罠 弐





生きて帰れるとは思っていなかった。
「高杉のヤツ、案外頭悪ィな」
沖田は苦い笑みを浮かべた。
「総悟!!」
振り返ると、土方がこちらに向かって走ってくる姿が見える。
「―――無事なのか?」
その土方の顔を見ると、意外と自分が死んだら影響があるのかもしれないと思う。この人に関しては。
「この通り」
沖田はおどけたように両手を広げて見せた。
「お前、何処に隠れてたんだ?この二日間総出で探してたんだぞ?」
二日・・・。
気が遠くなりそうだった。そんなに経っていたとは・・・。
「・・・すみませんでした。俺の不徳でさァ」
「そんな事はいい。もう手遅れかと思って・・・、俺は・・・」
「とりあえず、屯所帰っていいですかィ?話はそれから・・・」
高杉のいた宿の場所は分かるが、もぬけの殻だろう。何よりもまだ、迷っていた。
全て話すべきなのだろう。今、この場で土方に言ってしまえば誰にも分からない。
けれど――――
そう思った時、土方の後ろにいる男に気が付いた。
「・・・その人は?」
「ああ、新入りだ」
「こんな時期に?」
「山県京助です。よろしくお願いします」
沖田が男に視線を向けると、彼は頭を下げた。




「折角色っぽい格好してるんだしな」
言いながら、身動きの取れない自分に圧し掛かってきた男の顔を思い出し、沖田は口元を押さえた。
軽い口止めだ、と彼は言ったが、その効果は充分だった。殺されていた方がマシだった。
「俺が店出た時はもう手遅れで、皆転がってました。俺は後ろからやられて、でも何とか逃げ出せたんでそのまま隠れてたんですが、どうやら気を失ってたみたいです。・・・面目ねぇ」
神妙に頭を下げる沖田に、近藤も土方も何も言わなかった。ただ、ゆっくり休めと、部屋を出ようとする沖田に言っただけだ。
早々に部屋に篭ったが、寝付けなかった。
体を這い回るごつごつとした男の手の感触がまだ残る。ねっとりとした舌の感触も、風呂に入っても拭えはしなかった。
手足の自由を奪われた自分をあの男は弄んだ。何度も貫かれ、「止めてくれ」と情けない懇願を洩らした記憶は脳裏に張り付いて消えてくれない。
「なかなか、イイ具合だなァ」
高杉の声が間近に聞こえ、沖田ははっと目を見開いた。
何時の間にか眠っていたらしい。時計を見ると、二時間しか経っていない。夜明けは遠い。
「畜生、あいつ・・・」
呟いた言葉に、返事が返ってきた。
「変な考えは起こさない事ですよ」
沖田はがばっと身を起こすと、襖の向こうを見た。
「私は反対したんです。あなたを逃がすことを。けれどうちの大将は酔狂でね」
「らしいィな」
新入りの、山県とかいう男だ。
「私はあなたの見張りですが、刺客は別にいますからね。・・・こんな事に時間を割いてる暇はないのですが、真撰組を止めておければ確かにやり易くなる。あなたはその為に生かされてるんですから、肝に銘じておいて下さい」
「・・・・・・・」
「あの人は怖い人だ。仲間は大事にするが、敵には容赦ない。良く分かったでしょう?」
「・・・分かったから、出てってくれィ」
「あなたが賢い人で良かったですよ」
山県は微笑んで静かにその場を去った。




