恋愛のススメ 11
沖田の部屋は屯所の一番奥、近藤の部屋の隣にあった。
それは、誰でも簡単に近付けないようにとの、近藤の配慮だった。
沖田の気持ちを確信したと思った土方は、何度かその部屋を訪れ、そして追い返されていた。
その回数も片手じゃ足りなくなった頃、土方は部屋の前で近藤に呼び止められた。
「トシ・・・、お前最近おかしいぞ。何やってんだ?」
近藤の目を盗んでの行動だった為、土方は伐が悪く、小さく舌打ちした。
「・・・・・俺はおかしくねぇ。おかしいのは沖田だ」
「はあ?」
思い切り眉を寄せる近藤に、土方は苛々と口を開いた。
「何もしねぇっつってんのに、部屋に入れねぇアイツがおかしいんだ!」
「・・・お前信用ねぇんだろう。つか、何でそんなに・・・」
そこで近藤は言葉を切り、驚いた目で土方を見た。
「まさか、お前等・・・」
「そのまさかだよ。丁度いい、公認してもらおう。変な見合い話とか持ってくんじゃねぇぞ」
「――――――・・・、そうか・・・・」
近藤の顔がみるみる曇り、土方は首を傾げた。
驚くのは分かるが、何故そんな顔をされるのか分からない。
「どうした?何か問題でもあんのか?」
「・・・・いや・・・、二人が決めた事に何も言えんよ」
「?」
居心地の悪い沈黙を破るように、土方の後ろで襖が開いた。
「いいわよ」
沖田が呆れた目で土方を見ている。
「入れてあげる」
そう言う事だから、と言ってにっこり笑った沖田を、近藤は複雑な表情で見つめた。
***************
恋愛のススメ 12
沖田の私室にようやく出入りを許された土方は、テレビを眺める沖田の隣に座っていた。
「何そわそわしてんの?」
「いや・・・、落ち着かねぇと思って・・・」
「じゃあ、何でそんなに此処来たがったの?」
「・・・・・」
好き合って、ようやく恋人になれたら普通、もっと一緒にいたいと思うものではないだろうか?
例え手を触れる事さえなくても、もっと互いの事を知りたいと思うものではないのだろうか?
だが、それを口にするのは少々情けない。独り善がりならば尚更。
「反対に聞くけどよ、何で急にお許しが出たんだ?」
「近藤さんにちゃんと言ってくれたから。土方さんのことだから隠し通すと思ってた」
「・・・・・」
――――そうだよな、やっぱりそれってコイツも俺を好きだって事だよな。
土方は確認するように頷き、相手の言葉一つ一つに振り回される自分に項垂れた。
女々し過ぎる。それとも沖田が淡白過ぎるのか。知識がないとも言えるかもしれない。
「・・・お前さぁ、跡取り、跡取り言ってるけど、どうしたら・・・、その・・・、跡取りが出来るのか知ってんのか?」
「結婚すればいいんでしょ?」
「―――――」
「違うの?」
「・・・いや・・・、違わねぇ・・・」
―――――結婚?
急に話が大きくなった気がして、土方は少しだけ引いた。
「お前は、結婚したいのか?」
「誰と」
誰とって!?
「お前は他に誰とそんなのしてぇんだ!?ずっと、四六時中、死ぬまで一緒に居るんだぞ!?そんなの俺以外の奴と出来んのかっ!?」
「・・・・・」
今度は沖田が黙った。しばらく考え込んだ後、眉を寄せ、困ったように土方を見上げる。
「出来ない」
「よー―――し!」
可愛いじゃねぇか!
結婚でも何でもしてやろうじゃねぇか!
張り切って告げた土方に、沖田もようやく笑顔を見せた。
「じゃあ、姉さんに知らせて来る!」
そう言って立ち上がる沖田に、土方は固まる。
「え?今から?」
マジで?
