恋愛のススメ 16



初めて触れた頬。
柔らかな唇。
そして、瞳から流れる涙。

それが全て、最後など認めない。


「・・・何してんだ?」
土方は病室の前で頭を抱える近藤に声を掛けた。
「――――トシ・・・。・・・その花・・・、ミツバ殿に会いに来たのか?沖田は?」
近藤の様子に土方は溜息を吐き出した。
「そうか。アンタは全部知ってんだな。・・・つか、マジなのか?ミツバさんが・・・俺を・・・」
「・・・・・」
近藤は神妙な顔で頷いた。
「トシ、どうするつもりだ?沖田はどうした?」
「どうもこうも。あいつは別れる気らしい」
「それでいいのか?」
「――――いい訳ねぇだろうが」
近藤に当たっても仕方ないとは思うが、土方は苛立たしげに彼を睨んだ。
「・・・とにかく、今はミツバさんの様子見る。近藤さんはアイツが変な事考えねぇように見張っててくれ」
一本気な沖田の性格が、こんな時心配で仕方がない。
不安で仕方ないだろう、こんな時に傍に居る資格が与えられないとは。
悔しくて、無性に腹立たしい。
「分かった」
頷いた近藤を見て、土方は病室の扉を開けた。




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恋愛のススメ 17



「――――十四郎さん・・・」
土方の顔を見て、ミツバは目を見開いた。
「・・・具合はどうだ?」
素っ気無く言って、土方は花を差し出した。
おそるおそる手を差し伸べ、ミツバはそれを受け取る。
「・・・少し、調子悪くて、皆に心配かけちゃった。ごめんなさい。・・・総ちゃんは?」
「あいつは、先帰った」
「え・・・?十四郎さん、一人?」
黙って頷く土方を見つめ、ミツバは呟いた。
「こんなの、初めてね・・・」
花に視線を移して、そっと微笑んだ彼女を見て、土方はふと昔を思い出した。
出遭ったばかりの頃。彼女の微笑に心を揺らした自分。
淡い恋心に良く似たそれは、何時しか自分自身で完結させ、封印した。
彼女に相応しいのは彼女を幸せに出来る男だと。それは決して自分ではないと。
「――――近藤さんね?」
口元に笑みを浮かべたまま、ミツバは土方に問い掛けた。
「え・・・・?」
「じゃなきゃ、貴方がこんな事する訳ないわ。あの人に何を聞いたのかしら?」
「・・・・・」
「私の身体は大丈夫よ、心配しないで」
くすくすと笑いながら、ミツバは土方を見上げる。
「お花、本当に嬉しい。でも、もう此処へは来なくていいわ。総ちゃんにも伝えて。必ず元気になって私から会いに行くから、ちゃんとお江戸を守る仕事して下さいって」
「―――――・・・」
沖田が、この人を本当に大事に想う気持ちが良く解る。
――――憧れ・・・、か・・・。
土方は呟いた。




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恋愛のススメ 18



悲しんでなどいない。
どうか、どうか二人が愛し合って、幸せになりますように。
心からそう願っている筈なのに、涙が出るのは、きっとまだ時間が経っていないから。
「大丈夫、大丈夫」
自分を励ますように声に出して呟き、沖田は屯所への道を歩いていた。
その時不意に目の前に現われた人影に、沖田は思わず身構えた。
「何泣いてんの?」
ぼりぼりと頭を掻きながら、彼は眠そうな目で沖田を見た。
「・・・万事屋・・・」
何でもない、と言って、沖田は銀時に背を向けた。
「関係ねーけど・・・、俺は万事屋だからよぉ、何か力になれるかもよ?」
「私なんかに構うなんて、余程仕事ないのね」
「ぶっちゃけ、そうなんだわ。仕事下さい!この通り!」
往来で頭を下げる銀時に、沖田は思わず吹き出した。
大の男がここまで恥も外聞もないなんて、呆れを通り越して笑いが込み上げる。
「・・・じゃあ、話を聞いて。誰にも内緒の話。聞いてくれたら報酬払う」
「聞くだけでいいの?」
「聞くだけ。聞いたらすぐに忘れる事」
こくりと頷いた銀時と一緒に、沖田は万事屋へと向かった。






