断ち切る者


雨が窓のガラスを叩きはじめた。
三蔵はそれをチラリと見やると、小さく舌打ちした。
今日のまだ日の高いうちにこの町へと辿り着いた。だが、空模様があやしい、いつ雨が降ってきてもおかしくない様子なのを見て、三蔵が宿を探すように八戒に言ったのだった。四人部屋しか空いてなかったが、背に腹は変えられない、とばかりにいつも文句を言うはずの三人も、大人しくその部屋へと落ち着いた。
先程から口喧嘩をしながら、カ−ドをしている悟空と悟浄に、うるさい、と時々怒鳴りながら、三蔵は新聞に目を落としていた。
八戒は買い出しに行くと言って外に出ている。
雨が降るぞ、と出掛けようとする八戒に声を掛けようとして、やめた。そんなことは八戒だって分っている。
そんなに急ぐ買い物もなかった筈だ。同じ様に、八戒に声を掛けるのを躊躇う悟浄を横目で見ながら、三蔵は八戒に背を向けた。


そして今、案の定、雨がかなりの勢いで降り始めてきたのだ。
ふと顔を上げると、窓の外を凝視している悟浄の横顔が目に入った。考える間もなく、悟浄は、がたん、と音をたてて椅子から立ち上がると、部屋を出ていった。
何処へ、いや、誰の所へ行ったのかは分っている。
「なんだよ、悟浄のヤツ、まだ勝負ついてね−よ」
さては、逃げたな、と笑う悟空に三蔵は大きく溜息を吐いた。
―――しばらくして、扉の外から二人が帰ってくる気配がした。
「大袈裟なんですよ、悟浄は」
困ったような顔をして入ってくる八戒に、タオルを渡しながら悟浄は,めずらしく怒っているようだった。
「そんなんじゃね−よ、いいからフロ行ってこい」
八戒が浴室へと姿を消すと、悟浄はおもむろに三蔵の隣に腰を下ろした。
「過保護」
三蔵がぼそっと言うと、悟浄はむっとした顔で、
「だってよ、あいつ雨降るの知ってて出掛けたんだぜ?」
そして、
「…全然、直ってね−じゃん、自虐グセ」
と、少し呆れたように呟いた。
三蔵がうるせぇ、と目で威嚇するのに気付く風もなく悟浄は続けた。
「…そんなに良かったのかな−…。双子だって?八戒にそっくりな女だぜ?ぞくっとしねえ?・・・もし生きてたら、八戒敵に回しても口説いちゃうかも…」
なんて、な。と笑う悟浄の隣で、
――――もし、生きていたら…
三蔵は頭の中で繰り返した。―――俺が殺している―――
「三蔵…」
そんな三蔵の様子に気付いたのか、悟浄は窺うように隣の横顔を見た。
「こっから先はオレじゃ、役不足なワケ。くやし−けど」
そう言って悟浄は勢い良く立ち上がると悟空の肩に腕を回し、
「よしっ、悟空、肉まんおごってやる。」
あまりに珍しい悟浄の申し出に、悟空は嬉しさを隠せないまでも、
「マジ!?…でもなんか気持ち悪ぃな…」
と、一応警戒を見せたのだった。


