アゲハ蝶
〜 song by PornoGraffitti
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辺境の村の小さな宿屋に三蔵一行は泊っていた。
他に泊り客も居なかった事もあり、宿屋の主人が個室を用意してくれたのだ。
騒がしいのに慣れてしまっている八戒は、久し振りの一人部屋に落ち着かず、中々寝付けない。
( ふう、静かなのも考えものですね。)
今宵は月明かりがやけに蒼く、月光浴には最適だ。
八戒は眠るのを諦め一人窓辺に腰をかけ、夜空を仰ぐ。
窓を開けると、ふわりと初夏の風が部屋に舞い込んできた。
そよやかに頬を撫でる風、何もかもを浄化させるような、蒼い、蒼い月明かり。
自分以外は誰も居ないんじゃないかと錯覚するほどにしん、と静まり返った宵。
『 幽玄 』 まさに、そんな言葉がしっくりくる。
暫く閉じていた目をそっと開けると、暗闇の中に一匹の蝶が舞っていた。
ヒラリ、ヒラリと舞い遊ぶかのように・・・。
喜びの黄色に、憂いを帯びた青、この世の果ての様に漆黒の羽を纏った、アゲハ蝶が。
ただ一匹、月の下で舞いを舞っていた。
その鮮やかな姿に、眠っていた記憶が呼び覚まされる。
随分前まだ三蔵達と出会う前、一人の旅人に出会った。
その時もこんな宵だったな・・・と思い出す。
子供たちと遊び、帰りが遅くなったと道を急いでいたら、その人は一人、空の月を仰いでいた。
そのまま通り過ぎるのも悪い気がして、何気なく声をかけた。
『 こんばんわ。今夜は月が綺麗ですね。』
『 そうですね。まるで、吸い込まれてしまいそうです。』
すっぽりと頭からマントを被っているので、どんな表情をしているのか伺い知る事はできない。
『 あの・・・、旅をなさっているのですか?』
『 はい。果てしの無い旅を。』
『 果てしの無い・・・。』
八戒はこの旅人に次第に興味が湧いてきて更に尋ねる。
『 いつになったら、終わるのですか?』
旅人は八戒の方を向き、静かに言った。
『 終わりなどありません。・・・終わらせる事はできますが。』
どういう意味なのか問おうとしたところで、遠くの方から心配して迎えに来た花喃の声が聞こえた。
『 お迎えがいらしたようですね。それでは私はこれで。』
丁寧にお辞儀をして、旅人は歩き出す。
『 あ・・・、じゃあ、お気を付けて・・・。』
その後ろ姿を追うように一匹のアゲハ蝶がどこからともなく現れ、飛んで行った。
ただそれだけの事だったが・・・・・。
今まで、記憶の片隅で眠っていたあの出来事が鮮明に呼び起こされる。
「 果てしの無い旅・・・。」
呟き、その意味を考えた。
自分達が今している旅も果てしないように思えるが、終わりはある。えてして、旅とはそういうものではないのか。
否応も無く、八戒の思考は一つの結論へと導かれる。
終わりが無く、終わらせる事はできる旅・・・。それは・・・。
人生という長い長い旅路。
遠い昔、今はもう帰る事のできないあの時に出会った人は自分自身だったのだ。
確かめる術は何もないが、密かな確信が胸を衝く。
( 今更気付くなんて・・・。)
失笑を漏らした。
( あの人は、まだ旅を続ける事ができているのでしょうか。側には、誰か居てくれているのでしょうか・・・。)
八戒の脳裏を、ある人影が掠める。
終わらせるつもりだった旅路を、強引に続けさせたその人の。
( 三蔵・・・。あなたに逢う事ができなかったら、僕はここには居ません。)
三蔵に惹かれれば惹かれる程、自分のなかに光が満ちていく。
そう、人はそれを 『 希望 』、と呼ぶ。
彼は生きていく喜びを与えてくれた。
外に視線をやると、夜空ではまだアゲハ蝶が舞いを舞っている。自分の愛する人を思わせるその美しい姿で。
艶やかなその姿には誰しもが魅せられる。
だが、掴えようとすればヒラリと身を翻し逃げて行ってしまう。
追いかけても、追いかけても、決して触れられないもどかしさ。
もし、これが戯曲であったなら、なんて残酷な物語だろう。
進む事も、戻る事も出来ずにただ一人、舞台に立っているだけなのだから・・・。
( ・・・この気持ちを秘めている限り。)
三蔵の瞳に縛られてしまった時から、この身は全て差し出す覚悟はできていた。
それを、三蔵、その人が望むのならば。
何も惜しくはない。もし、この身が朽ちようとも、彼に降りかかる火の粉の盾となろう。
ただ、心の隅にでもいいから、ひとかけらだけ残る自分の想いを置いておいてくれれば・・・。
月明かりは優しく八戒を包む。
今まで舞い続けていたアゲハ蝶はふいに肩へとまり、その羽を休めた。
( 三蔵・・・。僕を愛してくれますか?)
喜びも、憂いも、全てあの人ゆえ・・・。
視線の先では、交わる事の無い空と大地が漆黒の色を落とし、一つになっていた。
end
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コメント
えっ!?これで終わり!?
ああ、所詮私はこの程度なのです・・。申し訳なかとです〜!!
反省の嵐。後半はほとんど八戒さんの独白でしたね(汗)
「アゲハ蝶」を、聞きながら読んで下さると、足りない部分が補えるかも?
久々の三八なのに・・・。ってゆ−か、三八にすらなってない?
ごごご、ごめんなさい〜!うわあああ〜!!(叫びながら猛ダッシュ)
鈴華から
「ホロの歌!」と言い張る緋月の隣で、私が「ごめん、八戒さんの歌にしか聞こえない」
と言ったのを快く受け入れてくれて、しかも、小説にして下さいました!
ありがとう!
八戒さんらしい心情に、素敵な風景描写vうれしいです〜v