惜しみない愛を貴方に



「僕は、あなたを好きだと言ったけれど、他人を好きになるという意味が本当はわからないんです」
彼はその日、ぽつりとそう言った。
雨の振る寒い夜だった。
「沖田さん・・・」
私は、彼の細く痩せた背中を見つめた。
最初の印象は笑顔の似合う好青年だった彼。
子供のように無邪気に笑い、笑いながら遊びの延長のように人を斬る。
悪い者を斬るのに罪悪感を感じない、強い人と戦うのを心から楽しむ。
そんな、人。
初めてその戦い振りを見た時、寒気を感じた。
―――― 鬼だと、そう思った。
それでも私はそんな彼を好きになったのだった。
「知ってますよ」
笑って、私はその背中にそっと触れた。
「解ってました・・・」
「桜庭さん・・・」
沖田さんは私にあまり触れてこない。時々優しく頭や頬を撫でる事はするけれど、異性を求めるように触れられる事は皆無だった。
それを寂しいと思う程、私自身もまた大人ではないので深く考えたことはない。
それを今夜、初めて寂しいと感じていた。
沖田さんは再び口を開いた。
「・・・僕の中では、剣が全てでした。あなたを傷付け、初めて剣を怖いと感じた。そしてそんな僕を救ってくれたあなたを心から愛しいと思った。それは本当なんです。・・・それなのに、こうして戦えなくなった今、僕はただ近藤さんや土方さんと一緒にいられない事が、ただ辛い。大好きなあなたがこうして傍にいてくれるというのに・・・」
ゆっくりと吐き出すようにそれだけ言うと、彼は済まなそうに私を見た。私はその視線から逃れるように顔を伏せて、
「私には、何も出来ないから・・・」
そう言うだけで精一杯だった。
「違うんです。桜庭さんは本当に良くしてくれる。本当はあなただって新撰組で戦いたい筈です。一日中部屋に篭り切りで看病なんか、若い女子のする事じゃない」
私は頷いた。
「そうですね。確かに私は天子様をお守りしたくて新撰組に入りました。でも、今のこの生活が辛いなんて思ったこと、一度もないんですよ。好きな人の為に働いて、ずっと一緒にいられる。それがこんなに嬉しい事だなんて、知りませんでした」
それはきっと、私が女だから。
ぎりぎりで男になり切れなかった、新撰組に相応しくなかった自分に、私は気付いてしまった。
「そして、沖田さんが戦いたいと思うのも仕方ない事なんです。沖田さんは、武士ですから」
・・・好きな人が望むことをしてあげたい。沖田さんが最期まで笑っていられるように、何でもしてあげたい。でも、自分には叶えてあげる事などできないその望み。
それがこんなに辛い事だという事も、初めて知った。
けれど、もし彼が病気になどならなくて戦場にいたら、私はやはり最期まで彼の近くにいる事を望むだろう。その動機はやはり、女としての望みだ。
「・・・解らない・・・」
沖田さんが、ぽつりと呟いた。
「僕には、あなたがどうしてそんなに優しいのか解らない。あなたは僕のことを解ると言うのに、僕にはあなたが理解できない」
「簡単な事じゃないですか。私は沖田さんを愛しています。それだけです」
微笑む私から、彼は辛そうに視線を外した。
「・・・お願いします。桜庭さん、どうか隊に戻って下さい。病の犠牲になるのは、僕だけで充分です」
「犠牲?」
この人は何を言っているのだろう?傍にいることが幸せだと、私は言っているのに。
でもきっと、それが沖田さんの優しさなのだ。私は唇を噛み締めた。
「・・・・わかりました。では、私のお願いを聞いてくれますか?」
「・・・僕に、できることなら・・・」
「鈴花、と呼んで下さい」
「・・・・・」
「・・・それから、それから、もう一つ・・・」
私は自分が赤くなっているのか血の気が失せているのか解らなかった。ただ、自分の心臓の音だけが部屋の中にこだましている。顔は熱いのに手は冷たかった。
「どうか私に、触れてください。私を・・・、妻に、して下さい・・・!」
「―――何故・・・」
沖田さんの信じられない、という声を聞いた瞬間、涙が溢れた。
「でなければ、隊に戻りません!ずっと傍にいます!嫌われても傍にいます・・・!」
「どうしてですか!貴方は怖くないのですか!?・・・労咳は、移る病です!!」
「死が怖かったら新撰組になど入っていません!」
私は夢中で答えた。
「―――だって、私は女ですから・・・・。沖田さんが近藤さんの為に死ねるように、私もこの想いの為だけに死ねるんです」
涙が止まらなかった。自分が恋心の為にだけ動く、情けない、愚かな人間に思えた。崇高な魂を持つ、武士である彼の目に自分はどう映っているのだろう。考えると怖くて仕方がない。それでも、沖田さんが欲しかった。綺麗事などない愛情が欲しかった。伝わらないのなら、伝わるまで何度でも繰り返す。惜しくなどない。ただ、怖いだけ。
「―――それが女子・・・、ですか・・・?」
「馬鹿だと思いますよね。自分でもどうしていいのか分からないんです。沖田さんを困らせたくないのに・・・」
その時初めて、沖田さんは真っ直ぐに私を見た。ゆっくりと手を伸ばすと、私の涙を拭う。
「馬鹿だと思います。それが女子というものならば、やはり僕には理解できません」
冷たい言葉なのに、その声は優しかった。
「・・・それなのに、愛しいと思ってしまう僕もどうかしてるんでしょうかね?」
そう言った沖田さんに壊れ物に触れるようにようにゆっくりと、抱きしめられた。
「ありがとう。そんな言葉を僕にくれて・・・」
「―――沖田・・・、さん・・・」
彼の温もりが感じられた。以前よりは痩せてしまったけれど、鍛えられた腕。照れたように細めた瞳が目前にある。
「・・・ごめんなさい」
「あなたは謝らなくていいんです」
「―――ごめんなさい。それでも私、沖田さんが好きなんです」
好き。とても、とても。言葉になど表せないほど。

