艶姿
彼女が姿を表わした瞬間、時間が止まった気がした。
「歳のあんな顔、初めて見たよ」
近藤さんが俺の顔を見て笑った。
「何のことだ?」
心内を見透かされて驚いたが、知らん顔をして答える。
「・・・歳も、恋をすればいい」
そんな俺にお構いなしに近藤さんは口を開いた。
「何を言ってるんだ、あんたは。俺にはそんな暇はない」
俺は知っていた。そう言っている近藤さんの方が彼女に見惚れていたことを。
「暇とかそういうものじゃないだろ?誰かを好きになれば、眉間の皺も減ると思うよ?」
笑っていた口元を一文字に結び、急に近藤さんは真面目な顔で俺を見た。
「―――彼女なら、いい。お前と一緒に生きていける女性だと思う」
「――――何を・・・」
同じ言葉を繰り返し、俺は近藤さんの目を見つめた。
それはこちらの台詞だった。
彼女ならば局長の傍らに立ってもいいのではないかと思い始めたのはつい最近。
真っ直ぐな気性、男にも引けを取らない剣の腕、強い正義感。そして、優しさと美しさ。
潜入捜査の任務を果たす為、舞妓姿に着替えた桜庭の姿を見た近藤さんが、いつになく熱っぽく彼女を見つめていた。
長年の付き合いで、彼の本気と遊びの見分けはついた。困った、という様に頭を掻いた近藤さんが本気だと気付いた時、微かに自分の胸が痛んだ気はしたが、まだ気付かない振りはできる。感じなかった事にしてしまえる。
「・・・俺と一緒になる女は不幸だろうな」
本気で言った言葉だったが、近藤さんは強くそれを遮った。
「歳!」
「本気で言ってるんだ、聞けよ。近藤さんは女を幸せに出来る男だ」
その言葉に、近藤さんはふと目元の緊張を解いた。
「・・・お前が案外不器用で鈍感だって事は長い付き合いで知ってるよ?幸せかどうかなんてのはね、俺達が決める事じゃない。彼女が自分で決める事じゃない?」
「・・・?」
俺は意味が分からなくて首を傾げた。
―――俺のどこが不器用で何に鈍感だと言うのか。
一息吐こうと俺は部屋を抜け出し、庭へと出た。
月を眺め、植えてある沈丁花を眺めると句の一説が浮かんできそうだった。が、何故かそれは昼間見た桜庭の姿に掻き消された。
どうかしている。
俺は溜息を吐いた。
「・・・副長?」
その声に俺は動揺した。振り向かなくても分かる、桜庭だ。
彼女の姿を思い浮かべていた事と声を聞いただけで取り乱す自分を不甲斐なく思いながら、それを顔には出さずにゆっくりと振り向いた。
「こんな時間に何をしている」
「・・・副長こそ・・・」
呟いて視線を落とす桜庭を見て、俺はふと思った。彼女は不安を抱えているのではないだろうか、と。
「眠れないのか?」
声の調子を少しだけ和らげて訊ねると、桜庭は躊躇いがちに頷いた。
「はい・・・、実はそうなんです」
「どうした、自信がないのか?」
昼間決まった潜入捜査を不安に思っているだろう事は予想できたが、優しい言葉など掛けるつもりはない。要になる重要な捜査だ。遣り遂げてもらわなくては困るのだ。
そうは思っていても情というものは厄介で、嫌なら止めればいい、などという言葉が頭を過ぎる。
・・・だから、余計な感情は削除しなくてはならない。
「自信なんてありません。私には管轄外の仕事ですから。・・・でも、努力はします。山崎さんにお酌の仕方も教えて頂きましたし・・・」
不逞浪士の前で、あの姿で舞を舞い、酌をする彼女を思い浮かべ、俺は苦い笑みを浮かべた。
最後まで反対意見を言い続けた斎藤の気持ちが分かる。分かるが、どうしようもなかった。
「前向きなのがお前の美徳だな。その心意気で頑張ってくれ」
「・・・はい。・・・これが成功すれば、副長の手助けになるのですよね?」
「―――ああ・・・」
俺の、と言うか新撰組にとってだが、否定するのも迷い、頷いてみせる。
「私、精一杯頑張ります。認めて頂けるように、頑張ります」
その必要はなかった。既に認めている。それよりも、気張りすぎて無茶をする事の方が心配だ。
が、やはりそれを口にする事はなかった。
「それには休養だ。何も考えずに寝る事だな」
事務的な言葉を繰り返す俺に桜庭は軽く頭を下げると、ゆっくりと背を向けた。
俺はその小さな背を見つめた。
「・・・副長」
不意に、背を向けたまま桜庭は声を掛けてきた。
「何だ?」
「私、ずっと貴方の後ろにいますから。いつでも、最後まで、ずっといます。―――いさせて下さい」
「――――」
声を発する事ができなかった。
―――まさか、彼女は・・・・。
俺は黙ったまま手を握り締めた。近藤さんの言う通り、確かに俺は鈍感なのかもしれない。
「・・・もし・・・、本当に最後までいるのなら――――」
呟くように言った俺の言葉に桜庭は振り向いた。
「いますよ」
そして、笑った。
決して甘い言葉など掛けない俺に、女扱いなどしない俺に。新撰組と共に生き続ける限り変わる事はない俺に。
彼女にとってそれは際限のない苦痛ではないのだろうか。
俺には分からなかった。
分からないまま、彼女を見つめ続けた。
もしも、全てが終わった時に彼女がいてくれたのなら・・・・
躊躇うことなく抱き寄せよう。好きだと、伝えよう――――
終
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今回潜入捜査あんま関係なかった・・・。
自覚する土方さん。ストイックな彼が好き・・・v
今わの際まで抱かなかった所に萌えてみました。
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