モノポリー

「ゲームしようぜ。暇つぶしに」
捲廉が嬉しそうに抱えてきたのは<モノポリー天上バージョン>だ。
「モノポリーですか。懐かしいですね」
天蓬はのんびりと言った。捲廉は、
「子供の頃夢中でやったよ。よく喧嘩した」
「やってもいいですけど・・・なんか賭けましょう」
「いいぜ。なんにする」
捲廉はすぐ乗ってきた。退屈してたのだ。
「ふたりでやってもつまらないから、金蝉も呼びましょう」
「・・・その面子でやるの」
露骨に嫌な顔で、捲廉は唇をゆがめた。
「賭けるのはいいけど、別にふたりでいいじゃん。延々とやろうぜ」
「ふうん?まあいいでしょう。じゃあ、やりましょうか」
「やった、何賭ける?」
子供みたいに嬉しそうな捲廉に思わず微笑む天蓬だった。
「引っかかりましたね。書類整理が溜まってるんです。僕に負けたらひとりでやってもらいましょう」
「わかった。ちょろい。じゃあ俺が勝ったら・・・」
捲廉は、一瞬まじめな顔で、天蓬の唇のあたりをぐっと眺めた。
「あんたを好きにしてもいいだろ。てんぽーげんすいさんよ」
天蓬は一瞬金蝉の怒る顔を思い浮かべたが、すぐに打ち消した。ただのゲームだ。
「いーいでしょう。負けませんよ」

モノポリーは、将棋やオセロとは違い、すごろくだから運が決め手になる。
天蓬との一夜がかかっているためか、この日の捲廉はまさに神懸りと言うべき強さで、不動産王になった。(モノポリーは不動産王をめざす非常に現実的なゲームだ)
負ける悔しさからか、天蓬は青ざめて、白い顔がますます白く見える。
「ちょっと・・・休憩にしませんか」
引きつり笑いを浮かべて、天蓬が提案した。
「やだ。あんたなんだかんだいって逃げそうだモン」
さすがによく天蓬の汚いやり口をわかっている捲廉だった。
「いやでも、お茶でも入れますから」
宥めるような口調。捲廉はキラーンと天蓬をねめつけた。
「とかなんとかいって、金蝉を呼んでくるんじゃねーの。あんたのことだから」
「仕事と貞操を賭け事にしたなんてばれたら、彼に殺されますから、いいませんよ」
と天蓬。
「じゃあ、おとなしく負けを認めるんだな。払うんだな」
ゆっくりと捲廉が天蓬を追い詰める。
「・・・わかりました。僕も男ですから、潔く払いましょう。ただし、お酒を飲んでからにしましょうよ。いくらなんでも」

「おい、そんなに飲んで大丈夫か。自棄酒じゃないんだがな」
捲廉は呆れて、悲しそうにいった。
「そんなに嫌なのか」
「違いますよ。あとで言い訳できる様に、逃げ道を造っておくんです。酒の酔いのせいで、前後不覚で、憶えていないって」
「金蝉がそんないいわけ認めるはずないだろ。どうせ俺は殺されるよ。見つからなきゃいいんだ」
「・・・ですね。さあ、どうぞ」
「さあ、どうぞって。おまえね」
そんなふうに差し出されると、かえってやりにくい。
「ふつーにしてくれよ。いつもの余裕しゃくしゃくの天蓬元帥を、俺は抱きたいんだ」
こんなふうに酔っ払って、か弱げな美人を犯したいわけじゃない。
「ふつーですよ?いつもの天蓬・・・」
天蓬は捲廉の腕の中に倒れこんだ。
捲廉は動悸が早くなるのを感じて、顔が火照った。
ばかばかしい。いつもの彼じゃないか。なぜこんな・・・。
「俺、本当に今、あんたを抱きたいよ・・・いいだろ」
今、手の中にいる。この美しい人を。
「絶対優しくするから」

天蓬の白衣を脱がすと、捲廉は、あることに気づいた。
あちこちに、明らかな口付けの痕が残っている。金蝉だろう。
まだ新しいその口付けの痕に、捲廉は焼けるような嫉妬を感じた。
まるで、俺のものだといわんばかりの、いや、疑いもしない恋人のキスだ。
「それはないよなー・・・」
ぎらぎらした欲望を抱いて、捲廉は強引に首筋の跡をなめた。
「絶対、俺のほうが沢山跡をつけてやる。殺されたってかまうものか」
「けんれん」
その時、天蓬がうっとりと目を開けて囁いた。
「痕はつけないで・・・お願い」

天蓬のからだはしなやかだった。夢中で愛したためによく憶えていないが、女の経験は相当積んでるはずの捲廉は、このときはじめて、
<溺レル>
という言葉の意味を知ったのだ。
「すげえ。きもちいい」
溶けるように絡まる様に、ふたつの体はひとつになり、何度も求め合った。
「癖になりそう」
最後に、捲廉は大きな吐息をついて、汗ばんだ体を横たえた。
天蓬はとっくに果てている。泥の様に眠ったまま意識が無い。
「朝がこないといいな・・・」
柄にも無くセンチメンタルになる捲廉だった。

明日になれば、何事も無かったような顔で笑うのだろう。そんな彼を見たくない。
自分はけしてこの夜を忘れられないだろうから。
百戦錬磨の自分も、天蓬の前では、まるで赤ん坊だ。
「めっちゃ性悪だろう・・・あんた」
もてあそばれたのはこっちだという自覚があった。絶対そうに違いない。
天蓬は遊んでるだけなのだ。もしくはからかって。
「・・・あんまり苛めないでね」
気弱な捲廉は、そう言って、隣に眠る美人に口付けた。

end