遠い道程


早めの夕食を済ませ、部屋割りの段階になった時。
物言いたげな悟空の視線に、八戒は気が付いた。
何か相談でもあるのかと、八戒は自分から悟空との同室を提案した。
珍しい八戒からの部屋割りの希望に、三蔵と悟浄は不審気な視線を投げたが、特に文句も言わず、それぞれの部屋へと落ち着いた。

「 悟空、何か悩みでもあるんですか? 」
明日の出発の支度を早々に済ませ、八戒は悟空と向き合った。
「 悩みがあんのは、八戒じゃねえ?」
予想外な悟空の言葉に、八戒は一瞬言葉を詰まらせた。
「 ・・・そういう風に見えますか?」
「 うん 」
即座に頷かれて、悟空の動物的勘の鋭さに少々驚かされる。
「 別に、八戒の相談受けたって俺にはどうしようもないと思うんだけどさ・・・」
悟空らしくない歯切れの悪い物言いに、八戒は困った様な笑みを浮かべただけだった。
「 俺じゃあ、子供で、頼りにならないんだろ?」
「 …そんな事は… 」
「 だってさ、俺だけじゃん。何も知らされないの。悟浄の過去の事だって、八戒から無理矢理聞き出したようなもんだしさ 」
…確かに、三人の過去や、その他の問題なども、つい悟空には何も言わずに解決しようとしてしまう所があると思う。他意はないのだが、自分達のその態度が悟空を傷つけているらしかった。
八戒が考え込んでいると、悟空が待ちきれずに口を開いた。
「 別にそれで落ち込んでるとかじゃないんだ。ただ、ちゃんと八戒の口から聞いてみたいと思っただけなんだ 」
「 ? 」
何を?と目だけで問い掛けると、
「 かなん、って誰?」
思いがけない名前が悟空の口から出て、八戒は目を見開いた。
「 三蔵や悟浄は知ってんだよな。…この名前がでると、すごい二人とも八戒に気を使ってるし。聞いちゃいけない事だとは、俺にも解るんだけど… 」
三蔵や悟浄が気を使っていたとは、さすがの八戒も気が付かなかった事だったが、きっと悟空は何も聞かされず、何も言わない分だけ、人一倍自分達を見て来たのだろう。
その悟空らしい気遣いに、八戒は優しい空気に包まれた様な心地良さを感じた。
「 … そうですね…。悟空には、話していなかったですね 」
ゆっくりと語り始めた八戒の声に、悟空は黙って耳を傾けた。

思い出すだけであんなにも辛かった事が嘘のようだった。
花喃の思い出が鮮やかに蘇って来る。
幸せだった時。
綺麗な微笑み、流れる髪。触れた肌の心地良ささえ。
そして、唯一だったその存在が消えた瞬間を語る時も、不思議と心は穏やかだった。
どんな時も黙っている事が無い悟空が、一言も発さず真剣な眼差しを向けていたからかもしれなかった。
「 ・・・ごめん・・・ 」
話し終えて一息つくと、悟空がぽつりと言った。
「 どうして謝るんですか?」
申し分けなさそうに項垂れる悟空に、八戒は優しく微笑みかけた。
「 思い出させちゃったんだよな、俺… 」
「 でも、興味半分で聞いた訳じゃないでしょう?だから僕も話したんです。
・ ・・・実際、こんな穏やかな気持ちで話せる日が来るとは思っていなかったんですよ」
悟空のおかげです、と付け加えると、悟空は少し照れたように笑った。
「 明日も早いですし、そろそろ寝ましょうか? 」
八戒の言葉にこくん、と頷くと、悟空はベッドから降りて八戒の近くに寄って来た。
「 でもやっぱ、ごめん 」
そう言って、八戒の頬にそっと手を伸ばした。
「 八戒、寂しそうだ… 」
悟空にそう見えるのならば、恐らく、そうなのだろう。
八戒は頬に触れた手の温かさに、救われる気がした。
「 悟空は、大人ですね… 」
瞼を閉じてその温もりに浸る八戒の頭を、悟空は空いた手で子供をあやす様に撫でた。
「 自分の気持ちを隠したりせずに曝け出せるのは、強さなんです」
「 … でも、腹は減るんだ 」
悟空の言葉に、口元だけで笑いながら、
「 欲しい物を欲しいと言えるのも、強さですよ」
そうすると、三蔵が一番子供かもしれませんね、と付け加えて、二人は笑い合った。
少し間を置いて、悟空が口を開いた。
「 ・・・八戒もあるだろ、欲しいもの 」
八戒は思わず瞳を開けて、悟空の顔を見上げた。
何も隠す事が出来ない。この瞳の前では。
「 ・・・一番子供なのは、僕ですね・・・ 」
視線を合わせるのが辛い。
そっと俯いた八戒に、
「 一緒に寝てもいい? 」
悟空は恐る恐る尋ねた。
「 はい 」
微笑む八戒に悟空はほっとすると、先にベッドに滑り込んだ。
布団から顔を覗かせてこちらを覗う悟空にもう一度微笑を向けてから、部屋の明かりを消して、八戒もその隣に潜り込んだ。

「 僕の欲しいものは、三蔵なんです 」
暗がりの中で、そっと耳元に囁かれた言葉。
悟空は眠った振りをして、それを聞かなかった事にした。


八戒の欲しいもの。
ずっと前から知っていた。
こんな苦しい思いをするのなら、弱いままでいい。
欲しいものを欲しいと言えない。
だったら、俺も子供なんだ。
でも…、いつか、それを皆の前で言える位、強くなってみせる。

――――― いつか・・・。

それは、遠い、遠い道程。









end





突発的に書いてしまいました。
く−はち。なんか、ほのぼのが書きたくなって・・・。
なんか、八戒さんが幸せなのは、悟空と居る時かしら−・・・、なんて思ってしまいました。
いえいえ、それでも八戒さんが好きなのは、あの人なんです。
9×8で8×3?え−んか、私・・・?