<メロンパン>
「なんだそれ。そんなモン食ってんのか」
「はい。休憩する時間が惜しくて」
金蝉は、天蓬がメロンパンで夕飯を済まそうとしているのを目撃した。
しかも菓子くずをぽろぽろこぼしている。子供みたいだ。
「お前ねえ」
金蝉は呆れて、天蓬の唇についた菓子くずを指でぬぐって、なめた。
「げ、あまー」
「当然でしょう。メロンパンなんですから」
こともなげに言って、天蓬は書類から目を離そうとしない。
こんな場面を誰かに見られたら、天蓬元帥の評判に傷がつきはしないだろうか。
菓子くずをこぼしながら仕事する彼の姿は、こんな表現はどうだとはおもうが、抱きしめたくなるほど愛くるしい。はっきり言って、誰にも見せたくないと思う金蝉だった。特にあいつ、あの捲簾とかいう奴には。
「待ってても終わりませんよ。今日は無理です」
仕事にかかると、天蓬は冷たい。
「手伝うから、いいだろ」
むっとして助力を申し出る金蝉だった。
「無駄ですよ、ふたりで徹夜になるのがおちです」
と天蓬。金蝉はますますむっとして言い張った。
「絶対に終わらせてやる。貸せ、どれとどれだよ」
「ほんっとーに、おわらねえな。あとどれだけあるんだよ」
数時間後、うんざりしてため息をつく金蝉に、天蓬は笑った。
「金蝉のおかげでだいぶはやくおわりそうです・・・明け方までには」
「なんだそれー・・・何の為に頑張ってるんだよ」
脱力した金蝉は、悲鳴を上げて机に突っ伏した。書類がひらひらと舞う。
「ふふ、先に寝てください。僕は性分で、途中で止められないんですよ」
「眠れない。セックスしないと」
金蝉はだだをこねた。天蓬は眼鏡を外して、困ったように微笑する。
「僕もそうしたいですけどね・・・」
「途中でもいいだろ。俺はもう限界。しないならいっそ殺してくれ」
「大げさですねえ・・・わかりました。この書類がすんだら」
言いかけた天蓬を、金蝉はものも言わずに押し倒した。
「もう仕事はいいって。あんまりじらすと知らねえぞ」
金蝉は微笑む天蓬の頬を、両手で包み込むように挟んだ。
「いいだろ、もう」
「え・・・ここで、ですか。シャワーを浴びないと」
「それはダメ。待てない」
「ちょ・・・金蝉。待っ・・・」
天蓬は赤くなった。眼鏡が床に転がった。
「なあ、さっきのメロンパン・・・」
ふいに金蝉が言った。
「あれは差し入れです。捲廉が」
思わず口を滑らせて、天蓬はしまったという顔をした。
「捲廉がここにきたのかよ」
不機嫌そうな、金蝉の声。
「だってそれは。仕事場ですし」
本当は金蝉ではなく、捲廉とするべき仕事だったのだとは言えなかった。
たまたま出張で、しかたなくひとりで残業する羽目になったのである。
悪いと思ったのか、好物のメロンパンを届けてくれたのだ。捲廉は気のつく男だ。
多分、それ以上の意味もあるのだろうが、今のところは無視している。
「仕事がなんだってンだよ。俺のほうが大事だろ」
物分りの悪い女のようなことをわめく金蝉だった。
「当たり前のことを言わないで下さい。僕にとって、あなたより大事な物などないのですから」
こう言う白々しいことを平気でいうところが、天蓬の天蓬たる所以だ。
「嘘つけ。・・・弄びやがって、畜生」
金蝉はすねて、いつもより乱暴に天蓬の首筋に愛撫を加えた。
「あとをつけるのはやめてくださいね・・・」
「立場なんか気にしてるんじゃねえよ」
いっそ壊してしまいたい。軍人らしからぬ繊細な肉体を。
天上の花と謳われる随一の美貌の元帥を。
「お前は俺のものだ。・・・少なくとも今このときだけは」
天蓬の唇がなにかを言うために開いた。
そこに強引に唇を重ねて、金蝉は天蓬を抱く手に力を込めた。
「俺のもんだって言え・・でないと離さないからな」
「わかりきったことを・・・」
熱い吐息が、金蝉の髪にかかった。
「言えよ」
僅かに余裕を見出し、金蝉は迫った。
「嫌・・・ですよ・・・」
「なんでメロンパンなんかもらうんだ」
金蝉はあくまでメロンパンにこだわった。
それもあの、捲廉の野郎から。
「知りません・・・よ。くれたんです」
「2度と奴から食い物をもらったりするんじゃねえ」
頭の中で妄想が膨らんで、金蝉は言いながら、怒りが込み上げてきた。
天蓬は金蝉に責められて、苦しそうに頷いた。
背中を弓の様にそらして、金蝉に抱かれながら。
「お前は俺のものだ」
合意の上のはずなのに、なんだか独り善がりな気がして、金蝉はいらだった。
「気持ちいいって・・・言えよ」
「気持ち良すぎて・・・気絶しそうです」
金蝉、と甘く囁いて、天蓬は本当に気を失った。
「うわ、おまえひとりだけ・・・」
言いかけて、でも金蝉は裸の天蓬を抱き上げた。
「お前はあ・・・・・・・ずるいんだよ」
気絶した天蓬を力づくで朝まで抱いててもいいだろうか。何度も。
そんな罪な考えに身を焦がしながら、金蝉は猛る欲望のやり場に困っていた。
それは愛とは別の、獣としての快楽をほしがる欲望だった。
「天蓬・・・」
だが、天蓬はそのまま眠り込んでしまった。
つくづく罪作りな男だ。
「くそ、目を覚ましたらリベンジだからな」
リベンジを誓う金蝉だった。
END