数日間は何事もなかった。土方はあれから目の色を変えて高杉を探していたが、やはり手掛かりは掴めなかったらしい。おうのも、既にあの店を辞めていた。行動の素早さは流石としか言いようがない。
次は、様子を見るなんて甘い事は言っていられない。土方はそう言った。
相変わらず夢に出てくる高杉の姿にうなされて、沖田が明け方目を覚ました時、にわかに屯所内が騒がしくなった。
「何かあったんですかィ?」
「監察から情報が入った。今夜の幕府の会合が狙われてるってよ」
「マジですかィ?」
ちらりと見ると、山県の顔色が僅かに変わった。
―――確からしいな。
出陣の準備を始める隊士達に紛れ、山県が声を掛けて来た。
「様子を見ながら、嘘だと言いなさい。デマの情報だと」
沖田は返事をせず、彼に背を向けた。
そのまま、土方へと向かう。
「近藤さんは?」
「今、山崎から詳しい話を聞いてる。首謀者は高杉らしい。やっぱこの辺うろついてやがったな。あいつ、今度こそ息の根止めてやらぁ」
仲間がやられたのだ。殺気立って当然だろう。沖田だって敵を討ちたくて仕方ない。
沖田は山県に目を留め、しっかりと見据えながら口を開いた。
「その情報は確かですぜ。しっかり人数揃えた方がいい」
「そいつを捕まえろ!!」
土方は踵を返す山県を指差して叫んだ。
はっと、沖田は土方を見た。
「―――土方さん・・・」
「知ってる。言うな。お前がどんな目にあったのか、大体想像できる」
沖田は俯いた。
これだけの人数相手に流石に敵わなかったのだろう、山県は両腕を拘束された格好で、土方の前に連れて来られた。
「しっかりした紹介状と入ってきた時期が気に入らねぇ。最初からお前を睨んでたよ」
「そうですか。嫌にあっさり入れたから変だとは思ってましたが」
山県は笑った。
「今夜、片が付くまでここに居てもらおう。高杉と一緒に処分してやるから待ってるんだな」
その時、近藤の叫び声が響いた。
「トシぃぃぃぃっっ!!!にんじゃ!忍者がいたっ!命狙われちゃったよ!!」
「で?」
「滅茶苦茶に刀振り回したらとりあえず逃げてった!!でもまた来るってぇぇぇ!」
「そーか」
土方は煙草に火を点けながら、無事で良かったじゃねぇか、と言った。
沖田は笑いを止めることが出来ず、肩を震わせた。
「大丈夫なんだよ。何言われたか知らねぇが、真撰組はやられやしねぇんだ」
「そうでした。ちょっとだけ、忘れてました」



「だから近藤さん、忍びの奴ら逃がしちゃマズイっつたんだよ」
「だってトシ、あいつらむちゃむちゃ強ぇぜ?俺なんか斬られちゃったモン」
そう言って近藤が見せた人差し指には、赤い線が一筋。
「斬られた内に入るか、そんなの」
今夜の捕り物の雲行きが怪しくなった。
真撰組にバレたと知った奴らがのこのこ現れるとも思えないが、こちらには人質がいるのも確かだ。
浅くない傷を付けられた借りは必ず返す。
本当は、行方不明の間沖田に何があったかなど知らない。高杉に会ったかさえ定かではない。
「総悟がそう言うんだから、そうなんだろうよ」
近藤が少し困ったような顔をして言ったので、土方は頷いた。言いたくないことを無理に聞き出す趣味はない。
タイミング良く紹介状を持った隊士希望の男が来た事といい、うなされる声が沖田の部屋から漏れる事といい、何かあると察するには充分だった。
「貴方は・・・、幕府に付くには勿体ない方ですね」
不意に山県が口を開いた。
近藤と沖田率いる一番隊を幕府の護衛に向かわせて、土方は山県の見張りをしていた。
「どうせならあの人も、あんな若造じゃなく貴方にすれば良かったのに。・・・・でも、無理ですね。貴方は敵にしかならない」
「分かってるじゃねぇか」
「もう一つ。あちらへは、貴方が行くべきでしたよ」
「―――――何?」
突然、外で隊士達が騒ぎ出した。
「・・・どうした!?」
土方は山県から目を離さず外へ声を掛けた。
「副長!火です!道場から火が!!」
「消せ!俺ぁここから離れるわけにゃいかねぇんだ!原田はどうした!?」
「隊長方は真っ先に消しに行ってますよ!・・・でも、消えません!」
山県は、口元に笑みを浮かべながら、
「油を使うと、火は消えにくい。手足はいくらあっても動きませんよ?頭がなけりゃ」
「―――クソッ」
土方は、無駄と思いながら山県を柱に縛り、絶対動くなよ、と言って部屋を飛び出した。
「まだまだ、甘い、甘い――――」


鎮火して戻ると、案の定山県の姿は其処にはなかった。
「―――また、やられたか・・・!」
土方は苦々しく吐き捨てた。
しばらくして、近藤達が帰って来た。
「現われなかったよ・・・」
「だろうな。野郎、ちょろちょろと・・・」
土方はどっかと胡座をかき、ふと、近藤の様子に首を傾げた。
「どうした?」
「総悟は・・・、帰ってないのか?」
「総悟が、どうした?」
「・・・・消えた」










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う〜ん。また伸ばしてしまいました。
私って、誰と絡ませても土方は出したい人なのね〜。
ていうか、三角関係が異常に好きなんだな(汗)


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