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帰りの道筋通った町々で“奇跡”の話を聞いた。
治ることがないと言われた病や傷が治った。
失った視力が戻った。
あの日現れた世界中を覆い尽くす光と共に・・・。
「神が現れた」
のだと人々は言った。
「神は確かにいた」
のだと・・・。
確かに、その通りだった。
長い旅が終わり、それぞれが別々の場所へと分れ、普通の生活が始っても八戒の胸から後悔が消えることはなかった。
あの時考えもなしに自分が焔の前に飛び出さなければ、死ぬほどの傷を負わなければ。金蝉は裁きを受けることなどなかった。自分を助けたばかりに・・・。
無事であって欲しい。
それだけを祈りながら日々を過ごした。
ふらりと三蔵が来て、八戒に言った言葉がある。
「 金蝉は勿論、この結果に不満が有るやつは一人もいねえだろうよ。焔は、知らねえがな 」
三蔵の気持ちは嬉しかった。
奇跡が起きたのだと涙を流して喜ぶ人達を思い浮かべて、間違いなどないと思う。彼のしたことに間違いなどない。
許せないのは、自分ただ一人。
人々を救った金蝉が罰せられて、何故虐殺を起した自分がこうして普通の顔をして生きているのか。
忘れようと思っても、心配を掛けない様笑顔を作っても、その事実は八戒の頭から消えることはなかった。
そんな八戒の元に天蓬が訪れたのは幾度かの季節が過ぎた頃だった。
扉を開けた八戒は息が止まるほど驚いた。
気が遠くなるほど彼を待っていた。その後、金蝉がどうなったのかを知りたかったから。また、逃げ出したいほど会いたくなかった。真実を知るのが怖かったから。自分を責めない彼の瞳を見るのが怖かったから。
「 ・・・痩せましたね、八戒 」
天蓬は悲しそうに、微笑んだ。
言葉を発する事ができないでいる八戒に彼は口を開いた。
「 少々お話があります。お邪魔して構いませんか?」
頷く八戒に頭を軽く下げて、天蓬は静かに室内へと足を踏み入れた。
「 ・・・八戒、ちゃんと生活してますか?」
天蓬の言葉に苦笑を浮かべた。死なない程度に食べて、動けるだけは寝ている。それ以外には何もする気が起きないのだ。
小奇麗に片付いてはいるが、殺風景な部屋。
そんな八戒の生活をそのまま表しているような部屋の様子を見て出た言葉なのだろう。
だが・・・、
「 僕のことはどうでもいいんです。話は・・・、話とは何ですか・・・?」
八戒は震える声でようやく口を開いた。
「 どうでも良くはないんですよ。貴方にはちゃんと生活していてもらわなくては 」
「 ・・・・・金蝉は・・・? 」
天蓬の言葉がまるで耳に入っていない様に、八戒は俯いたままその名を口にした。
「 裁きが終わりましたよ。天界の者にとって一番過酷な罰です。 」
目の前が暗くなるのを感じた。
天蓬の目をまともに見ることが出来ない。
「 すみません、僕が・・・、僕も・・・ 」
生きてなどいられない。
すぐさまそう思った。
八戒は何時の間にかその場に膝をついていたらしい。天蓬の靴先が眼の先に映った。
「 焔は消え、牛魔王の復活は阻止され、人々の傷は癒された。経文の消滅が天界にはお気に召さなかったらしい。僕としては一番の手柄だと思うのですがねぇ?」
俯いたまま口を閉ざす八戒に、天蓬は微笑んだ。
「 すみません。僕、イジワルなんですよ。八戒相手じゃ洒落にならないって分っててもやっちゃうんですよねぇ 」
天蓬はあはは、と笑った。
「 これから金蝉がお世話になります 」
八戒は静かに天蓬を見上げた。
「 もう、神じゃないですよ。彼はただの人間です 」
「 ・・・え・・・? 」
「 “下界落ち”は天界の罰で最も重いものです。でも、あの人には一番嬉しい罰なんじゃないでしょうか? 」
そう言って微笑む天蓬は少し悲しそうにも見えた。
「 金蝉が、ここに・・・? 」
彼は頷いた。
「 ただし寿命はおそらく八戒よりも短い筈です 」
喜んでいいのか、悲しんでいいのか八戒には分らなかった。
頭の中が混乱していて良く分らない。
金蝉に、会える・・・?
「 数日中に送ってきます。それまでに少しは元気になっていてもらわないと僕が困ります。金蝉を護ってください。彼と、幸せになってください 」
「 ・・・・ありがとう・・・・、ございます・・・ 」
八戒の頬を伝った熱い雫が静かに床を濡らした。
彼を護る。今度こそ、彼に伝える。
金蝉が尋ねてきたのは白い結晶が舞い落ちる寒い冬の日だった。幻のように佇む彼に微笑み、そっと手を取った。
「 貴方を愛しています。――――― 理由なんて、ありません・・・ 」
彼はどこまでも白い景色の中ふわりと、微笑った。
「 ところで金蝉、どうして記憶をなくしたんですか?ずっと聞こうと思ってたけど色々あったから聞きそびれてました 」
「 ・・・・・ 」
「 金蝉? 」
「 ・・・・ったんだよ 」
「 え? 」
「 初めて下界に下りたから着地失敗したんだよ! 」
生まれて初めて心から笑った気がする。
照れ隠しに怒る金蝉の表情が可愛かった。
もう一度傍に来てくれた彼の為に、自分ももう一度生まれ変わる。強く。
一番近くにいる為に――――――――――――
END
こんだけ書くのに一年も悩んでしまいましたっ!!
とりあえず自己満足で書きました!(あんま満足してないけどね・・・(え?))
記憶なくした理由は最初から考えてあったんですよv
(勿体つけるほどじゃないけどね・・・)
あはははは・・・。
番外編は随分前にお題部屋にアップしてありますv