「・・・や、」
―――――傷が。彼に、傷をつけてしまう。
妖怪のそれへと変化を遂げた、八戒の身体、爪。
少しの力でも、三蔵を傷つけてしまうだろう。
醜く身体に纏う痕にまで、三蔵は執拗に舌を這わせていた。
「――――だめです、貴方に傷が、つく…」
八戒の訴えに、悲痛の色が混じり始めて、やっと三蔵は顔を上げた。
「――――だったら、いいかげん認めたらどうだ」
「だめです、貴方に傷がついては・・・僕に付けられる傷があっては、だめなんです・・・・」
錯乱したように繰り返す八戒に、三蔵は
「落ち着け」
と、言い捨て、床に散らばったカフスを拾い上げると、俯いたまま、肩で息をしている八戒の耳へと戻した。
急激に、妖力が押さえられて行くのを感じる。
息を整えようと、長く息を吸って、吐き出した。
ふと、顔を上げると、無言で自分を見詰める三蔵に気が付いた。
紫の双眸に浮かぶ、虚無の色。
その雰囲気に、八戒は胸を衝かれたような、衝撃を受けた。
「・・・・三蔵・・・・?」
おそるおそる、声を掛ける。
―――始めて見る、三蔵の表情だった。
八戒の様子に気が付くと、三蔵は俯き、片手を瞼に押し当てて、その表情を隠した。
「面倒臭いんだよ、俺を動かすな。
・ ・・自分でも理由が判らないこの苛立ちが、お前なら、止められると思った」
それだけだ、と呟く三蔵に愕然とした。
―――――――傷を、付けたのだ。それは、身体にではなく・・・
全てを晒す覚悟がなかったのは、八戒の方だった。
闇の部分に触れられるのを、無意識に拒んでいたのだ。
そんな、利己的な自分を、まざまざと見せ付けられた気がした。
「・・・すみませんでした・・・」
労るように、そっと三蔵の頬に触れると、視線があった。
「貴方に付ける事が出来る傷なんて、ないと思ってました」
そう言いながら、至近距離で見つめる紫暗の瞳に、改めて心臓が鳴る。
「“三蔵”を何だと思ってやがる、どいつもこいつも…」
それは、仕方の無い事だと思う。三蔵に気付かれないよう、心の内で八戒は笑った。
「三蔵の方が、色が白いです」
目の前に揺れる金色を、ぼんやりと眺めながら、八戒は口を開いた。
「三蔵の方が、綺麗な肌です」
「・・・・・」
それを無視して、三蔵の手は八戒の身体を弄る。
「三蔵の方が、女顔ですよ…」
「何が、言いたいんだ?お前は」
「だって・・・」
同性に抱かれる、という事よりも、三蔵が自分に欲情している、という事実の方が、八戒にとっては信じ難い。
それを、そのまま三蔵に伝えると、うるせぇ、と一蹴された。
深い口付けを受けながら、全ての衣服を剥ぎ取られ、三蔵の手が腰の線をなぞっていくのに、八戒は形ばかりの抵抗を示した。
納得して受け入れた筈なのに、片隅にある理性が、快感に溺れそうになる自分に警鐘を鳴らしている。
何も考える間もなく、奪われた方が、余程、楽であった。
一月前の時は、味わった事のない戸惑いと、痛みの中で、全てが過ぎた。
それなのに、今は。
三蔵に与えられる感覚にのみ、意識が集中していく。
中に侵入してくる異物感に、ひくり、と震えた。
先程から、前に絡んでいる三蔵の指に、じわじわと追いつめられる。
そんな自分の姿を、八戒はどうしても認められないでいた。
「――――は・・・、」
漏れそうになる声を押し殺す為に、三蔵の肩口へと唇を押し付けた。
途端、彼の体温と匂い、息遣いが、余計に強く感じられて、目眩に襲われる。
頭の奥が、痺れていくような快感に、次第に、考える力さえ、奪われて。
何を思ったか、何を叫んだのかさえ、判らなくなっていった―――。
三蔵の身体の下で、息を乱し始めた八戒を見ながら、三蔵は己の中にある感情を、はっきりと理解していた。
――――それは、独占欲だった。