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恋愛のススメ 19



沖田は銀時に、土方とミツバとの間にあった事を話した。
誰にでもいい、弱音を吐きたかった。
そしてそれは、知り合いには決して言えない事だから、銀時は丁度良かった。
「・・・俺さぁ、いい事考えた」
沖田の言葉を最後まで頷きながら、黙って聞いていた銀時は徐に口を開いた。
「聞くだけって言ったでしょ」
「いいから、聞けって。題して、ミツバさんを銀さんに惚れさせちゃおう大作戦〜。ぱふぱふ〜」
「・・・・馬鹿じゃない」
「聞けば聞くほど、いい女じゃない?お姉さん。そんな可哀想な恋させちゃ駄目だよ」
「可哀想じゃないわよ。・・・・お似合いだわ」
「そんないい男なワケ?その土方君」
「当たり前よ、この私が選んだ男よ?アンタなんか足元にも及ばない!姉さんがアンタに惚れるわけない!」
沖田の言いたい放題の言葉に怒る様子もなく、銀時はにやりと口元を歪めた。
「土方がいい男なんじゃねーよ。お前がそんだけそいつに惚れてるって事なんだよ」
「―――――・・・」
「やれるトコまでやってみな、やせ我慢。そんで、どーしても駄目な時は此処に来な」
「・・・余計なお世話・・・!」
思わず立ち上がった自分の顔色が変わっているのを自覚した。
沖田は逃げるように銀時に背を向け、出口へと向かう。
「・・・私に関わって来たの、本当にお金の為?」
扉を開けた沖田は振り向かず、銀時に問い掛けた。
「男ってなぁ、生意気な女には強がるけど、泣いてる女には優しい生き物なのよ」
「だから騙されるのね。馬鹿ね、男って」
やはり銀時は怒りもせずに、出て行く沖田を見送った。





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恋愛のススメ 20



土方は毎日、ミツバの病室を訪れていた。
それに戸惑うのはミツバ。だが、土方自身が一番かもしれない。
「十四郎さん・・・、もう、来ないで頂戴。副長が毎日留守にしてていい訳ないわ」
ミツバは本気で困った表情を浮かべている。
「・・・真撰組は隊長、幹部連中が優秀でね。この程度の不在じゃ揺るがねぇよ」
「―――でも・・・」
ミツバはこの数日顔色も良くなり、体調は回復に向かっている様子だ。
それが、土方の見舞いのせいかは分からない。
「・・・でも、お願い、もう来ないで」
ミツバは辛そうに顔を伏せた。
「私の気持ちは近藤さんに聞いているのでしょう?残酷だわ。・・・期待、させないで・・・」
――――期待・・・、
土方は呟いた。
――――安心していい。
そう言い掛けて、土方は口を噤んだ。
その時病室の扉が開き、顔を見せたのは沖田だった。
「―――――あ・・・」
沖田は目を見開く。
毎日土方がミツバを見舞っているという噂は本当だったのだ。
自分が望んだ事なのに、沖田の胸に鋭い痛みが走る。
「――――総ちゃん・・・!」
ミツバは嬉しそうにその顔を綻ばせた。
「総ちゃんから、言って。お仕事を二の次にしてまで見舞いになんて来ないでって、何度も言っているのにこの人、ちっとも私の言う事聞いてくれないの」
「・・・姉さん・・・」
沖田は何と答えていいか解らず、視線を彷徨わせた。
土方は黙ったまま、そんな二人を見つめていた。
――――確信が生まれる。
憧れは、憧れだった。
傍に居て欲しいと、居たいと願った相手は間違いなく一人なのだ。








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