二人が仲良く外へ出てしまうと、入れ替わりのように八戒が扉を開けた。
「あれ、悟空と悟浄は?」
部屋に三蔵一人しかいないのを、不思議に思い、八戒は濡れた髪をタオルで拭きながら尋ねた。
だが、三蔵はそれには答えず、
「お前は、すぐに向こうへ行くんだな」
「・・・・だから・・・・、」
その言葉が差す意味を、八戒は正確に理解していた。一瞬、言い訳をしようと頭を巡らせたが、観念したように息を吐き出すと、
「三蔵は誤魔化せないですね…」
と、呟き、その顔に薄い微笑をのせた。
「雨で、失った人を思い出す貴方を見たくなかったんです」
ゆっくりと窓際に近寄って、八戒は三蔵を真っ直ぐに見つめた。
「僕は…薄情ですよ。…反吐が出るほど」
その表情には思いつめた様子もなく、ただ、静かに自分を責めているようだった。
自分が失った、昔、確かに愛していた女を思い出すことよりも、三蔵が同じ思いに苦しむ姿を見る事の方が、つらいと感じる自分がいる。そして、全てから逃げるように自分の中へ閉じこもってしまう。そんな彼を、三蔵は全て見透かしているようだった。
「そうして・・・、尚更、思い出してしまう。・・・彼女は僕から消えない。―――一生」
それまで黙って八戒の言葉を聞いていた三蔵が、呆れたように言葉を発した。
「忘れる事なんか望んでねぇよ」
それが、八戒に架せられた罰だったはずだ。それで苦しむ事も、生きる事を選んだあの日から解っていた筈ではなかったか。それよりも、今問題なのは…
「分っているのか?本当にお前を大切に思っているなら、死んだりしない。しかも目の前で」
最悪だな、と告げると三蔵は八戒の様子を見た。傷つける為に、自覚させるために、意図して放ったその言葉に対して、八戒は笑った。実に、嬉しそうに。
「最低でしょ?さすが、僕の双子の姉だと思いませんか?」
三蔵は頭痛がした。この自分を卑下する事ばかり考える、こいつの発想にはついていけない。踏みにじってくれ、と言わんばかりではないか。
三蔵の溜息が深いものへと変わっているのを、知ってか知らずか、八戒は言葉を続けた。
「例えば今、ここで僕が死ぬ。そうしたら貴方は一生僕を消せない。
・・・その誘惑は、いつでも僕の側にあるんですよ」
ばかか。そんな事しなくても、いつでも俺はお前を消せる。
そう、言おうとして、三蔵は窓の外を見た。
――――いや、おそらく八戒のいう通りだろう…。納得はできないが、簡単に消してしまえる程、その存在は軽くはない。それは、悟浄も悟空も同じだろうけれど…。八戒だけは、その危うさから、あの二人とは違う意味で苛々させられた。
三蔵は、諦めたように壁に背をつけると、袂から煙草を取り出して言った。
「お前が間違えなきゃ、それでいい」
八戒はその言葉に息を呑んだ。

投げ遣りな三蔵の一言にさえ、救われている自分を八戒は自覚していた。ゆっくりと息を吐き出すと、先ほどとは違う、安心したような微笑を見せた。
そっと三蔵に近寄ると、彼の手から煙草を取り上げる。
「…てめ−な…」
睨んでくる三蔵に、
「あの二人、気を利かせてくれたんですか?」
そう言って、顔を寄せた。
「…カッパの考える事なんぞ、知るか」
引き寄せられるように、三蔵が八戒の口唇に触れようとした。
瞬間、
けたたましい足音と共に部屋の扉が勢いよく開かれた。
「20個も食う奴があるかよっ!」
「ひで−よ、悟浄のケチッ!!」
怒鳴りあいながら入ってくる二人に容赦なく銃弾が飛ぶ。
「怖えぇ−…」
訳も分らず発砲された悟空に八戒は苦笑しながら大丈夫ですか、と声を掛けた。
「ジャスト・タイミング」
上手く弾をよけた悟浄が、三蔵の側まで来て、楽しそうに言うと、三蔵は不機嫌を露に
「何がだ?」
と、睨んだ。
「元気になったじゃん、あいつ」
やっぱ、オレのお陰だねぇ、と言って、三蔵に向き直ると、
「その後は、まだ認めてね−から、オレ」
と、三蔵にしか聞こえないように囁いた。
「…カッパ」
調子のいい悟浄に憤りを感じながらも三蔵は、八戒のいつも通りの様子に心の中で安堵するのだった。そんな自分に、戸惑いを感じながらも…。


end




す、すみませんでした!やっぱり後悔しました?したんですねっ!?ごめんなさい−!!
は、初めて小説(と言えるのかどうか・・・)を書いてしまいました。
三蔵はやはり甘いでしょうか・・・?ニセモノ・・・?(でも、いつもだし・・・)
かなんさんは、悪者のようで、ごめんなさ−い、ってなカンジですが。
まんがで考えていたネタなんです。でも長くなるので、アップ用じゃないな−・・と思って、
文にしてしまいました。日の目を見ないネ−ムはまだまだある・・・。(涙)
それにしても、やっぱり私、八戒さんは総受けなのよね・・・。