激情
元々気は乗らなかった。
坂本の名前で呼び出され、出向いた先に居たのは高杉だった。
呼び出された先が高級料亭だった為、タダ飯を期待してのこのこ出て来たのが間違いだった。
座敷に通された銀時は、ぽりぽりと頬を掻いた。
「聞きてぇ事があってよ」
そう言って、高杉は口元をにやりと歪める。
「外にうろうろいるだろ、黒い奴が」
来る途中何度も黒い隊服を見た。真撰組の事を言っているのだとすぐに分かった。
「いたねぇ・・・。お前探してんだろ?・・・・またやったらしいな」
「やってねぇよ。結局あいつらに邪魔された。本当に目障りだよ、苛つく」
しかし、先日の新聞には関係ない通行人を巻き込んでの爆弾テロの記事が載っていた。高杉の予定ではもっと大惨事になる筈だったのだろうか。
銀時はぼんやりと外を見た。一部屋毎に小さな庭園が施してある。
外からは見えない造りになっているとはいえ、こんな所を見つかったら間違いなく仲間扱いされて牢獄行きだろうと銀時は思った。
「仲間が奴等に殺された。腕の一本も取ってやらなきゃ気が済まねぇ」
「ご勝手に。殺し屋でも頼めば?・・・俺、帰るわ。お前の話は聞く気ねーから」
「銀時ィ、お前真撰組の奴らと懇意だそうだなァ」
「冗談だろ」
鼻で笑って、銀時は立ち上がった。高杉はそんな銀時に構わず続ける。
「裏じゃちょっと有名な話だぜ?真撰組と組んで天導衆に刃向かった銀髪の侍。煉獄関をぶっ潰したそうじゃねぇか」
「人違いじゃねー?」
言いながら、全ての元凶である男の顔を思い浮かべた。
自分を信頼して個人的な頼み事を申し込んできた彼を、銀時は嫌いではなかった。彼の上司は本能的に嫌いだが。
正式な依頼でも弱みを握られた訳でもないのに、その危険な依頼を銀時は受けてしまった。
「・・・お前しかいねぇよ。つーか、誰だ?御上に刃向かおうとした命知らずが真撰組ん中にいるんだろ?」
「仲間にでもしようっての?無理無理」
「知ってんだな」
高杉はクク、と笑った。
「知らねーって。警察と仲良しなら俺もっと羽振りいいんじゃない?」
「庇うのか?・・・大事なお仲間らしいなぁ」
仲間な訳ない。庇うつもりもない。
言い返したかったが、銀時は黙った。そのまま足を出口へと進める。
「待てよ。お前、どっちの味方なんだ?」
高杉の問いに銀時は振り向いた。
「決まってんじゃねーか。俺は俺だけの味方だよ」
「あー・・・。シッコ、してー」
気分が悪い。あの男に会った後は何時もこうだ。
結局何も食べずに料亭から出て来た銀時は、呟いて人気のない路地へと入った。
その時、物陰から小さな声が漏れてくるのに気が付いた。それは、紛れもない睦声だった。
「昼間から熱いねぇ〜」
銀時は好奇心に従ってその方向へと静かに歩み寄った。
「―――ん・・・、・・・あっ、」
荒い息遣いに混じる声に、銀時は息を呑んだ。
――――沖田・・・?
聞き間違いだろうか?彼の声に聞こえる。心臓が早鐘を打つように激しく音を立てた。何故、自分はこんなに動揺しているのだろう?