私の言葉で、傷が癒えていくようだと彼は言った。
血の匂いも、汚れた手も、忘れてしまうほどだと。
「“好き”とは、この気持ちを言うんでしょうかね」
そう言って瞳を閉じた彼に、私はそっと口付けた。
初めて会った時から優しい人だった。子供と遊ぶのが大好きで、犬や猫が大好きで。
類稀な剣の腕を持つ故、より強い相手を求める。それでも、私を誤って斬ってしまったことから剣を振るえなくなった優しい人。
鬼の様だと思ったけれど、剣を持つ彼の冷たい瞳に魅せられた。その姿を、細い、冴えた銀の月の様だと思った。いつからかなど覚えていない。何時の間にか、その姿は深くこの胸に住みついていた。
触れるだけの口付けを繰り返し、私はその痩せた身体を抱きしめた。
「鈴・・・、花・・・」
「はい」
にっこりと、私は微笑んだ。
「僕は、本当は怖いから・・・、あなたを抱いたらきっと離せなくなります。本当は、独りが怖いんです。独りで死ぬのは・・・」
「――――沖田さん・・・!独りになんてしない。決して離れません!」
誓います。
心からそう言って、私は再び彼を抱きしめた。
「だから、戻れなんてもう二度と言わないで下さい」
私の言葉に何も言わず、彼はただ小さく頷いた。
沖田さんは震えていた。震える手で、不器用に私に触れてきた。頬に、瞼に、そして、唇に。
着物にその手が掛かり、一枚ずつ畳の上に落とされていく。帯を解く衣擦れの音が嫌に部屋に響いた。きっと、すごく緊張していたのだと思う。彼も、私も。
そして私は初めて異性の前に全裸を晒した。
「・・・綺麗、です」
沖田さんは眩しそうに目を細めて私を見た。
「止めて下さい。女のくせに変に鍛えてて・・・、綺麗なんかじゃないです」
居た堪れなくなって両手で身体を隠す私に、沖田さんは口付けをくれた。
それは、初めての彼からの口付けだった。
唇を、舌を吸われ、深く、角度を変えて長い間唇を合わせた。
身体の奥が甘く痺れてくる。
触れられるたび熱くなる体温に、激しくなる鼓動。
何時の間にか、私は涙を流していた。
どんなに抱きしめても足りないくらい、互いに求めていた。

互いに捧げ合う、愛情。

これほどの幸福を、私は知らなかった。



―――――目が眩むほどの、これは・・・、夢―――――




―――――幸せは、数ヶ月で終わりの瞬間を迎えた。
時代の激動が新撰組を、人々を、日本という国を全て飲み込んで、荒れ狂う。
私達だけはその波から離れた所にいた。けれど、夢から醒めた時私は独りだった。
沖田さんの心は最期まで新撰組と共にあり、その魂は武士であり続けた。
私はそんな彼を誇りに思う。
新撰組に出会えた事、武士として戦った日々、そして彼と愛し合えた事。全てを誇りに思う。
肌を重ねたのも数えるほどだった。すぐに、そうする事も出来ないほど彼は衰弱していったのだ。
けれど、彼は私に宝物を残してくれた。
私に、そして彼に良く似た小さな魂を・・・。
私は涙を流さなかった。幸せだと心から思ったあの日から、一度も泣いてはいない。
気高く、強い心をこの命に継がせるために、自分もまた気高く強く生きようと誓った。彼のように。
そして、人を愛する事を教えよう。
愛する事を知らなかった、優しい鬼に教えたように。


愛していると何度も伝えよう。



惜しみない愛を、貴方に・・・・







END





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んと・・・、この時代はまだ結核が移る病気とは知られていなかったとか・・・。
とんだミスだ!だから時代物は難しいんだよ〜(泣)
中途半端なブツではありますが、「さくらどろっぷす」の香月恵様に捧げさせて頂きますv
遅くなった上にこんなものでごめんなさい!完全に自分の趣味です。近藤さんらぶvな恵ちゃん!ごめんねっ!

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