俗に言う、接待というヤツだった。
面白くも何ともない、偉そうな態度の相手の話を聞いて笑う。頭を下げる。
土方が最も嫌う仕事だった。
局長不在に誘いが入ったのだ。不運としか言いようがない。
それでも何時もより機嫌が悪くないのはきっと、隣に座る女のせいだ。
最初に、にっこりと笑って頭を下げたきり、言葉を発さない。水商売としては向いてはいないのだろうが、この場で、土方はそれに救われていた。でしゃばらない女が好きだった。顔もかなり好みの部類だ。
「土方、もう飲まんのか?」
訊ねられ、土方は首を横に振った。
「いえ、私はもう・・・」
「女、もっと勧めんか」
土方が断ったせいで、女にとばっちりが来た。助け舟を出そうと土方が口を開いた時、
「じゃあ、ドンペリいきやしょうぜ。ドンペリ」
聞きなれた声が聞こえた。確かに、隣から。
「・・・・・・・・」
土方は信じられない思いで女の顔を見つめた。
「・・・・・・総悟・・・、か?」
髪型も違うし、化粧もしている。はっきり言って、全く気付かなかった。
土方は無言でその腕を掴むと、トイレへ連れ込んだ。
「お客さん、まずいですよ」
「やかましい!手前、ここで何してやがる!?」
「聞いてないんですかィ?潜入捜査だよ」
「聞いてねぇよ!!」
シッと、沖田は土方の口に指を当てた。
「山崎の情報です。ここに高杉の女がいるかもしれないって。流石に山崎じゃ潜り込めないから、俺が変わったってワケでさァ」
「何だと!?」
土方は自分が緊張するのが分かった。
「何で俺に言わねぇんだ?そんな大事な・・・」
「局長には了解を取りやした。土方さんに言ったら反対すると思ったからね。ここで会うのは予想外だったけど・・・いやすぜ」
「確かなのか」
「確かです」
沖田はしっかりと頷いた。
「良くやった。誰か教えろ。捕まえてやる」
「それじゃ意味ねぇんだって。何の為にこんな事してると思ってんですかィ。女捕まえても、高杉の居場所聞き出せなきゃしょうがねぇだろ。今夜、それとなく聞いてみるから。女なら相手も気ぃ抜くってもんだ」
「そりゃそうだが・・・。お前も気ィ抜くなよ」







「おうのちゃん、いつも誰に手紙書いてるの?」
我ながら、こういう趣味があるのではないかと疑うほど女装に違和感がないと思う。いっそのこと監察方に回してもらうかという考えが頭を過ぎるが、やはり嫌だと思い直した。
「あんた・・・、新入りの・・・」
びくっと振り返り、疑うように沖田を見るおうのという女は、かなり用心深そうだった。
「いい人がいるんだって?お金持ちなら友達でも紹介してもらおうと思って」
「・・・何でそんな事、あんたが知ってるの?」
手紙を盗み見たから、とは言えない。彼女は頭も切れるようだ。
「噂で聞いたから。お店には絶対呼ばないけど、いい男を隠してるって」
「・・・・・そんなの、根拠もない話だわ。それよりあんたが今日相手してたの真撰組の土方でしょう?」
「そうなの?知らなかったなぁ」
沖田はとぼけてみせた。この調子では直接情報を聞き出すのは無理かもしれない。やはり、連行するか――――。
仕事が終わったら連絡を入れる手筈になっている。沖田はちらりと時計を見た。
「二人で厠篭ったりして、あんたこそ土方の女なんじゃない?捕まえといて損はない相手ね」
羨ましい、と呟きながら、その目は少しもそうは思っていない目だ。
やはり、今夜土方と接触したのは不味かった。
早いほうがいい―――沖田は判断すると、「お先に」と言って店を出た。