静かに息を吐き出して、銀時は用心深く声の方を見た。
やはり彼だった。
銀時の位置から彼等の横顔が見えた。頬を紅潮させて、固く瞼を閉じたまま快感に身を委ねているその表情。
激しく唇を合わせているのは、土方。
血の気が一気に引くようだった。
何故、こんなに衝撃を受けるのかは分からない。
「見世物じゃねーぞ」
その時、土方が口を開いた。沖田はぎくりと目を見開いてこちらを見た。
「・・・部下に働かせて、自分達はご休憩?いい身分だな」
ばれていたのなら仕方がないと、銀時は二人の前に出た。
立っていられないのか、沖田は壁に寄り掛かり座り込んだ。服は着たままだがシャツの前は大きく肌蹴け白い肌が見える。
「ノゾキとはいい趣味じゃねぇか」
土方は煙草に火を点けた。
「てか、こんなとこでそんなコトしてたら、見て下さいって言ってるようなモンじゃねー?」
「この辺は真撰組で固めてる。いらん心配だ。・・・お前、どこから出て来た?」
銀時の目は沖田に釘付けになっていた。土方の言葉など耳を素通りした。
「・・・お前等にこんな趣味があったとはねぇ」
「土方さんは悪趣味なんでさァ」
銀時の視線に気付いた沖田は顔を伏せると乱れた衣服を直した。
その視線から庇うように土方は沖田の前に立つと、銀時を睨みつけた。
「お前には縁のない所だぜ?こんな所で何してた?」
高級な店が建ち並ぶ通り。確かにこんな所来た事もない。
銀時は言い訳を考えたが巧いことが思いつかなかった。
「社会見学」
「何言ってんだ、手前」
面倒臭くて適当に言ったが、何時もの事だと土方は追及もしてこない。
「捕り物の最中だ。邪魔だ。帰れ」
「・・・その大事な最中にいちゃついてんの?こりゃ逃げられるね」
「居る場所の見当はついてんだよ。将軍御用達の場所は許可が必要なんで待って・・・って、手前にゃ関係ねぇ」
「―――てゆーか、ソレ今度俺にも貸してよ」
土方の言葉を無視して、銀時は沖田を見つめながら言った。
何?と土方は眉を顰め、その意味を察すると、冷たい目で銀時を見た。
「―――マズいもんを見せちまったな。いらん興味持つなよ。これは、俺のだ」
もう遅い。既に目が離せないほどに興味を惹かれていた。
他人の物だから余計にだろうか。
銀時はゆっくりと視線を土方へ移した。
「俺が来なかったら最後までヤッてた?何時からそんな関係なの?」
「何の事言ってんのかわかんね―な」
土方は座り込んだままの沖田の腕を掴んで立ち上がらせると、銀時をちらりと見た。
欲しい。
アレが、欲しい。
凶暴な欲求だった。
頭ではなく、身体が彼を欲しがっている。野性的な何かが銀時の内で騒ぎ出したのが分かった。
理性は“馬鹿な事だ”“何かの間違いだと”と囁いている。
土方の目はそんな銀時を見透かすように細められた。
「―――止めとけよ」
その目が殺気を含んでいるのに気付いて、銀時は口元に笑みを浮かべた。
宣戦布告に聞こえた。
数日は何時ものようにぼんやりと過ごした。
結局、高杉捕縛の話は聞かない。あれだけもたもたしていたら仕方ないだろう。
“役人だからこそ手がだせねェ”
そう言った沖田の言葉を思い出す。
「―――そうだよな。だからだよな」
銀時は呟いた。
煉獄関に連れて行かれて、自分はあの時何を期待したのだろうか。利用されただけなのに。
彼の信頼を得たと勘違いしたのだろうか。真撰組に、土方に内緒だと言う言葉に惑わされたのか。
彼だけは役人の型に嵌った人間ではないと思ってしまったのだ。
ぎり、と唇を噛み締める。
自分の身の内に居る獣が唸る声が聞こえるようだ。高杉の顔が過ぎる。
「定春だけで充分だっちゅーの」
押さえて過ごした幾日かの間にもこの感情は治まりを見せる事はなかった。
それどころか日々募るのを持て余していた。
銀時は目を閉じた。
その時、チャイムが鳴った。
「はい、はい〜っと」
ぼりぼりと頭を掻きながら扉を開けると、土方が立っていた。
「・・・何?何か用デスカ?」
銀時は敵意を隠そうともせずに彼を睨んだ。
「知ってると思うが、奴に逃げられた。あれだけ固めてたのに、だ。密通者がいるのだと思うが手掛かりが少なすぎるんで、目撃者を当たってる。・・・お前、あの日何処の店から出てきたんだ?」
