悲しい瞳
「楽しかったですよ」
芹沢が死んだ日、そう言った沖田の瞳が焼き付いて離れない。
“勝負だから”
納得はしたものの、理解するには至らない。たとえそうでも、人を殺したというのに・・・。
降り続ける雨の中、鈴花はいつまでもその場に立ち尽くしていた。
まどろんだのは、夜明け近くだった。
それから声を掛けられるまで一瞬だったような気がする。
目が覚めて、すぐ横にいる土方に驚いた。
全てが夢だったような錯覚を覚えたが、土方の言葉に直ぐに鈴花は現実へと引き戻された。
昨夜の芹沢の暗殺は外部犯の仕業だと、彼はそう言った。忘れろと、何もなかったのだと、そう思えと。
鈴花はそれが新撰組を守る為ならと、頷いた。
頷いたが、昨夜の沖田が気になって仕方がなかった。
少し躊躇って、鈴花は思い切って土方に話した。
「・・・沖田さんは、楽しかったと言ってました・・・。芹沢さんは強かったと・・・」
「総司らしいな」
土方はふと、笑った。
「それで?お前はどう思ったんだ?・・・それは間違っている、とでも言ったか?」
「・・・いいえ・・・。ただ、沖田さんのあの目が・・・」
「怖かったか?」
鈴花は黙って首を振った。
怖いのではなかった。
何故かひどく胸が痛んで、悲しかった。
伝えると、土方は酷く辛そうな表情を見せた。
「あいつをそんな風にしたのは俺達・・・、いや、俺だからな。何も分からない総司に、人を斬らせたのは俺だ。」
土方はそう言った。
「沖田さんは、何も分からなくはないです。」
「いや、罪悪感を感じない様に正義を説いたのは俺だ。総司の、それに付いていけない感情がきっとあんな形になって表れてるんだ。俺はそう思う」
天才だからこそ、負けることがないからこそ、楽しいと思わないと誰とも戦えなくなる。
そんな危うい綱渡りをしているような沖田を思い、鈴花は俯いた。
彼の繊細な心を誤解していた。
「ごめんなさい、変な事聞いてしまって」
同時に土方をも傷つけてしまった自分を呪いたくなる。
そんな鈴花の頭を、土方は優しく叩いた。
「総司を分かってくれたのはお前が初めてだ。だから、話した」
はっと顔を上げた鈴花は、土方の笑顔に泣きたくなった。
「分かってなんかいないです・・・」
「怖いでも、おかしいでもなく、悲しいと言った奴は初めてだよ。―――俺も、そう思っていた」
この人は、本当に沖田さんのことを、隊士のことを考えている。
鈴花はそう思い、この人の決めることに従おうと心に誓った。
誓い、その後思考は再びあの瞳へと奪われていった。
「っくしゅ!」
「風邪かぁ?総司」
派手にくしゃみをする沖田に、永倉は笑って問い掛けた。
「・・・少し、昨夜雨に当たりすぎたみたいです」
その言葉に、永倉の顔が曇る。
「ああー・・・。あんま大きな声じゃ言えねぇな」
小声で言う永倉に、沖田は微かに口の端を上げた。
―――彼女は、風邪をひかなっただろうか。
自分が去った後、鈴花はしばらくその場から動かなかった。沖田はその様子が気になり、部屋へは入らず、雨の中彼女を見つめていた。
“楽しかった”と言った言葉を否定せず聞いてくれた事が沖田は嬉しかった。けれど、自分が発した言葉の何かが彼女を傷つけてしまったのかもしれないと思うと怖かった。立ち尽くす彼女に声を掛けられなかったのはそのせいだった。
「くしゅん!」
その時背後からくしゃみが聞こえ、沖田は振り向いた。
「―――桜庭さん・・・!」
「あ・・・、おはようございます。沖田さん」
「風邪ですか?」
慌てて駆け寄ってくる沖田に、鈴花は驚いて首を振った。
「違います。今、ゴミが・・・」
「本当ですか?昨日早く部屋に入らないからですよ」
え?という表情をして、鈴花は沖田を見た。
「・・・沖田さん、どうして知ってるんですか?あの後戻らなかったんですか・・・?」
「―――はい・・・。実は、そうなんです」
沖田は少し躊躇った後、正直に頷いた。
「あなたが泣いているような気がしたんですけど、僕にはどう声を掛けていいのかわからなくて・・・」
「―――――」
泣いてはいなかった。けれど、悲しいと思った。芹沢の死を、手を下した皆を、そして、この人の瞳を・・・。
彼は鈴花の気持ちに気付いてくれたのだ。
それが分かっただけで、鈴花の胸は一杯になった。
「・・・私は大丈夫です」
にっこりと、心からの笑顔を向けると、沖田は安心したような表情を見せた。
「元気ならよかっ・・・・は、っくしゅんっ」
「沖田さん!?」
鈴花は驚いて沖田の腕を掴んだ。
「やだ、風邪をひいたのは沖田さんの方じゃないですか!?」
「大した事はないですよ」
「駄目ですよ、寝てなくちゃ・・・!ごめんなさい、私のせいで・・・」
おろおろと言う鈴花の言葉を、沖田は強い口調で遮った。
「違います」
「え・・・?」
「あなたのせいじゃありません」
「・・・・・・」
鈴花は沖田の瞳を覗き込んだ。
強い意思の中に優しさが溢れるその瞳。
昨夜のような悲しい気持ちにはならない。それなのに、何故か鈴花は泣きたい気持ちになった。
「―――ありがとうございます」
ぎゅっと沖田の着物を掴んだまま、鈴花は泣くのをこらえて口を開いた。どうしても彼に伝えたいと思った。
「・・・私、私は・・・、新撰組が大好きです」
その言葉に、沖田は微笑んだ。
「僕もですよ。一緒ですね」
彼の瞳が、好きだと思った。昨夜の彼も、今の彼も。何も違ってなどいない。
揺れた自分が恥ずかしかった。何かを信じると云う事は、容易いようで、難しい。
この人に認められたいと、鈴花は思った。そして、新撰組に相応しい自分になりたいと。
祈るような気持ちで鈴花は願った。
きっと、きっと何時の日か・・・。
終
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何だか疲れて、朦朧と書き上げてしまいました・・・。私は何が書きたかったのだろうか・・・?(聞かれても)
次は土鈴の漫画少しずつアップします♪
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