瞳の呪縛
「きれーな目してると思ったんだ」
そう言いきった無垢な黄金の瞳は、希望の色であった。
「・・・そーゆーモンじゃねェの?よく解んねぇけど」
一見無愛想で、実は優しい命の恩人の紅い瞳は、血の色と同時に最近では炎を思わせた。
けれども。
目の前の、暗い紫の瞳。
この瞳は、苦手であった。
捕らえられたら、逃げられない―――
数日前のことだったか。
穏やかな昼下がり。
その日、八戒は朝早くから台所で忙しく立ち動いていた。
「―――なんか、楽しそうだねぇ・・・・・・」
日が高くなった頃に、ようやくこの家の本当の主が起きてきた。首の後ろを掻きながら、覗き
込んでくる。
「もうすぐ悟空が来るんですよ・・・・・・その用意です」
八戒は料理の手を休めず答えた。テーブルには所せましと料理の盛った皿が並んでいる。
それらを一瞥し、悟浄はあくびをひとつ盛大に漏らすと、タバコの箱をとった。
「バカ猿が来るって事は・・・・・・飼い主も当然ご一緒ってことか」
「そうですね」
「―――嬉しい?」
「・・・・・・は?」
側にあった椅子に腰掛け、ライターを取り出している彼を振り返る。
「・・・そりゃまぁ、たまには賑やかなのもいいでしょう?」
「そうじゃなくって」
何を意図しているかわからない、と八戒が訝しむのを見ながら悟浄はゆっくり紫煙を吐き出し
た。
「―――あの性格破綻の金髪美人に、さ」
「・・・・・・・・・」
「会いたいんじゃねェのかって・・・・・・聞いてンの」
彼がこの家で暮らすようになる前に切った、目の前の紅い髪。それが襟足を隠すほどには伸
びた。
つまりあれから約1月となるのだ。三蔵の元を離れて―――
「・・・・・・どうですかね」
「・・・・・・?」
「―――書類整理と、悟空の相手を押し付ける相手がいなくなっただけの事でしょうから」
「解ってねェなぁ・・・・・・」
半分ほど吸った煙草を灰皿にもみ消すと、悟浄は立ち上がって彼との間を詰めた。
「お前さ―――あの生臭ボーズのことどう思ってるか、自分で解ってんのか?」
「・・・・・・どういう意味ですか」
「こーゆーイミで」
言うと肩をつかまれ、横の壁に押し付けられる。
至近距離で射抜く紅い視線。
突然のことに、どう反応していいか解らず立ち尽くす。
「・・・・・・あんまりさぁ―――そう鈍感だと・・・・・・オレが先に頂くよ?・・・・・・」
「―――なっ・・・・・・!」
低くなる声。
「結構・・・・・・気にいってんだよな―――あのひねくれた性格・・・・・・」
その言葉が耳に入った瞬間、彼は肩を掴んでいた手を荒々しく引き離した。
「冗談も程ほどに・・・・・・・!そんなこと三蔵が許すはずが―――」
「んじゃ、アイツが許せばOKってか?」
「・・・・・・え」
険しさが消え、茶化すような瞳が見つめている。
その時になってようやく自分が試されていたことが解った。
「―――どう思った?オレがそーゆー目であの生臭ヤローを・・・って思ったとき」
何と答えていいか解らなかった。
ただ、痛みがあった。
焦燥感とも、嫉妬でもあったかもしれない。
彼は足下に視線を落とした。
「ゴミの分別とか料理の栄養とかさぁ・・・・・・そーゆー事には敏感なクセに、肝心のことに鈍感だ
よな、お前」
ニヤニヤと笑いながら、新しい煙草を取り出す。
「・・・・・・で、ちゃんと自覚したか?」
「さあ・・・・・・貴方の言う通り、疎いですから」
「こっちがこっ恥ずかしくなる前に、キメとけよ」
「・・・・・・そう簡単に―――」
簡単に、片付けてしまっていいわけが無い。
唯一愛した存在を、守りきれなかった自分。大量の命を奪った記憶。
その忌むべき過去は遠い昔のことではないのだ。なのに。
「時間なんて、案外すぐに過ぎるもんだぜ?」
彼の迷いを見透かしたように、悟浄は伸びかけた髪を触りながら言った。
