艶姿






彼女が姿を表わした瞬間、時間が止まった気がした。

彼女の美しさなどとうに俺は気付いていた。それでも、その時は本当に息を呑み、そしてその姿を独り占めしたいと思った。





「俺は反対だ!」
自分でも驚くほど大きな声だった。
その場にいた全員の視線が自分に集まる。驚いた桜庭と視線が合い、俺は彼女を見つめながら口を開いた。
「彼女の身が危険に曝されるのを黙って見てはいられない。他に方法はある筈だ。これだけの男が集まって、何故女である桜庭に任務を押し付けるんだ」
「―――斎藤・・・、だからそれは・・・」
土方さんが溜息を吐きながら口を開く。それを近藤さんが制して、億劫そうに俺を見た。
「だからぁ、これは女である桜庭君にしか出来ないって言ってるだろう?俺たちのやり方でもできるよ?でもさぁ・・・」
「要は唯一の女性隊士である桜庭を利用しようって事だろう?」
「・・・言い方悪いよ、斎藤君」
近藤さんはぽりぽりと伐が悪そうに頭を掻いた。けれど、つまりはそういう事だ。
桜庭は先程から俺の勢いに押された様に黙り、困った表情を浮かべている。
しばらく考え込むように沈黙した後、桜庭はゆっくりと話し出した。
「・・・斎藤さんの気持ちは嬉しく思います。けれど、私は納得してこの任務を受けさせて頂きました。危険は新撰組にいる限り何時でも覚悟してますから」
彼女の言う通り、危険なのは仕方がない。そんな事は分かっていた。
どうしても嫌なのは彼女の姿だった。
舞妓姿に着替えた桜庭は思っていたよりもずっと、綺麗だった。
その姿をここにいる同士達にも見せたくはないのに、不逞浪士の輩に見せなくてはならないのだ。
俺にはとても堪えられなかった。
けれど、それは勝手に自分が抱いている感情で、押し付ける権利は俺にはない。
彼女が頷いた今、これ以上反対する事は出来なかった。
俺は立ち上がると、乱暴に襖を開けその部屋を後にした。





着替える為に部屋から出て来た桜庭を俺は捕まえた。
細い手首を掴むと、彼女はびくりと俺を振り返った。
「―――斎藤さん、驚かせないで下さい」
「お前は、本当にいいのか?」
真剣な俺の様子につられてか、彼女も眉を寄せて真摯な瞳を向けた。
「はい。・・・何故、斎藤さんはそんなに反対するのですか?」
「―――分からないのか?」
「・・・分からないです。・・・ごめんなさい」
躊躇い、本当に済まなそうに頭を下げる彼女に俺の心臓がどくん、と音を立てた。
「大切だからに決まっているだろう!?お前が好きだからだ!」
「え・・・―――ええっ!?」
桜庭は目を大きく見開き、俺の顔を見た。
「その姿を他の誰にも見せたくないんだ!」
直ぐに頭に血が上ってしまうのが俺の悪い癖だった。俺は桜庭の腕を引き寄せ、その唇に自分のそれを重ねようとした。
「―――やっ、・・・斎藤さんっ!」
が、そう叫んだ彼女に思い切り頭突きされてしまった。
「・・・・・・」
痛みのあまり、俺は声が出せなかった。桜庭も頭を押さえて黙り込んでいる。
「ご、ごめんなさい・・・。思わず・・・。大丈夫ですか・・・?」
しばらくして桜庭が恐る恐る尋ねてくる。
あまり大丈夫ではなかったが、お陰で目が覚めた。
「ああ・・・」
「・・・でもでも、斎藤さんが急にあんな事しようとするからですよっ!」
先程を思い出したのか、桜庭は顔を赤くして言った。
「悪かった」
俺は心の中で自分に言い聞かせた。一方的にしていい行為ではないと。
「・・・・いいです。許してあげます」
言って、彼女は小さく笑った。
「でも、意外です。斎藤さんがあんな事言うなんて」
「事実だからな。お前が迷惑でも、嫌でも、俺はお前が好きだから口付けたいと思った」
「――――」
桜庭は上目遣いに俺を見た。
「・・・・嫌では、なかった、と思います。驚きましたけど」
今度は俺が驚く番だった。
「嫌じゃなかった・・・?」
俺の問い掛けに彼女は慌てて手を振った。
「そ、そんな気がしただけかもしれないです!でも、屯所内で突然は迷惑ですよ!」
「・・・突然じゃなければ、いいのか・・・?」
桜庭は考え込み、しばらくして小さく頷いた。
「ちゃんと、私の気持ちも聞いてくれたら・・・、いい・・・、かもしれません」
「そうか」
頷いて、俺は目の前の小さな身体を抱き締めた。
「きゃっ、さ、斎藤さん!」
「・・・・良かった」
身を捩る彼女を更に強く自分の胸に押し付ける。ありがとう、と言いたかった。
自分の気持ちをさらけ出すのは得意だが、思えばこんな風に受け入れてもらった事はなかったかもしれない。
「これが最初で最後だ。今度袴以外の衣を着るのは俺の前でだけだからな」
強く言うと、桜庭は腕の中で諦めたように溜息を吐いた。
「―――分かりました」
彼女の小さな、困った人ですね、との呟きは耳を通り過ぎた。


抱き締めるのは、時間と場所を選びたくない。

















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えっと、斎藤さんはもっと強引ですよね。
妙に理性的になってしまった・・・(笑)


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