**********
恋愛のススメ 13
沖田の姉、ミツバは病弱で、もう随分長い事病院暮らしをしていた。
健康な人ならば誰でも知っている喜びを知らない彼女が、沖田は可哀想でならなかった。
誰よりも優しく、美しい姉が、沖田の誇りだった。
沖田が幸せになる事を心から望み、沖田家の跡取を見る事を楽しみにしている姉に、早くこの事を告げたいと思った。
家の事はもう何も心配しないで。
言いつけを守って、ちゃんと相手を見つけたよ。
そう言いたくて病室の扉を開けた沖田は、言葉を失った。
「――――・・・総ちゃん、どうしたの?嬉しそうね」
そう言って微笑む姉の顔色が酷く悪いのだ。
「お姉ちゃん・・・、大丈夫?」
嬉しい気持ちが引いて行く。
「大丈夫よ・・・、ちょっと、肺の方の調子が悪いみたい」
もともと血色は良くなかったが、苦しそうに話すその様子は沖田を今までにないほど不安にさせる。
「欲しい物ない?何でもすぐ買ってくるよ?」
「・・・欲しいもの・・・」
ミツバは呟き、ふと微笑んだ。
「私の欲しい物は総ちゃんの笑顔。さあ、話して?どんな嬉しい事があったの?」
誤魔化された気がする。ミツバはいつも、弱音を吐かない。
何でも話して欲しいのに・・・。
けれど、問い詰めても姉を困らせるだけだ。
「―――――うん・・・、あのね・・・」
沖田が口を開いた時、ミツバは急に咳き込んだ。
「お姉ちゃん!?」
その咳き込み方は異常で、沖田は直ぐにナースコールをした。
「お姉ちゃん、待ってて。直ぐお医者さん呼んで来る!」
待っているのがじれったく、病室を飛び出そうとした沖田の背後で、ミツバが切れ切れの息の下誰かを呼んでいた。
息を潜めて振り返る沖田の耳に、それは衝撃と共に飛び込んで来た。
「十・・・四郎・・・、さん・・・」
目を瞠る沖田の背後に立っていたのは、近藤だった。
**************
恋愛のススメ 14
「すまん・・・、まさか、こんな事になるなんて・・・」
近藤は沖田の前で項垂れていた。
「・・・どうして、教えてくれなかったの?」
「トシは全く気付いちゃいなかったからなぁ。彼女も、自分の病気を気にして告白する勇気を持てなかったんだろう」
「そうじゃなくて!」
沖田の強い口調に、近藤は驚いて顔を上げた。
「姉さんの病気の事よ!こんなに酷いなんて、聞いてない!」
「・・・それも、口止めされてた。お前に心配掛けたくないって」
「―――――ばか・・・!」
どうして気付かなかった?自分の事ばかりで、姉の事まで気が回らない。ミツバはいつも一番に沖田の事を考えてくれたのに。
自分が不甲斐なくて、沖田は自分自身を罵倒した。
「お前は気にするな。お前は自分の事だけ考えろ。ミツバ殿が、そう望んでいる」
「―――――うん・・・」
沖田は呟いて顔を上げた。
「やりたいようにやる」
***********
恋愛のススメ 15
病院の待ち合い室で、駆け付けた土方を迎えたのは沖田だった。
その手には大きな花束があった。
「――――沖田・・・、ミツバさんは・・・!?」
「・・・大丈夫。今は落ち着いて眠ってる」
「そうか・・・」
安堵の溜息を吐いた土方は、様子がおかしい沖田に気付いた。
「どうした?病室、行かなくていいのか?」
「うん。・・・土方さんが行って」
そう言って差し出した花束を、土方は見つめた。
「意味有り気じゃねぇか」
「姉さんが待っているのは私じゃなくて土方さんなの。・・・だから、行って」
「・・・意味わかんねぇな。お前も来るんだろうな?」
「私は行かない」
土方は沖田に視線を戻した。
「戻ったらすぐ結婚式の準備だ」
「結婚はしない」
きっぱりと言い切る沖田に、土方は溜息を吐いた。流石に意味は理解出来た。
「こんな事してどうなるんだ?誰一人幸せになんてならねぇぞ。大体お前、跡取りはどうした?」
「家名より大事なのは、姉さんよ」
「すぐにばれる。そうすりゃ、余計にミツバさんは傷付く」
「絶対にばれちゃ駄目。・・・大丈夫、きっとすぐ土方さんも私より姉さんを好きになる」
大きな瞳に絶対の意思を乗せて、沖田は真っ直ぐに土方を見つめながらそう言った。
だが、土方にはその顔が今にも泣き出しそうに見えた。
「俺ぁ、嘘ヘタだからな」
「ヘタでもいい、吐き通して。姉さんが幸せそうに笑っている間は、私は結婚しない。でも、もし泣かせたら、私は土方さんを許さない。私も土方さんを捨てる」
「・・・・どういう脅しだよ・・・」
「それだけ姉さんが大切なの」
行き場のない憤りを、土方は拳に込めた。どんな言葉も通じないのはその瞳を見た時点で解っている。
こんな時に何故、彼女がこんなにも美しく見えるのか。
「俺が好きなのはお前だ!」
「―――――私も好き」
沖田の瞳から涙が溢れ出る。
「だから、お願い・・・」
「――――――馬鹿野郎・・・・!」
振り上げた手を沖田の頬に寄せ、土方はその唇に口付けた。
終
**************
拍手ありがとうございましたvvv