悟浄さんの日記。
それは悟空のいつもの一言から始まった。
「 八戒、腹減った〜! 」
俺もついでとばかりに八戒を振り向いて言った。
「 コ−ヒ−煎れてくれる? 」
三蔵に至っては顔も上げずに一言。
「 新聞 」
しかもその新聞は三蔵のすぐ後ろにあった。
でもそんなのはいつものコトだった。八戒はいつも文句も言わず世話を焼いてくれる。
その八戒の周りの空気が変わったのにいち早く気付いたのは勿論、俺。
こういう時敏いのも困りモンだと思う。
そして俺はその空気がいつもの冷やっとしたものと違うコトにも気付いてしまった。
・・・ もしかして八戒悲しそう?
俺は首を傾げて八戒を見た。
「 ・・・ 皆さん、今日は僕の誕生日なんですけど ・・・ 」
・・・ げっ。
これはマズった。悟浄さんらしくもない。
けど、旅の間時間の感覚なんてなくなってるし、自分の誕生日だって覚えてらんないのに仕方ないだろう?
なんて言い訳もぶっとぶ。俺はこの時々見せる八戒の感情を乗せた表情に、非常〜に、弱い。
「 あっ!嘘うそ!!俺が淹れるよ!コ−ヒ−!それとも肩揉む? 」
悟空も慌てて八戒に駆け寄る。
「 俺自分でカップラ−メン作るから!八戒休んでて!! 」
それさえもまともに作れないサルが・・・。その健気さにさすがの俺も涙が出た。
一番許せないのが相変わらずふんぞり返って座ってるあのナマグサ坊主だ。
ちらりとも八戒を見ないで、真後ろにある新聞を自分で取ることさえしない。
でもこんな亭主関白な坊主に、八戒は惚れてた。
なんでだ?俺にはさっぱり解らない。
八戒は小さく息を吐き出すと、顔を上げた。
「 いいんですよ、悟空。今すぐ用意します 」
にっこりと微笑んで備え付けの台所へと足を向けた八戒を誰かの手が制した。
「 ・・・ 三蔵? 」
訝しげに眉を顰める八戒を無視して台所へと姿を消したのは三蔵だった。
おいおい、何を始める気だ?
俺がそう思った直後、ものすごい音が響き始めた。
どしゃん、がしゃん、がらがらど−ん。
爆発音まで聞こえてきそうな勢いで、俺は恐ろしさのあまり身動きできなかった。
それは八戒も悟空も同じだったようで、先ほどの姿勢のまま三人して固まっていた。
だけど本当の恐ろしさはそれからだった。
「 ・・・ 何?この匂い ・・・ 」
悟空の呟きに、俺は何も答えることが出来なかった。
食べ物・・・、の匂いに思えなくもないが・・・。
その時ようやく俺は三蔵のしようとしていることに思い当たったのだが、口にする事はできなかった。
その事実はあまりにも俺にとって有り得ないコトだったから。
まさかな、まさか・・・。
でも俺のカンはやはり当たっていた。
小一時間程してのっそりと台所から出てきた三蔵の手にはお盆。その上に乗っているものは一見美味そうな食事。
・・・ でもよぉ、この匂いは一体 ・・・。
「 作った 」
一言言った三蔵の顔は少し楽しそうだった。とりあえずクセになったら困りもんだと、俺は真っ先にそう思った。
台所覗くのももちろん、コワイ。きっと散々たる有様に違いない。
俺はそっと八戒を見た。
「 三蔵・・・ 」
唇を微かに震わせ、目は潤んでいる。
これはきっと感動しているに違いない。意外と八戒は御目出度い奴だ。
しかし、次の瞬間叫んだ八戒の言葉に俺のカンが外れたことを知った。
「 三蔵!!僕が悪かったです!謝りますからこんな嫌がらせやめてください!!何度でも謝りますから!!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい! 」
・・・ オイ。
流石にその時ばかりは三蔵に同情してしまった俺だった。
必死に謝る八戒の前で三蔵はワケが解らないという顔をしていた。
俺はそっと八戒の肩を叩き、三蔵の意図を教えてやった。ああ、結局こういう世話は焼いちまうんだ。お人好しな俺…。
はっとした八戒は、今度は本当に感動した、という表情を見せた。
「 三蔵・・・、ありがとうございます 」
「 たまにはな・・・ 」
まんざらでもない顔の三蔵なんて恐ろしい。
ましてや照れる三蔵なんて俺には直視できない。
「 お礼に僕、何か三蔵にプレゼントします。来月ですしね 」
三蔵の腕を取って二人仲良く外へと出かけてしまった。
俺ら二人は完全ムシ。
二人が姿を消すまでの時間があまりにもあっという間で口を挟む隙もない。
・・・ 残されたのは得たいの知れない、食べ物と思しめき物体。
それとあの・・・、台所。
八戒のあまりの段取りの良さに呆れて開いた口が塞がらない。
もし二人が帰ってこのままの状態だったら・・・、考えるだけでも恐ろしい。
八戒の怒りは三蔵の作った飯よりコワイ。
「 ・・・ お前、コレ、食う? 」
悟空でさえ首をぶんぶんと横に振った。
・・・ ま、誕生日だしな。
結局こうなる、幸薄い俺に同情してくれるものは皆無だった。
終

何時の話っ!?的な八戒さんのお誕生日SS。
それこそ自分の誕生日も子供の誕生日さえ(旦那のはもはや・・・)忘れる私にはこれが精一杯です〜!が、気持ちだけvv
悟浄・・・、ウチでの扱いはこんなもんです。ごめんね・・・。