はあまりに異常だった。
稽古で負け知らずな彼らしくない、素人のような剣の振り。
我武者羅に、怯えを必死に隠して、その瞳は異様な色に光っていた。
死体が転がり、血臭が充満する中に立ち尽くした沖田は、土方を見て笑った。
「―――――すげェ。鬼みてぇだ」
互いに返り血に塗れた姿。
苦い笑みだった。
「・・・総悟、怪我したのか?」
「―――――あれ・・・、ほんとだ」
自分の腕を見て、沖田はまた口元を歪ませた。
もう一度土方を見上げた沖田は、「平気」と言って背を向けた。
心臓が音を立てた。
戦いの最中。
多分無意識に沖田が呟いていた言葉。
―――――――“姉上”
小さく、けれども祈りの様に、沖田の唇から漏れていた。
懺悔なのか。
許しを乞う様に呟くその様はあまりに痛々しくて―――――


同じだと、言いたかった。


血に塗れたのはお前だけじゃない。


鬼は、俺も一緒だ。


誰にどんな目で見られようと、二人一緒なら怖くないだろう?


それを伝えたくて、土方はその夜沖田の部屋に向かった。
それなのに、彼から流れ出る血の紅を見て気が違った。
赤い液体を舐め取り、それだけでは治まらなかった。
全てが欲しいという欲望。
痛みも、その精神と共に欲しい。
その方法は一つしか思い浮かばなかった。
抱きたいと。
どんな奇麗事を並べてみてもそれはただの欲望だ。
その欲望に負けた。
「好きだ」と告げた土方に、沖田は怯えた瞳で問い掛けた。
「姉上は・・・?」と。
土方は目を見開いた。
彼は何を思い違えているのだろうか。
土方は彼女の事など何も考えてはいない。
最初から、恐らく初めて会った時からこうなる事を望んで居たのだ。
誰の代わりでもなく。
思い出の中の彼女達は何もしてなどくれない。今一緒に居るのは自分だと、沖田に解らせたい。
その一心だった。
同じ物を見ながら、同じ生き方をしながら、求めるものが違う。
それを無理矢理修正しようとする自分勝手な自分を、沖田がどう思っていたか解らない。
だが、彼は土方を受け入れた。
震えながら。躊躇い、戸惑いながら土方の愛撫を受けるその姿を、ただ愛しいとしか思えなかった。
その時に“痛みに耐え”生きていこうと誓った崇高な意志を忘れてしまったのだ。
間違えた愛情を持ってしまった。



彼を先に裏切ったのは土方だった。










先に彼を失う事など、どう予想出来ただろうか?
無理矢理同じ方向に向かせても、所詮は違う一人の人間同士なのだと。
何故、彼をあのままそっとしておかなかったのだろう。
後悔は後の祭りだった。
何時の間にか沖田の身体は病気に侵されていた。
失う事など想像も出来なくて、ただ生きていて欲しくて。
共に同じ物を守って生きていこうと、それが喜びなのだと思った事など頭から消えていた。
それがどれだけ沖田を傷付けるか考えもしなかった。
何時の間にか、庇護者にでもなったつもりでいた。
親が子供を、男が女を、強い者が弱い者を守るように。
「一緒に行く!」
叫んだ沖田に冷たく背を向けた。
「今度ばかりはお前の我侭聞いちゃらんねぇな。大人しく治しやがれ」
「―――――我侭はどっちでィ!?」
振り向けなかった。
沖田の為に、どうしても冷徹な仮面を被り続けなければならない。
「時間があるなら、俺だってアンタの言う事聞くよ。でも違うじゃねぇか?はっきり余命って言われたんだ」
「―――――だから、だろう。自分で命縮めてどうすんだ?」
「・・・ちげーだろ!?なんでアンタが近藤さんや姉上みてぇな事言うんだよ!?」
言われて思わず振り向いた。
沖田の大きな瞳に涙が浮かんでいた。
「土方さんだけには、そんな事言って欲しくなかった」
「―――――総悟・・・」
「そんな風に守られても嬉しくねェ。そんなのがいいなら、誰か他の女選べば良かったんだ。わざわざ俺なんかにしたのは、違うからじゃねぇのかよ?他の誰とも違うから俺を抱いたんじゃねぇのかよ?」
「―――――――」
唐突に知った。
だから、なのだ。
沖田が黙って土方を受け入れたのは、共に生きたいからなのだ。
恋じゃなかった。
好きだからとか、愛しいからとか、そんな生温いものじゃなかった。
とっくに沖田は命を懸けて戦い、生きて行く覚悟を持っていたのだ。
淡い恋心と姉に対する思慕を振り切って、土方の手を取ったのだ。
はっきりと擦れ違っていた互いの想いに土方は呆然とし、そして激しく後悔した。
欲しいと思ったのは違う沖田だった。
彼の心は彼女達の元に置き去りになっている。どんなに欲しいと思っても、ないものは手に入らない。
こんな風に終わりが来ると知っていれば、あのまま彼をそっとしておいたのに。
「―――――何か、言えよ。それとも本当に女の代わりだったのか・・・?」
違う。
誰の代わりでもない。
はっきりと言い切れるのに、抱いた感情はそれに対する感情と同じだった。
沖田に悟られるわけにはいかない。
沖田の為に、と言うならば。
今から修正しても間に合うと言うのならば。
決して言いたくない、絶対に出来ない事を口にしなければならない。
「―――――来るか」
差し出した手に、沖田は縋り付いてきた。
少し細くなった手首、指先に、背筋が震える。
青褪めている土方に気付く様子もなく、沖田は息を吐き出した。
そして、開いた口から惨酷な言葉が洩れる。
「もし・・・、戦場で足手纏いになったら・・・」
――――――でも、これを言えば彼は安心するのだろう。
彼の願いを叶えよう。
震える声に気付かれないように。


「俺が斬ってやる」


沖田が見せた心からの安堵の笑みに、土方も口元を上げて見せた。




沖田の返り血を浴びた自分の姿は、誰の目にも間違いなく、鬼に映るのだろう。

けれど、誰にも解らなくても。

綺麗な場所から一番縁遠い場所で。
生きよう。
泥に塗れて。




一緒に。



















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前編で土方が何考えてるのか解らなくて消化不良だったので書きました。
でも書いて良かったのかな・・・。最後の所書いててすんごく胸苦しくなってきた・・・。
今度は少し明るい話書こうかな。あ、その前に漫画だ!
暗いの続いてすみませ・・・・!

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