「・・・・・・そうでしょうか・・・・・・」
いくら時間を経たところで、過去を消すことも、取り戻すことも出来ない。
悟浄が隣室の窓を開けた。さわやかな風が入ってくる。
「悩んでたって、始まんないし・・・・・・それに」
風にのった紫煙がゆるやかな線を描く。
「お前の作ったその料理さぁ―――三蔵の好物ばっかりじゃん」
「・・・・・・!」
「ほうら、ご到着のようだ・・・・・・ウワサのご本人とバカ猿が―――」
開け放たれた窓から元気な呼び声が聞こえた。
間違いなく、今日の訪問者の声だった
そんな事があってから、意識せざるを得なくなった。
自分の「心」を救ったその人物の存在を、どう認識しているのか。
間違いなく、「彼自身」の命を救った悟浄とは、別の想いを抱いていることは確かだった。
だから、彼は当惑した。できれば、それに気づかないでおきたかったのかもしれない。
「恩人」として位置付け、三蔵の身のために自らの命を投げ出す覚悟を持っているだけだと、
思いたかった。
けれども、目の前の、その瞳は―――
「・・・・・・何か用か?」
不機嫌そうな声がかかる。
「ええ・・・・・・悟空が、この前ウチに来た時美味しいと喜んでくれたから・・・・・・これ肉まんで
す。どこですか、悟空は?」
「ヤツなら使いに出した。日が暮れるまでは戻るなと言ってある」
「なんで、また」
「あいつがいて、仕事がはかどると思うか・・・・・・?」
三蔵は机の片隅に置かれた書類の束を煩わし気に見た。八戒の口元に思わず微笑が浮か
ぶ。
「ですね。・・・・・・お手伝いしましょうか?」
「・・・・・・フン」
承諾の返事と受け取って、八戒は書類に手を伸ばした。
以前、一時的とはいえこの寺に身を寄せていた頃にも、こうやって三蔵の手伝いをしていたか
ら、指示を仰がなくても処理できる。
しかし、伸ばした手が、やや強い力につかまる。
「・・・・・・何故、逃げた・・・・・・」
「―――三蔵?」
「お前は何故、オレから逃げようとする?」
「何のことを言ってるんですか―――」
「―――とぼけるな」
椅子から立ち上がり、距離を詰められる。
はずみで、数枚の書類が音を立てて崩れ、舞い落ちた。
まっすぐな視線。苛立ちまじりの、あの瞳。
(・・・・・・だめだ・・・!)
絡みとられてしまう。
身動きできず、八戒はただ沈黙する。
「お前はオレを見ていた―――今も、これからも、そうするんだろ…?」
「・・・・・・」
「だが、逃げようとする―――何とか理由をこじつけてまで」
「よして下さい・・・・・・違います・・・・・・!」
「何が違うんだ?」
八戒はわずかに視線を逸らした。
三蔵の指摘は間違っていない。彼は確かに、逃げようとしている。
目の前の深い紫の瞳は―――
自分にとっては呪縛だった。いつ捨ててもおかしくないこの命を繋ぎとめ、なおかつ過去の記憶
に固執する自分を解き、生へ執着させる・・・・・・
彼のために、命を落としてもいいと思っていればいいだけなのに・・・・・・
いつしか、彼のために生きていたいと思う自分になってしまった。
「本当に・・・・・・貴方は怖い人だ・・・・・・」
「やっぱり図星か・・・・・・」
顎に手がかかり、顔を向けさせられる。
「オレを見ていたいんだろ・・・?だったら逃げるな」
逃げられるわけが無い。
この熱く、甘い束縛からは。
重ねられた唇は煙草の苦い味がした。
衣服を剥ぎ取る行為に戸惑いも優しさも無かった。
男性と肌を重ねることは八戒にとっては無論はじめてのことであったが、自分の体を覆い、暴きた
てていく三蔵の手に迷いはない。
「―――もしかして、慣れて・・・・・・る、んで・・・すか・・・?」
「聞いてどうする?」
余裕のある言葉がどこか癪に障る。けれども、確実に追い詰められている自覚はあった。