「さて、何処でしょうね?色っぽい声に夢中で忘れちゃった。てか、今日は相棒は?」
土方の目は真剣そのものだった。
「お前、マジでしょっ引くぞ。まさか本当に高杉と会ってた、なんて事ぁねぇだろうな」
「何で俺が会うの?関係ねーだろ?疑われる理由がわかんねーよ。いいから沖田出せよ」
「あの時あのタイミングで手前があそこに居たって事が充分な理由だよ。隠すと為になんねぇぞ」
空気が震えるのが分かった。どうやら土方は本気のようだ。
「答えないと、どうなんの?」
「連行だ」
ふ、と土方は口の端を歪めた。
「そんなに総悟に会いてぇか?・・・会わせてやるよ。認めたくねぇがお前取り押さえられんのは俺と総悟だけだからな」
瞬間、銀時の死角から手が伸びて右腕を取られた。顔を見なくても分かる。沖田だ。
「そんなトコにいたの。やっぱ仲良しなんだね〜。俺、警察行ったら何喋るかわかんねーよ?お前等の事も全部喋っちゃうよ?」
「言え。洗い浚い吐かせてやる」
「・・・って事ぁ、取り調べもお前か?」
うんざりと銀時は言った。
「旦那、悪い事ァ言わねェ。誰を庇ってるか知らねェが正直に言った方がいい。この人実は俺よりSなんでさァ」
「余計な事言うな」
土方は沖田を睨んだ。
「沖田君、実は俺もSなんだよ」
言って、銀時は空いた手で素早く沖田の刀を抜いた。
まさか、という風に二人の目が見開かれる。銀時は笑った。
「二人掛かりでも無理だよ」
人質には迷わず沖田を選ぶ。ぴたりとその首筋に刃を押し付け、構える土方の目の前で銀時はじりじりと後退すると部屋の中に入り、扉を閉め鍵をかけた。
「・・・マジでかィ?マジでアンタ攘夷に関係してんのか?」
沖田は銀時を振り返りながら言った。
「・・・いいや。何か、正直に言っても信用されなさそうだから」
「馬鹿か、アンタ。こんな事したら洒落にならねェ!俺がちゃんと話聞いてやるよ!」
「―――じゃ、とりあえず一緒に逃げて」
銀時は沖田の腕を掴み窓を開けた。ひらりと飛び降りると屋根伝いに走る。
真撰組の面々が後を追って来るのが視界の端に映って、やがて消えた。
半分引き摺っていたとはいえ、沖田の足がなければ当に追いつかれていた筈だ。彼が自分で銀時に付いて来ることを選んだのだ。
とりあえず空家らしき建物の陰に身を隠すと、銀時は息を整えて沖田を見た。
「土方裏切ったの?」
「・・・ちげー。あの人は、旦那を疑わなくちゃならないのが嫌なんだよ。何だかんだ言ってアンタを認めてるからな。でも、そんな甘い自分を認めたくないと無理してるんでさァ」
沖田は銀時を見上げた。
「さあ、話してくれよ」
「――――あいつに好かれても嬉しくねぇよ。・・・お前は?」
「は?」
「俺は、お前は俺を好きなんだと思ってた」
この口から土方の話が出るだけで腹が立つ。
「―――・・・・」
沖田は銀時を見つめたまま、考えるように口を結んだ。
否定しないのなら、それでいい。
ぐいと腰を引き寄せると、その唇に自分のそれを重ねた。
女のように丸くも柔らかくもないけれど細い腰の、その感触に自分の体温が上がるのを感じた。
息を奪うように、唇を貪った。吸って、舐めて、舌を絡める。
沖田は苦しそうに固く瞼を閉じてそれに堪えていた。
互いの唾液が交じり合い、口の端から溢れる。それさえも惜しい気がして舐め取った。
次第に腕の中の身体が力を失い、銀時に体重を預けてくる。どくん、と心臓が音を立てた。
「―――旦那・・・、もう・・・、」
力の篭らない手で銀時を押し返そうとする沖田の懇願を無視する。その声にさえも煽られるようだ。
どのくらいの時間そうしていたか分からない。
唇を離しても、まだ欲求は治まらなかった。
「ねぇ、抱いちゃってもいい?」
髪に指を絡ませ、銀時は沖田の耳に囁くように訊ねた。
「・・・アンタ、自分の立場分かってんのかィ?」
「なんかもう、どうなってもいい気がする」
「高杉とは会ったのかィ?」
「うん」
沖田は銀時の腕の中で身体を強張らせた。
