瞬間を永遠に




雑踏の中、眩しいその姿を見つける。
周りの全てを排除する、稀有な存在。
霞んだ視界の中で、その姿を認める、瞬間。
その一瞬を、息を詰めて待っていた―――――。




久し振りの町の賑わいだった。煩いざわめきも、歩きにくい人込みも、ひたすら我慢していたのは、八戒の壊れた片眼鏡を直す為だった。
町の人間に目指す店の場所を訊ねる為、三蔵達から離れた八戒が戻ってこない。
また、迷ったのかもしれない。
三蔵は「腹減った」と呟く悟空と、煙草を燻らせている悟浄を横目で確認すると、ゆっくりと二人から離れた。

この町に着いてから八戒がはぐれるのは、既に三度目だ。
視力が悪いというのは、余程不便らしい。
案の定、すぐ近くに八戒は居た。途方に暮れた様子で辺りを覗っている。
困っている八戒というのは滅多に見れるものではない。
歩みを止めると三蔵は腕を組んで、しばらくその様子を眺めていた。
まるで子供の様に頼りない。悟浄なんかが見付けたら、有無を言わさず物陰に連れ込みそうだ。
人の肩にぶつかりよろけた八戒に、見かねた通行人が声を掛けている。
無防備な八戒に対して怒りが込み上げてくるのを感じ、その感情の理不尽さに三蔵は思わず苦笑を漏らした。
はぐれた時二度とも、八戒は他人に声を掛けられていて、それににこやかに対応していた。そんな八戒を引き摺るように連れ戻したのは三蔵だった。
今度はそのまま、八戒の方が三蔵に気付くまで待つ事にした。


ふと、三蔵に視線を止めた八戒が眩しそうに目をひそめた。
それが、真摯なものへと変わって行く。
伝えられない何かを秘めているかの様な眼差しに―――――。
しかし、それは次の瞬間安堵の色に変わった。いつもの微笑と。
八戒がすぐ近くに来るまで三蔵は動けないでいた。
「三蔵?」
背後からの悟空の声に我に帰ると,小さく舌打ちした。
――――全く何を考えているんだ、俺は…。
「何?また迷子になったの?八戒」
「申し訳ありません。歩くの速いですよね皆さん」
悟空の問いに八戒は、あははと、笑ってこたえている。
悟空の後から来た悟浄は呆れたように溜息をつき、
「大の男が手を繋いで歩く訳にもいかね−し・・・」
と考え込むと、ぽんと手を打って、
「そうだ、首輪でもつけて・・・」
言いかけて何を想像したのか、うっと鼻を押さえている。
「・・・仕方ねぇな・・・」
三蔵は八戒の方へと手を差しだそうとした。
それより早く、
「俺なら恥ずかしくね−だろ」
そう言って、悟空はさっさと八戒の手をとると歩き出してしまった。
一部始終を見ていた悟浄はにんまりと笑うと、行き場を無くした三蔵の手をがしっと握って、ハリセンで殴られた。