窓から差し込む陽光。時折聞こえる小鳥のさえずり。
壁一枚隔てた穏やかな外界とは、あまりにかけ離れたうしろ暗い行為。
枕を抱き込むようにして、必死で漏れそうになる吐息をかみ殺す。
背筋を伝う濡れた感触が、やがて下へ移動する。同時に自分の中心を包み責めたてていた、長い
指がその戒めを解く。
「・・・・・・ア!」
押し広げられ、さらにねじ込まれる熱い舌先と指。
思わず体がびくりと跳ね、強張る。
逃げようともがく腰を、あざ笑うようにさらに強い力が引き戻した。
「―――こんな・・・・・・」
「なんだ?」
「・・・・・・やっぱり―――いやで・・・・・・すッ―――」
「―――煩せぇぞ」
あてがわれる大きな質感。
それがゆっくりと埋められる。
「・・・・・・っ―――!」
浸透していく、圧倒的な異物感と熱。同時に指先が再び濡れそぼった中心に伸びてくる。
「お前は、グチャグチャと考えすぎなんだ・・・・・・ウゼェくらいに」
「・・・・・・」
「考えんな―――感じろよ・・・・・・」
シーツを握り締めた手に、三蔵の手が重なる。それが思いのほか優しい仕草になったことに三蔵は
気がついているだろうか。
「感じてりゃ・・・・・・いいんだ―――」
「・・・・・・くっ・・・・・・ぁ」
やがて餓えを満たすべく、荒く腰が動き出す。
この与えられる感覚を快楽と認めたくは無かった。
けれど、もう手遅れなのかもしれない。
蹂躙されるだけの行為なのに、自分もまた到達を望んでいる。
(逃げられるわけが・・・・・・ない)
この瞳に魅入られたときからすでに解っていた結果ではなかったか。
「―――あ・・・・・・!」
そして、陽光の白さのなかに消えていく。
罪悪感も、戸惑いも・・・・・・彼の意識も。
胸と右腕が、やけに重い。
その疑問が八戒を覚醒させた。
目覚めれば、三蔵が彼の胸に頭を載せていた。
金色の髪の毛が、斜陽に映えて燃え立つ色彩を放つ。
その眩しいひと筋を手にとると、むくりと頭が起き上がった。
「・・・・・・起きてたんですか」
「まぁな―――気分はどうだ?」
「最悪ですよ・・・・・・今度試してみたらどうですか」
「相変わらず、口は減らんな」
言うと彼は背を向け、打ち捨てられた衣服を身に着けていく。
明るいオレンジ色に満ちた空間。彼も溜息を一つつくと、自分の服を手にとる。
「結局―――はかどりませんでしたね、書類整理」
床に散らばった紙を広い集めて皮肉まじりに言ってみる。
「手伝うと言ったのは―――お前だ」
三蔵は煙草に火を点けながら、椅子にどかりと座った。
「明日からここに通え―――なんて言うんじゃないでしょうね」
きっちり仕分けをした書類を机に置く。
「・・・・・・」
だが、彼は何も答えず、紫煙をくゆらす。あの瞳で捕らえたまま。
八戒も何も言わなかった。理由をこじつけてまで逃げ出した彼の元を、今度は同じようにしてまたここに
通うことになるだろう。
お互いの曖昧さと皮肉さに可笑しくなる。
「・・・・・・!」
廊下からあの元気な呼び声と足音が駆けて来る。
ゆっくり捕われた視線を外すと、八戒は廊下の方に顔を向けた。
終
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執筆者こと 案茂無人からのコメント
・・・いかがでしたでしょうか
最初で最後の3×8小説(汗)難しいですね・・・さいゆーきの小説。
ホントは焔イチオシなんです〜いつか書きたいな、焔×三(苦笑)
管理人 鈴華りんからのコメント
あんもさんがhp開設記念に書いてくれました!!幸せすぎて眩暈がします!
これは!ダレがなんと言おうと私のものです!!
ハマってないのにこれだけ書けるなんてすごいと思いますっっ!あう-。切ないです。
ありがとう!愛してるぜ!