「騙されて呼び出されたんだよ。俺がお前等とツルんでるのか聞いてきただけ。・・・でもよぉ、お前等に言わなかったからコレ、幇助罪ってヤツになんるんだろうなぁ」
「・・・・だろうな」
沖田の顔を見ると、険しい表情を浮かべている。自分を心配しているのかという、自惚れが胸を過ぎった。
「問題はそれをどこまで信用してもらえるかだな。ヘタしたら仲間だと思われかねねェ・・・。疑い晴れるまでム所暮らしかもしれねェが、逃げ回るよりゃマシだと思うぜ?」
「・・・またかよ、面倒臭ぇ〜」
「言ってる場合かよ。俺も口添えはするけど、正直どこまで守ってやれるかわかんねェ」
「じゃ、逃げよ?」
沖田の髪に顔を埋めたまま銀時は言った。
「・・・らしくねェな、旦那」
「狂ってんだわ、俺。・・・ねー、土方とは何時からあんなコトしてんの?好きでしてんじゃないよな?」
正直自分でも手に負えない。先程から、血管が五月蝿い程にどくどくと身体の中で脈打っている。そんな場合じゃないのも充分承知の上で。
「あの人も今、ちょっとオカシイんでさァ。俺が勝手に煉獄関に探り入れたのが余程気に入らなかったらしいや。腹切れって言われた方がマシでィ」
あの男も発端は其処か。
銀時は沖田を見た。
この身体の何処に男を狂わせるものが潜んでいるのだろうか。
―――あるいは、この瞳にあるかもしれない。
極偶に見せる静かな決意に似た何かを浮かべる、黒水晶のようなその瞳。
吸い込まれるように顔を近付けたが、沖田の手に邪魔された。
「いい加減にしろィ。何で俺に欲情できんのかわかんねェよ」
「出来るんだよ、コレが。断言してもいい、お前狙ってるの俺や土方だけじゃねーよ。女みてーな面してあんなムサいとこいるなよ」
もう帰したくねぇ。
銀時は口の中で呟いた。
「・・・土方さんと似たようなこと言うなァ、ほんと。女顔だからデキるんだって。参るよなァ・・・。でも、本当は俺が旦那巻き込んだのを怒ってんだよ、あの人ァ」
「・・・・何?」
「もしかしたら、今なら正直に謝りゃ許してもらえるんじゃねぇかな。何にしたって、アンタは特別だから」
「・・・何言ってんだ、お前。何でそれであいつが俺を好きなんだって思えるワケ?反対だろ?」
土方も嫉妬したのだ。銀時に。
ぞくりと、悪寒に似た快感が背中を突き抜けた。
やはり気のせいなどではなかった。沖田が心を許したのは、銀時に対してなのだ。例えそれが無意識だとしても。
土方もそれが分かったから焦ったのだ。
「・・・でも、土方さんがアンタを認めてるってのは本当だから・・・」
「ああ、そうかもな。仮にそうだとしても、遅ぇよ。俺はあいつの敵だ」
沖田は訳が解らない、という風に眉を顰めた。
「お前が好きなのはあいつじゃねぇ。俺だ」
戸惑いをその目に浮かべ、沖田は視線を彷徨わせる。
「・・・だったらどうだって言うんでィ?逃げ回る理由にゃならねぇだろう・・・」
「抱く理由にはなる。いいか、二度と土方に抱かれんなよ」
腕に力を込めると、沖田は激しく暴れだした。
「―――止めろよ、アンタとはそんなの嫌だ!」
それがどういう意味なのか考える余裕もない。
銀時は辺りに人の気配がないのを確認して、建物のドアを開けた。埃だらけだろうが、崩れそうだろうが関係ない。
力任せに沖田の身体を床に押し付けた。
既に日は傾いて、西の空が黄昏色に染まっていた。
続
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・・・こんなの銀さんじゃない〜・・・。
と、呟きながら暴走が止まりませんでした。
何気に以前書いたものとかぶってますが、どうしてももう一度突っ込んでおきたくて。全く別の話なのでご了承下さい。最近本編で真面目な総悟見れないし・・・(寂)
アップを躊躇っていたら「いいから恥曝しとけ!」と土方さんに蹴飛ばされたのでアップしました。(←嘘(←当たり前(←てか、願望)))
気分を盛り上げる為にBGMはB’Zを聞きまくり。どこかいい加減でちょっと下品で切ない曲がもう、心に染みる・・・vvv
好きだ・・・vvv
ていうか、この決着どうなるの?誰か続き書いて下さい・・・(おい)