自分の中に、そんな感情があるという事自体、信じ難かったが、認めざるを得ない。以前にも、誰かがこうして、八戒に触れたかもしれない。そう、考えただけで、吐き気がした。
簡単に堕ちるくせに、ぎりぎりの所で拒絶を示す八戒に、憤りを感じる。
無理矢理本心を引き摺り出して、暴いてやりたいという衝動に駆られた。
それも適わないのなら、捻じ伏せて、繋ぎ止めて…。
鬱陶しい位の執着。
三蔵の手によって、二度目の到達を迎えた八戒が、虚ろな瞳で三蔵を見上げてきた。既に、表情を隠す余裕さえ、無くなっているようだった。
普段からは想像もつかない、欲情に潤む緑の瞳を目の当たりにして、三蔵の方にも、余裕が無くなっていく。
指を引き抜くと、慣らした中を、一気に貫いた。
「――――――・・・・っ」
八戒の口から、声にならない悲鳴が漏れる。
苦痛に耐えるように、眉を寄せ、唇を噛み締める八戒を、何度も揺さ振った。
まるで、自分の存在を刻み付けるかのように――――――――。
カ−テンの隙間から覗く光で、目を覚ました。
その光の強さが、既に朝ではない事を示していた。
爽やか、とは言い難い。
薄暗い中、三蔵は重い身体を起こして、煙草へと手を伸ばした。
火を点けながら、八戒の姿が消えている事に気付く。
一瞬、夢だったのではないか、と思った。しかし、昨夜の余韻は、確かに部屋にも、身体にも、残っていた。
浴室の扉を開けて、使った跡があるのに、苦い笑いを浮かべる。
あの男らしい、といえば、らしいのだが…。
また、何もなかった様に微笑まれたら、自分の感情を制御する自信がない。
三蔵は軽く頭を振ると、シャワ−の栓を捻った。
この時間になっても、悟空と悟浄の声が聞こえない。
「まだ、寝てやがるな…」
すっかり身支度を整えた三蔵が、悟空達の部屋の扉を開けようとした時、
「早起きしちゃったよ」
という、悟空の寝惚けた声が聞こえてきた。
その声で目を覚ましたらしい悟浄が、不機嫌そうに
「うるせぇな、・・・・って、もう、昼じゃん」
と、応えている。
案の定、起きたばかりの様子だ。よし、ハリセンの餌食だ。
そう思い、ノブを回そうとして、
「だって、八戒、まだ寝てるよ? 」
悟空の言葉に、三蔵の手が止まる。
わざわざ、この部屋へ戻って来てたのか…。
その心理は、どうしても掴めない。
「・・・すみません、寝坊しちゃいました・・・。」
八戒の声と同時に、勢い良く、扉を開く。
慌てて寝坊の言い訳を始める二人を余所に、三蔵は真っ直ぐ八戒に目を向けた。
八戒は、一瞬、うろたえる様に視線をさまよわせ、それから、ゆっくりと三蔵に視線を戻した。
「・・・出発は、午後からでいい。飯、食ってこい」
視線を合わせたまま、三蔵がそう言って、二人を追い出すと、八戒はもぞもぞとベッドから降りてきた。
「まだ、足りねぇのか?」
三蔵の言葉に、八戒は困ったような表情を浮かべた。
「・・・もう、逃げませんよ。
やっと、貴方の事が、見えてきた気がしますから――― 」
でも、少しですけど、と、付け加えて、八戒は微笑んだ。
いつもと変わらない、その微笑に、何故か、苛立ちは感じなかった。
end・・・?
力尽きたので、とりあえず終わりにしてしまいます・・・。
三蔵様、攻め攻めモ−−ド!!(・・・疲れてるなぁ・・・)でした。
以前描いた個人誌が、自分なりに消化不良だったもので、フォロ−するつもりだったのに・・・・。
ドツボにハマった気がしないでもないです。
リベンジ本を出す予定で、ペン入れまで進んでいた原稿を、元ネタにしてしまいました。よし!これで一番苦手なバック処理しなくてすむぞ!などと思いつつ、やはり、小説は向いていないようです。
ギャグではないつもりなのですが、何故か大笑いな個所が、多々ございます・・・。稚拙な表現。うう・・・。