いとし君へ2

朝、目がさめると、誰かの温かい腕の中だった。
身動きも出来ないほど抱きしめられていた。
天蓬は、自分を宝物の様に抱きしめている男、捲廉を見つめた。
「ずっとそうしていたんですか」
「寝るのがもったいなくて」
「まったく」
呆れて、でも幸福そうに天蓬は尋ねた。
「今、何時ですか」
「起きないと、会議に遅刻する時間」
「揃って遅刻するわけにはいきませんよね」
そう言っても、捲廉はなかなか腕を外そうとしない。
「お前、寝言を言ってた」
「え」
「こんぜん・・・だってよ」
「本当ですか」
天蓬は顔を赤らめた。
「せめて一緒にいるときくらいは、あいつのことは忘れていたいんだけどね」
捲廉は、情けなさそうに笑った。
「ま、仕方ないか。あんた、惚れ抜いてるもんな、あいつに」
天蓬は答えなかった。代わりに捲廉にくちづけをした。
「遅刻しますよ」

「あれ、天蓬元帥。眼鏡はどうされたんですか」
部下に聞かれて、天蓬は答えた。
「うん、ちょっと見つからなくて」
「はあ・・・そうですか」
部下はまのびした答えをかえした。会議室はざわめいている。
「元帥って・・・眼鏡しないと、かわいい・・・」
「別人みたいだよな・・・そばにいきたい」
「誰かカメラ持ってないか」
「はい、散った散った」
捲廉軍大将に叱られて、部下たちは、慌てて席についた。
「ったくう。しょーがねーやつらだ」
腕組をして、どっかりと腰を下ろす捲廉だった。
「眼鏡わすれてたくらいで騒ぐんじゃねーよ」
捲廉はざわめく部下のひとりに、やつあたりした。

「お前の眼鏡だろう」
金蝉がなぜか不機嫌な顔で、天蓬に眼鏡を渡した。
「捲廉の部屋に置いてあった。・・・ゆうべ、なにをしていた」
「奴と」という声がかすれている。怒りに満ちた瞳。
「ご想像にお任せしますよ」
天蓬はひらきなおった。金蝉にはこっちのほうがいいと判断したのだ。
「ふざけるな」
怒りに満ちた金蝉は、いつにもまして美しさに凄みがある。不謹慎だが、天蓬は思わず見惚れた。なんて美しい人だろうか。
「俺とのことを、終わらせたいんだろう」
金蝉の声が、張り詰めた。まっすぐな瞳。愛しいひと。
あなたを傷つけたい。
「そんなこと、思ったこともありませんよ。金蝉」
忘れてほしくないだけ。
「嘘を付け」
はき捨てる様に言って、金蝉は部屋を出ていった。
天蓬は眼鏡をかけなおし、ふっと唇だけで笑った。
あなたがいなければ、捲廉に依存することもないだろう。
ひとりでいい。
あなたがいるからこそ、ひとりではいられないのだ。
あなたのかわりに、捲廉を傷つける。あのひとは貴方と違って強いから、大丈夫。
「すいませんねえ、愛情表現がひねくれてて・・・」
ひとりごちて、天蓬は空を仰いだ。

貴方を愛してる。
それだけが真実。
「俺はけだものなんです。貴方と違ってね・・・」