参
「あの男は信用しない方がいいでしょう」
そう言った内海に自分が答えたのは、
「お前は沖田君の事を何も知らないからな」
鼻で笑いながら告げたそれは、己の力量を完全に過信した言葉だ。
けれど、実際沖田総悟の事をどれだけ知り得たと言うのだろう。
身体を繋げただけで、どれだけの事を理解出来ると言うのだろう。
伊東は目の前に立ちはだかる沖田を見つめながらそう思った。
列車に揺られながら、伊東は溜息を吐いた。
向かいに座る、田舎者の純朴さを絵に描いたような男。
近藤を筆頭に、真撰組の連中が醸し出す雰囲気が嫌いで仕方なかった。
自分が薄汚い人間になったような錯覚を覚える。
だが、それは違う。
上に立つ人間は頭が良くなければならない。策略が出来なくてはいけない。
人が好いだけでは、下の者も守れない。愚かな大将に集った人間は哀れだ。
近藤がいい例だ。
頼りの手足をもいでやれば、こんなにもあっけなく終わる。
呪いに蝕まれている土方にも、本日刺客を送った。
伊東は江戸の町で、自分の配下に追われているであろう、土方を思った。彼はさぞかし絶望している事だろう。仲間に裏切られ、助けも来ず、一人死んでいくその姿。
ふと、それを想像した途端、伊東は不愉快な気分に捕らわれた。
「自業自得だよ」
軽く頭を振って、伊東は呟いた。
――――――君は、仕える人間を見誤ったのだ。
せめて、同時にあの世に送ってやろう。
伊東の目配せで、車内の隊士達が近藤を取り囲んだ。
「すまないね、近藤さん。君の味方は誰一人としていないよ」
憐れみの目で言った伊東を、近藤は見返した。
そして意外にも、大声で笑いだした。
気が狂ったのかと思った。
「あいつ等は味方なんかじゃねぇ、仲間だ」
はったりだと思った。
堂々と言ってのけた近藤に寒いものを感じ、伊東は立ち上がった。
が、それがはったりでも気の迷いでもないと気付いたのは、見張りをしている筈の沖田がこの車両に姿を見せたからだった。
「・・・沖田君、何をやっている?君は見張りの筈だが」
平静を装い、伊東は静かに沖田を振り返る。
「その人から離れろ」
沖田の目は、真っ直ぐに伊東を睨んでいた。
「言っている意味が分からないな。君の望みは何だった?」
「――――俺の望み・・・?」
苦笑を浮かべる伊東に、沖田も口の端を上げた。
「俺がアンタの言いなりになったのはな、今この場で、近藤さんをアンタから守る為だ」
「―――――・・・・」
伊東は思わず近藤を振り返った。
―――――近藤・・・、だと・・・!?
伊東は人が好いだけの近藤という男を侮っていた。
局長の名がなければ、気にも止めなかったに違いない。沖田の彼に対する忠誠など、存在しないものだと思い込んでいた。
「その人の前ではなァ、土方もアンタも、俺の感情なんてもんも塵みてェなモンなんだよ」
「君は・・・、土方君を恨んでいたのでは・・・」
「言ったろィ?俺の憎しみなんて屑なんだよ。土方が副長に相応しくねぇんなら、何時でも俺がたたっ斬ってやらァ」
「―――――では・・・、土方君を斬らないのは、彼が副長に相応しいからだと・・・?」
「今の所は」
刀を抜いて立つ沖田に、伊東は背筋が寒くなるのを感じた。
「もう一つ教えてやろうか?」
沖田はにやりと、口の端を上げた。
「戦場では、殺気は消すもんだ」
「!?」
一瞬で背後に移動した沖田に、伊東は為す術もなく立ち尽くした。
咄嗟に内海が庇ってくれなかったら、斬られていたかもしれない。
聞きしに勝る、戦い振りだった。
――――周りが振り返るほどの殺気を放っていたのは、土方に攻撃を避けさせる為・・・。
気付いた伊東は呆然とした。
恨みや憎しみではなく、信頼を向けての刃だったのだ。
「・・・だが、沖田君、君が近藤さんを選んだせいで、土方君はもう生きてはいないだろう」
「どうかなァ。あの人相手じゃ、呪いも裸足で逃げ出しやすぜ」
瞬間、唇が震えだすのが分かった。車の音が、そしていない筈の男の声が耳に届いたのだ。
―――――土方が、来た。
沖田の裏切りが、彼等の信頼が信じられない。
「――――残念だが僕の方も、最強の切り札は取ってあるんだ」
伊東はそう言うと、扉を開けた。
信じられなくても、現実だ。どんなに惜しくても、手離さなければならない。
裏で手を繋いだ高杉の配下、鬼兵隊が列車をバイクで取り囲んでいた。
これだけの後ろ盾があるから、沖田を引き込んだのだ。彼を死なせたくはなかった。
十数人の敵に囲まれ、沖田は黙ったまま、逃げようとする伊東を見つめている。
伊東は眉を寄せて、そんな沖田を見つめ返した。
これが彼を見る最期かと思うと胸が痛んだ。
考え直せ、とは言えない。自分に組みしない者は一掃する。もっと、大きなものを手に入れる為に。
「沖田を粛清しろ」
静かに言い、伊東は鬼兵隊のバイクに飛び移った。
彼が命を賭けて守る近藤。
彼が信頼する土方。
それを、羨んでなどいない。
奴等は皆同様に、愚かなだけだ。
口の中で繰り返し、伊東は姿を見せた土方に向かって行った。
続
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終わらなかった!短いけど、書いた所まで上げちゃいます!
しっかし、分厚いフィルターかかってんな、私の目(笑)変える変える。ストーリーもどうにもならないから変えちゃった!!これはコレ、アレはソレで(?)