遠い道程 2




この想いは、何だろう。

苦しい…。


夜中、悟空は喉の渇きで目が覚めた。
ジ−プの上。空には満天の星。
目を開けて最初に映ったその夜空に、口を開けたまま見惚れた。
それから、前の席に居る筈の二人の姿がない事に気が付いた。
耳を澄ますと、微かに声が聞こえて来る。
そっとジ−プから降りると、声の方へ向かった。

思ったとおり、それは三蔵と八戒だった。
明るい月明かりの下で、二人の姿が白く浮かんで見える。
黙々と煙を吐き出す三蔵の隣で、八戒は木に寄り掛かりながら何やら話している。
悟空は何だか見てはいけないものを見ている気がして落ち着かなかったが、どうしてもそこから離れる事が出来ず、声を掛ける事も出来ないまま、二人を見続けていた。

しばらくして、そっと身を起こした八戒は三蔵に一言声を掛けると、車に戻る為だろう、悟空の居る方向に足を向けた。
悟空は内心どきりとして、逃げようか八戒を待とうか、考えていると、八戒の腕を三蔵の右手が捕らえた。

二人の口が近付いて、触れる。

突然、ずきんと痛んだ胸を押さえて、悟空は少しずつ後退ると、音を立てないようにジ−プへと戻った。
喉の渇きも忘れてひたすら寝たふりをしていると、八戒が静かに帰って来た。
こちらの様子を覗っているようだ。
悟浄と悟空が寝ていると判ると、安心したような溜息をその口から漏らした。
微かに漂ってくる三蔵の煙草の匂いに、またも心臓がきりりと音を立てる。
―――― 八戒の想いが三蔵に届いたんだ…。
良かったと思う反面に感じる、この苦しさは何だろう。
八戒が三蔵を好きだという気持ちは良く解る。
悟空も、三蔵のことは大好きだった。
恐いし、すぐ怒鳴るし叩くけど、あの綺麗な金髪は暖かくて、側に居てもいいんだと安心させる。
三蔵より先に死なない。
三蔵を守る。
そう約束したのは、八戒の前でだった。
だけど。
八戒だけは自分をばかにしたりしない。
どんな事でも、理解できるまで説明してくれる。
優しいし、何より、飯が上手い。
八戒の碧の瞳は綺麗で。見つめられると息ができなくなる…。
そんな事を考えながら、悟空は何時の間にか眠りに落ちていた―――。


「 悟空、起きて下さい。朝ご飯ですよ 」
柔らかい八戒の声で目覚めた悟空は、目を擦りながらジ−プから降りた。
寝惚けたまま、とりあえず目の前に並んだ食事に手を伸ばすと、いきなりハリセンが飛んで来た。
「 顔くらい洗ってから食え! 」
…五月蝿い。
三蔵の方がよっぽど口うるさい。
躾よね−、と隣で悟浄が言って、殴られている。
くすくすと笑う八戒に目を向けて、ようやく昨晩の事を思い出した。
「 ・・・・ 」
ぼんやりと、小さく動く唇を見ながら、美味そうだな…、などと思う。
三蔵と八戒の行為の意味など、分からなかった。
自分も八戒にあんな風に触ってみたい。
ふと浮かんだそんな考えを頭を振って追い出すと、悟空は悟浄との食事の取り合いに集中した。


「 おい。今日はここで泊るぞ 」
昼前に着いた小さな町で、三蔵がそう言った。
「 …でも、まだ進めますよ?先刻出発したばかりでしょう? 」
八戒の抗議の声に苛々と眉を吊り上げて、
「 病人がいると迷惑なんだよ 」
そっけなく言った三蔵の言葉に、後ろの二人は八戒の表情が何時もと違う事に気がついた。
「 何、八戒どうしたの? 」
驚いたように悟浄が問いかけ、悟空は慌てて八戒の額に手を置いた。
「 あ、熱 」
八戒は苦笑して、
「 ちょっと、疲れただけですよ 」
やんわりと悟空の手を除けた。
「 邪魔になっちゃいけないですしね、三蔵の言葉に甘えましょう 」
そう言った八戒に、もちろん三人は異議など無かった。