結局、片眼鏡の修理には3日程かかると店の主人に言われ、否応無く三蔵達はここに足止めされる事となった。
一人部屋を取ったのに、何故か4人は三蔵の部屋に居た。
食事も終わり特にする事の無くなった悟空が、
「タイクツだよ−。何かしよ−ぜ−」
枕をだっこしながら足をばたばたさせて訴えるが、3人からの返事は、ない。
一頻り文句を言い終えた後ベッドに潜り込んで、静かになった。
「・・・本当に寝ちゃったんですかねぇ?」
「やっと静かになったじゃん 」
三蔵は新聞、八戒は本に目を落としている中悟浄は一人、ぼ−っと煙草を咥えている。
三蔵は苛々と眉を上げると口を開いた。
「・・・オイ、お前等何時までここにいるつもりだ?する事ねぇんだったらとっとと寝ろ」
そうですね、と八戒は本を閉じて立ち上がった。しかし、悟浄は相変わらずぼんやりとしている。
とりあえず三蔵は八戒に悟空を部屋まで運ばせたが、本当に追い出したいと思っている当の人物は、のほほんと居座っていた。
「 行きたい所があるんじゃねぇのか?」
久し振りの大きい町でこの時間。何時もの悟浄だったら絶対に大人しく宿に居る筈がない。だが、悟浄はそれには答えず、
「 オレさ−先刻、三蔵の後ろで見てたんだよ。三蔵様を見付けた時の八戒 」
「・・・・」
「あれさぁ、何言いたかったのかな…?」
やはり悟浄にも、あの時の八戒が何か言いたげに見えたらしい。
「愛のコクハク、とか? 」
「殺すぞ」
その言葉に、悟浄は乗り出すように三蔵に詰め寄った。
「 うれしくない訳? んじゃ、オレがもらっちゃってもイイ? 」
「 湧いてんのか、てめぇ 」
三蔵が悟浄を睨み付けると、紅い瞳が悪戯っぽく細められた。
からかってんのか、と言おうとして、悟浄の声に遮られる。
「 湧いてるみて−よ、オレ 」
言って、煙草に火を点ける悟浄を三蔵は無言で見ていた。その言葉の心裏を計ろうとしたが、理解する事は出来なかった。
しばらくして控えめなノックの音が聞こえた。二人がそちらに目をやると、扉が開いて八戒が顔を覗かせた。
「 まだ居たんですか、悟浄 」
「 あっ丁度いいトコ。八戒、飲みに行かね−? 」
明るく誘う悟浄に対して、返事は一言。
「 嫌です 」
「 ・・・えっ!?何で!? 」
一瞬、断られたのが解らなかったらしい。
「 嫌ですよ。唯でさえ目が悪いのに、夜じゃ余計見にくいんですよ?
夜中に迷子になるのはごめんです 」
「 大丈夫。オレがちゃんと手ぇ繋いでやっから 」
「 冗談じゃないです。そんな見っとも無い 」
悟浄は冷たい言葉にショックを受けつつも、隣の三蔵に笑うなと怒鳴り、更に食い下がる。
「 あ、じゃあここで飲みましょう。お酒買ってきて下さい。悟浄 」
そう言って、にっこりと微笑まれ、悟浄はしぶしぶ席を立った。
悟浄が出ていってしまうと、八戒が口を開いた。
「 めずらしいですね、悟浄が皆と飲みたがるの 」
おまえとだろ、という言葉を飲み込んで、三蔵は八戒に向き直った。
「 何か言いたい事があるなら、言え 」
「 …はあ。…言いたい事… 」
そう呟いて八戒は考え込んだ。
「 悟空が起きちゃったんで、飲み会4人でしましょう 。今、部屋で果物食べてるから、もうすぐ来ますよ 」
その返事に三蔵は頭を抱えたくなった。
「・・・そうじゃねぇだろ、昼間はぐれた時だよ 」
八戒は解らない、という顔をして、う〜ん、と更に考え込んでいる。そして、
「 …眩しい、と、思いました…。」
思い出したように、ぽつりと言った。
「 それから、初めて貴方に会った時の事を思い出しました 」
八戒は顔を上げると、艶然とした微笑を浮かべ、
「 言いたい事…解りました… 」
そう言って三蔵を見た。
「 てめぇ俺を苛つかせてぇのか? 勿体ぶるな。さっさと言え 」
「 勿体ぶってる訳じゃないんですが…、ちょっと恥ずかしいですね… 」
「 何? 」
「 もう一度、貴方を見付けたい、と思いました 」
まるで告白ですね、と言って微笑う八戒に、三蔵はどんな表情をしていいのか迷っていた。
その空気を察した様に、八戒はわざと明るく、
「 悟浄が帰って来る前に、グラス、用意します 」
そう言って、備え付けの棚へと足を向けた。
八戒のグラスを並べる仕種が、妙に覚束ないのに気付き、片眼鏡がないせいだ、と思い当たる。時折宙をさまよう手の動きに、三蔵は軽い目眩を感じた。
八戒の手を強引に掴むと、驚いて見開かれた右目に口唇を寄せた。
突然の三蔵の行動に八戒は言葉を失い、呆然と三蔵を見つめている。
「 …目、舐めましたね? 」
「 冷たかった 」
平然としている三蔵に呆れた視線を向けていると、やっと悟空と悟浄が部屋へ戻ってきた。





------視界に映る眩しいその姿を、永遠にこの瞳に留めたい。
それだけが、僕を現実に繋ぎ止める理由だから―――――。







end




えへ片眼鏡ネタ、やってしまいましたv
ってゆうか、この人達、旅始めてからどの位(何年、いや、何ヶ月…?)
経っているのですか…?どなたか教えて下さい…。