少し歩いてから電話をしようと思っていた時、不意に暗闇から手が伸びて、沖田の喉を捕らえた。
「―――――っ」
「お前か。おうのを探ってる奴ってのは」
低く響く声に、沖田はぞっとした。
まさか・・・。
こんなに早く現れるとは思ってもいなかった。一体何時連絡を取ったのだろう?何時気付かれたのか。
暗闇の中、男の目だけがぎらぎらとこちらを見据える。
「悪いが、あの女には疑わしい奴がいたらすぐ知らせるように言ってるんでね。天人のお陰で携帯なんて便利なモンもあるしな。俺が近くにいなかったら別の奴がお前の喉を掴んでただろうよ」
携帯。
沖田は自分の懐にあるそれを思い出した。見られたら、自分の命はないだろう。
思った以上におうのは良く出来た女らしい。完全に上手を行かれた。
「お前は誰の女だ?言え。大方幕府方に雇われたか、真撰組の幹部の女か・・・」
しかし、この男にしても、はっきりとこちらの正体を知っている筈はない。ほとんど勘のようなものだろう。
とぼけられるか、いや、誤解と分かっても殺されるかもしれない。
沖田が口を開こうとした時、
「お前、男か―――」
相手が言った。
沖田は思い切り男を蹴飛ばした。
不意を付かれてよろける黒い影。
「高杉晋助だな」
刀がない。沖田は舌打ちした。この場はかなり、不利だ。
「ふぅん。やるな、おうの。大当たりだ」
舌なめずりせんばかりの高杉の目に、沖田は悪寒を感じた。これほどの恐怖を人間に感じるのは、初めてかもしれなかった。
何でもいい、とりあえず武器を。
暗闇に目を凝らし、沖田はぎょっとした。道端に転がるのは・・・死体だ。
自分の手が震えるのを感じた。その死体は、真撰組の隊服を着ている。
「・・・仲間か?数人潜んでたよ。皆息してねぇがな」
手遅れなのだ。大方土方が念の為に配置してくれたのだろうが、これでは言い訳も何も通らない。完全にこちらの正体までも知られてしまっているという事だ。
「どっちにしろ、ヤルしかねぇって事だ」
沖田は死体からと刀を抜くと、高杉に向き直った。
高杉は、だらりと刀を下に下ろしたまま、笑みを浮かべている。その刀身にはおびただしい血が付いていた。
化粧のせいで鼻が利かないのだ。着物もかなり、邪魔だ。
先手必勝と、沖田は相手に得意の突きを繰り出した。
高杉はそれを避けたが、着物の袂をすっぱりと切られ、目を見開いた。
「やるなァ」
話をする余裕も、聞く余裕もある筈はない。沖田は次々と攻撃を続けた。
「強ぇじゃねぇか。・・・一番隊長・・・、沖田、だな」
高杉は巧く攻撃をかわしながら、にやりと笑みを浮かべた。
「!?」
瞬間、沖田は背後に殺気を感じて振り向いた。その一瞬の隙に、高杉は攻撃を仕掛けてきた。背中に衝撃を受け、沖田はその場に崩れ落ちた。
おうのの冷たい目が沖田を見下ろす。
「安心しろ。峰打ちだ。・・・なんつってなァ」
高杉の嘲る笑い声が、意識を手放す沖田の耳に響いた。




背中の痛みで目が覚めた。峰打ちだと言ったのは本当だったらしい。が、状況は最悪だった。
瞼を開いて直ぐに飛び込んで来た高杉の顔に、沖田は絶望的な気分になった。
「次の標的は真撰組で決まりだな。手始めにお前の首を送り付けて、平から順に殺ってくか」
「やってみろィ。でもな、大将はお前にゃ獲れねェよ」
目が慣れてきて観察すると、其処は小奇麗な部屋だった。どこかの宿かもしれない。
「どうしてだぁ?」
「あの人ァ、ばかだからな。知らねぇかィ?ばかってのは最強なんだよ」
知ってるよ、と言って、くくく、と高杉は喉を鳴らした。
「お前みたいに若くて小さいのにやられてたなんてなァ、沖田ってのはどんな鬼かと思ってたよ」
じろじろと無遠慮な視線に曝されて、沖田は居た堪れない気持ちになった。けれど、視線を逸らしたりはしない。手首と足首をがんじがらめに縛られた状態でも、はったりで余裕の笑みさえ浮かべてみせる。
もともと、自分の命なんて勘定に入っていない。
「面白くねぇよなァ。どうしたらすっきりするかわかんねぇ。ただお前殺してもつまんねぇだろ?どうしたら俺の中で暴れてるヤツが治まるんだろーなァ」
「そりゃ気の毒だ。俺ァ、楽しいぜ?面白いことなんざ世の中一杯でさァ」
「幕府にいいように使われて楽しいか。目出度ぇヤツらの集まりだな、真撰組ってヤツぁ」
「指名手配されてこそこそ逃げ回ってりゃ、そりゃ腹の虫も騒ぐってモンでさァ。いっそ捕まってみりゃ治まるかもしれやせんぜ?安心していい。腹くらい切らせてやるよ」
高杉はじろり、と沖田を見た。
「この状況でその余裕か。面白くねぇよ、本当」
沖田ははあ、と息を吐いた。
「どっちみちもう帰れねぇのは分かってるよ。好きなようにしてくれィ。ただ、この首送ったって何の意味もねぇけどよ」
「そーか?」
言って、高杉は急に沖田の顔をぐい、と掴んだ。
「お前、幕府裏切れるか?天人も殺して―が、一番目障りなのはあいつらだよ。仲間売ったんだぜ?お前等も簡単に捨て駒にされるぜ?」
「・・・知ってるけどよ、俺が頷くとでも思ってんのかィ?」
「今、お前の牙が見えた。お前の大事なモン奪ってやりゃ、考え変えそうだ」
「そんなもんねぇよ」
「真撰組か」
沖田は目の前の男を見つめた。弱みを握られた所で、高杉にどうすることも出来ない筈だ。近藤は簡単にはやられない。自分が死んでも真撰組は変わらない。
「近藤に刺客を送る。お前が黙って俺の言う事聞きゃ、手は出させねぇ」
「近藤さんはそんな簡単にゃくたばらねぇって言っただろ。俺ァ、チクるぜ」
「俺の事を一言でも話したら、即殺す」
「出来るわけ・・・」
ない、と言いたかったが、高杉の目を見ていると後の言葉が続かない。
「商談成立か」
どこが商談なのか。一方的に脅されているだけだ。
「俺がいいと言うまで死ぬなよ。お前の命は今から俺のものだ」
そう言って、高杉は楽しそうに笑った。狂気を含むその声に、沖田は身を震わせた。












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全然高×沖じゃないや〜。どうすりゃいいんだ?これ?(←聞くな)