その町の一件だけの宿に落ち着くと、八戒は早々に部屋へと入っていった。
残された三人は昼食を取りながら、落着かなくその背中を見送った。
「 ・・・俺、八戒見てくる 」
食事もそこそこに立ち上がった悟空を、三蔵が引き止めた。
「 お前は後ですぐ腹空かせるんだから、ちゃんと食え。」
言い残して八戒の部屋へと向かう三蔵に、悟空は敵わない、と思った。
―――― 結局、いつも八戒の事に気付くのは三蔵で、八戒が頼るのも三蔵で。
もやもやとした想いが向かっているのは、どちらに対してなのか。
それすら、解らない。
俯いたまま、それでもしっかりと皿の上を綺麗にしていく悟空に、悟浄は呆れた視線を向けるのだった。


そっと八戒の部屋の扉を開けて顔を覗かせると、ベッドから離れた椅子で目を瞑っている三蔵が目に入った。
八戒はすっかり眠り込んでいる様子だ。
悟空は静かに中へと身を滑り込ませ、後ろ手で扉を閉めると、ベッド脇に膝をついた。
熱はそんなに酷くないようだ。
ほっと息を吐き出して、八戒の規則正しい寝息に耳を傾けた。
ふと、薄く開かれた唇に、目が吸い寄せられる。

その唇に、自分のそれが触れるまで。
非道く長い時間に感じられた。
ようやく辿り着いたそこは、とても暖かく、甘くて・・・。

今まで食べたどんな物よりも美味しい。
それをもっと味わいたいと、身を乗り出した瞬間。
「 おい 」
低く響く三蔵の声が遮った。
「 何の真似だ? 」
悟空は振り向く事が出来ず、
「 …美味そうだと思って… 」
と、小さく呟いただけだった。
「 何時から人間も食うようになったんだ、お前は 」
「 … 理由なんか知らない。ただ、苦しいんだ 」
理由がわかるなら教えて欲しいと、続ける悟空に、
「 … 明日から、サルは返上してやる 」
幾分和らいだ声で三蔵が言った言葉に、悟空は振り返った。
「 いいのか?俺、きっと止まらない。結果は分かってる。でも、止まらないんだ 」
言いながら、気持ちが高ぶって来るのを感じていた。
どうしてこんな事になるんだろう。
三蔵を責めるつもりも、八戒を苦しめるつもりもないのに。
どうしてこんな感情が存在するんだろう。
行き着く先が見える不毛な想い。
三蔵は少し驚いたように眉をあげた。
「 結果が分かってる事なんて、何もねえよ 」
悟空は何も言えず、ただその紫暗の瞳を見つめた。
―――― それを、三蔵の許しの言葉だと思うのは、勝手だろうか…。
もしかしたら、三蔵にも結果など解らないのかもしれない。
同じ様な不安に身を置いているとしたら…。
「 … 三蔵がずっと看病してたのか?」
「 他に誰がいるんだ 」
この部屋に誰も寄せ付けなかったのは三蔵なのに、仕方がないというような言い方だ。
「 俺、もっと強くなれるって事だよな?」
「 知らん 」
そっけない言葉だが、何故か嬉しく感じた。
知らず、綻ぶ口元を隠しもせずに悟空は続けた。
「 なんか三蔵、父親みたいだ 」
「 … 誰がサルの親なんだよ!?」
怒りを滲ませた声と共に銃弾が悟空の横を通り過ぎた。
「 サルって言わないって言ったじゃんか!」
「 明日からだ 」
二人の煩さに目を覚ました八戒が、ベッドの上で笑いを堪えている。
悟空はそれに気が付くと、ぎくっと振り返って、
「 … 八戒、何時から起きてたんだ?」
恐る恐る聞いてみる。
「 三蔵が悟空の父親って所でしょうか? 」
言い得て妙ですねと、まだ笑っている。
先程の接吻には気が付いていない、その様子に悟空はほっとした。
「 言い得てねぇよ 」
三蔵はむっとしている。
心の中では笑っている八戒に安心しているくせに。
三蔵は全く素直じゃない。
でも、自分だってこの事には素直になれない・・・。


失いたくないもの。
一つだけなら楽だった。

これを、何ていうかなんて知らない。
この先にあるものが、どんなものかも分からない。

それでも、今は進む事しかできないだろう。

この、遠い道程を―――― ・・・。


end



帰ってこ−−い、わたし−−−。
・・・なんだか楽しくなって来たらしいです。空×八。(でも三蔵様がからまないと気が済まない)
おかげで決着が着かないという話しも(笑)
悟空の思考は単純で、私の頭にあっているのかも・・・、なんて・・・。
1も2もあっという間に出来てしまいました。(内容はおいといて)
続きを書くとしたら地下へ。(どんなの書くつもりだ!?)