おつかい






「あ、今の見ました?」
不意にはしゃいだ声で言った鈴花の声に沖田は振り向いた。
「カエルでもいましたか?」
提灯を片手に暗闇を歩く二人。
「違いますよ、星が流れたんです」
「めずらしいですか?ああ、貴女は夜出歩くことないから・・・」
「・・・違います」
鈴花はぷうっと頬を膨らませた。
流れ星がめずらしくて声を上げたのではない。見廻りの時に夜道も歩く。
沖田と二人きりで歩くことが初めてだから、何を見ても新鮮で楽しいのだ。
鈴花は溜息を吐いた。
しばらく、静寂に包まれた道程をもくもくと歩いた。
「・・・もう秋なんですね」
静かになると、僅かに虫の声が聞こえる。鈴花は呟くように言った。
「そうですね」
沖田は相槌を打って、くすっと笑った。
「なんですか、私を笑ったんですか?」
「はしゃいだり、黙ったり、笑ったり、今はちょっと怒ってますか?桜庭さんは楽しいなあ」
誰のせいだと思ってるんですか・・・。
数歩前を歩く沖田の広い背中を見つめて、鈴花はもう一度溜息を吐き出した。
分かって欲しいとは思わないのだけれど、ほんの少しだけ、寂しい気がする。
自分でも持て余す、このもどかしい気持ちの正体を、恋だと言い切ってしまうのは鈴花自身躊躇いもある。
そうかもしれないし、違うかもしれない。まだ走り出したばかりの、憧れに良く似た幼い想い。





「しまった」
近藤はそう言って顔を顰めた。
「どうかしたのか?近藤さん」
局長室、近藤と土方と沖田がそれぞれ寛いでいた。
自然と三人集うこの風景は、新撰組内では特にめずらしいものではない。
「歳、今夜だったよね?会食に呼ばれたの」
「ああ、幕府の重臣も来るからな。忘れてもらっちゃ困る」
「約束あったの、すっかり忘れてたよ・・・」
「誰と・・・、って聞くだけ野暮だな。どこの女だ?」
近藤はぽりぽりと頭を掻くと、気まずそうに笑った。
「・・・島原の、京屋の廉ちゃん」
手紙出さなきゃなあ、と呟く近藤に沖田が手を上げた。
「僕、暇ですから御使いしますよ。今から行けば間に合うでしょう」
「でも総司、仮にも一番隊長が使いは・・・」
近藤は一瞬喜びの表情を見せたが、柄にもなく遠慮の態度を取った。
「いいじゃねぇか、局長の使いだ。堂々と行けばいい。ついでに遊んできたらどうだ、総司」
土方の言葉にあはは、と沖田は笑った。
その一部始終を、お茶が三つ乗った盆を手に、局長室の襖の前で鈴花は聞いてしまった。
そして思わず襖を開けて、
「あの、私もご一緒していいですか?」
と、盗み聞きしていたのを告白してしまったのだ。


―――こうして、近藤が急いでしたためた手紙を懐に、沖田と鈴花は夜道を歩くことになった。
それにしてもつくづく、怒られなくて良かったと思う。土方の眉間の皺は気になったものの、近藤と沖田は笑ってくれた。
どうしても、あの時そうせずにいられなかった。
沖田さんは、私が邪魔かな?折角お許しがでたのに、私が一緒じゃ遊べないし・・・。
ぐるぐると考えている鈴花に、沖田が声を掛けた。
「ほら、見えてきましたよ。あそこはいつも明るくて賑やかですねぇ」
「・・・・はい」
「どうかしました?疲れましたか?」
「いいえ、さ、京屋さんでしたっけ?行かなくちゃ!」
明るく言うと、今度は鈴花が先を歩いて、目当ての場所を探した。
数刻後、思ったよりもあっさりと、二人は廉という女に会えた。
近藤からの手紙と、心ばかりの金子を手渡すと、女は恐れ入った風に頭を下げた。
「そないにまでしてもらう謂れがあらへん」
そう言って彼女は、二人に店に上がるよう勧めたが、それは沖田が丁寧に断った。
「それにしても嬉しなあ、近藤はん、うちとの約束覚えててくれたんやね。こんなしょうもない芸子との約束なんて」
廉はそう言うと、本当に嬉しそうに笑った。
「約束言うてもね、帰り際に指切りしただけなんよ。小ちゃな子ぉがするみたいに」
うっすらと涙まで浮かべて言う彼女がとても幸せそうで、鈴花は胸が温かくなるのを感じた。
丁寧にお礼をして、二人は仕事の邪魔だからと早々に店を後にした
「お廉さん、嬉しそうでしたね」
鈴花が言うと、沖田はにっこりと笑った。
「そうですね」
「私があの人の立場だったら、きっと、近藤さんの存在に救われると思います」
「・・・僕もそう思います。近藤さんは本当にいい男なんですよねぇ」
二人が少し羨ましいと鈴花は思った。普通に、男と女として惹かれあい、愛し合う二人が。
来た道を辿りながら、今度は沖田が声を上げた。
「ほらほら、見ましたか?桜庭さん、流れ星ですよ」
「・・・めずらしいんですか?」
そんな沖田に、鈴花はちょっと意地悪を言いたくて、先程の沖田と同じ言葉を返した。
「先程は緊張してましたから。あまり周りが見えてなかったようです」
沖田は少し伐が悪そうに笑った。
「緊張してたんですか?」
鈴花は意外に思って沖田を見た。
「実は僕、あまりあそこが得意じゃないもので。近藤さんが困ってるから使いを買って出たんですが」
「・・・どうして、ですか?」
鈴花の問いに沖田は少し視線を泳がせ、うっすらと頬を染めて口を開いた。
「どうも僕は女子というものが苦手らしくて・・・。男のくせに情けないと、いつも原田さんや永倉さんに言われるんですけどね」
「・・・・私の事も、苦手・・・、ですか・・・?」
「いいえ!」
沖田は驚いたように手を振った。
「桜庭さんは別です。こんなに女の人と話せるなんて、一緒にいて楽しいなんて、自分でも驚いてるんですよ」
――――楽しい・・・?
鈴花は顔が赤くなるのを感じた。
どうしよう、すごく嬉しい。
「今日は桜庭さんが一緒に来てくれて良かった。ありがとうございます」
「そんな・・・」
鈴花は俯いた。思ってもみなかった沖田の言葉に動揺している。
行きの時寂しいと思った気持ちが一瞬にして全て吹き飛んだ。
「・・・私も、とても楽しかったです。ありがとうございます」
気持ちが、確かに動き出した気がした。
相手の一言がこんなにも嬉しくて、同時に悲しくもさせる。
でも今はまだ・・・。
まだ、この位置で充分だった。
手を繋ぐ訳でもなく、二人で肩を並べて、時々笑い合いながら歩く。
近藤と廉のようではないけれど、鈴花は確かに幸せだった。













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・・・沖田さんが愛しくて仕方ないです・・・。
鈴→沖風味ばかりですみません・・・。



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