再会











見覚えのあるその姿を見つけた時、鼓動が激しくなった。
その姿は着物が違うせいか、記憶にある派手な印象はなく、どこか静かな、落ち着いた雰囲気だった。
暗闇の中、何時からそうして此方を見ていたのだろうか。
沖田が気付くと、彼は笑みを浮かべた。
その笑みに誘われるようにふらりと、沖田は彼の元へ歩み寄った。
「―――――高・・・、杉・・・」
「・・・元気そうだな」
高杉の手がそっと頬に触れ、沖田は体が強張るのを感じた。
「・・・どうして・・・」
「ん?江戸でやる筈だった事が出来なくなったんでね」
「また、何かしでかすつもりなのかよ」
「そのつもりだったんだがなぁ」
検問の真っ最中。
今は夜で、真撰組も人数が少ないとはいえ、堂々と彼が姿を見せた事に沖田は驚いていた。
「折角此処まで来たから、顔を見に来た」
「――――何寝ぼけた事言ってんでィ」
するり、と高杉の指が頬を滑る。
「そんな震えてちゃ、俺は捕まえられねぇよ?」
「――――」
二度と、会いたくなかった。
こんな風に無様な様を晒す事になると分かり切っていたから。
今は、沖田に高杉を捕らえる事は不可能だった。
「――――沖田隊長!」
突然後ろから声を掛けられ、沖田はびくりと肩を揺らした。
そして、高杉を背に隠した。
「今夜は駄目ですね。志士の奴等すっかりなりを潜めてます」
「ご苦労さん。もう少し辛抱してくれィ」
沖田の背後にちらりと視線を走らせ、隊士は敬礼すると現場に戻った。
「・・・嵐の前の静けさってやつかィ?」
「だから、その前にお前等に嗅ぎ付けられたんじゃねぇか。嵐は来ねぇよ」
「――――真撰組が?」
その話は、沖田の知らない所だった。
目を見開いた沖田を、高杉は見つめた。
「本気で知らねぇのか。・・・ああ、俺に関わる話は聞かされてねぇんだな」
「――――・・・」
沖田は言葉を失った。
「お前が俺を庇うとは流石に驚いたな。・・・でもよぉ、あいつ、絶対気付いたぜ?」
「え・・・?」
沖田が驚いて振り返ると、先程の隊士が此方を見ながら電話をしている所だった。
「・・・いいか、シラ切り通せよ」
そう言い残して、高杉は身を翻した。
その穏やかな瞳は、出会ったばかりの頃の彼とは明らかに違う。
そして、自分も。
高杉に対する恐怖も憎しみも、既に沖田の中からは消え失せていた。




「攘夷志士らしき人物を見たと、連絡があったんだが」
駆けつけた土方は、真っ直ぐ沖田に向かうとそう言った。
本当に沖田以外は高杉が江戸に居る事を知っているのだ。
「――――マジでかィ?」
高杉に言われた通り惚けた演技を見せると、土方は眉を顰めた。
「・・・いや、お前が知らねぇならいい。・・・誤報なら、その方が・・・」
最後の方は独り言の様だった。
土方もまさか、沖田が高杉を庇うとは夢にも思わないのだろう。
沖田が彼を庇ったと知った時、土方はどんな顔をするのか。
考えるだけで冷たいものが背筋を伝う。
けれど、間違いなくこの時点で沖田は土方を、真撰組を裏切っているのだ。


土方は沖田をそっと覗った。
“本当に高杉に酷似していました”と、必死に訴える隊士の言葉のせいだけではない。
上手く隠したつもりだろうが、分かる。
――――沖田は高杉に接触したのだ。
二度、沖田は高杉に捕らえらた。
その時の己の心情は今思い出してもぞっとする。
他の全ての業務を停止して、近藤の静止の声も聞かず、一隊士の捜索に真撰組全員を駆り出した。
もしも沖田が無事に戻らなければ、戦争を起こしかねない勢いだった。
私情でそこまでしてしまう自分が恐ろしいと思う。
それでも、沖田が生きて戻っても、憤りは治まらない。高杉を許す事は出来なかった。
沖田と彼の間に何があったのか・・・。
沖田からは何一つ聞き出す事は出来なかったが、考えるだけで気が狂いそうだ。
もしかしたらもう一度、高杉は沖田に接触するかもしれない。
絶対あって欲しくないその状況を予想して、沖田を見張らせておいたのは正解だった。
性懲りもなく高杉は姿を見せた。
沖田がそれを隠す理由は一つしか思い当たらない。
また、つまらない脅迫を受けているのだ。
沖田を今度こそ本当に守り切る為には、全てを知らなければならない。
土方はそう心に決めると、沖田に近付き耳打ちした。
「今夜、話がある」
瞬間、沖田の顔が強張ったのには気付かない振りをした。




屯所に戻ったのは、朝ともいえる時間だった。
沖田は私服に着替え、土方がこの部屋を訪れるのを待った。
自然、溜息が零れる。
話の内容は決まっていた。今夜有った事を聞かれるのだ。
高杉に会った事は何が何でも隠し通さなければならない。
そう思った自分に呆れ、再び溜息を吐き出した。
――――自分でも自分が解らない。
好きとか嫌いとか、許すとか許さないとか、そんな問題ではなかった。
敵も人間だと気付いてしまったのだ。
同じ様に悩み、悲しみ、熱い血を流す、人間だった。
「・・・無事、かなァ・・・」
口の中でぽつりと呟いた時、部屋の襖が開いて土方が姿を見せた。
「待たせたな」
「・・・・話って、何ですかィ?」
土方は部屋の真ん中に胡座を斯くと、沖田にも座るように言った。
少し躊躇った後、沖田は言われるがままに土方の前に座る。叱られる子供みたいで嫌な気分だった。
「単刀直入に聞く。今度は奴に何を言われてる?」
「―――――・・・・え?」
沖田は目を瞠った。
「お前が奴に会ったのは見れば解る。今度は何を盾に脅されてるんだ?」
「・・・・・」
沖田は自分の手が震え出すのに気付いた。
既に土方の中では高杉と会った事は事実として受け止められてるのだ。
「・・・俺ぁ、余程信用ねぇんだな・・・」
ようやく、乾いた笑いと共にその言葉を吐き出した。
「お前のいざと言う時の頑固さはよく解ってるよ」
「・・・俺は、土方さんが何の話してるのか分かんねぇ」
こんな時、もっと頭が良ければいいのに。と、沖田は思う。
それともいっそ、全て話して断罪されたい。
「――――総悟」
静かに名前を呼ばれ、沖田ははっと土方を見た。
「俺はもう二度と、同じ過ちを繰り返したくねぇんだ」
その、怒りさえ滲んだ真剣な瞳を見つめ返し、沖田はごくりと唾を飲み込んだ。
土方は過ちなど犯してはいない。全て、沖田自身による過失だ。
土方があれだけの勢いで捜索してくれなかったら、沖田が今こうして此処にいる事もなかった。
「もう二度と、お前を失いたくねぇんだ」
「――――土方・・・、さん・・・?」
眉を寄せ、土方の言葉を頭の中で繰り返した時、どくん、と心臓が脈打った。
――――――どうして、気が付かなかったのだろう。
苦しいくらい、心臓が音を立て始めた。
握り締めた手に汗が滲む。
高杉の元から帰り着いた沖田を迎えた時の、土方の顔が蘇る。
何故、それを当たり前の様に思ってしまっていたのか。
「総悟、俺はお前が大事だ」
――――――どうして、もっと早く気が付けなかったんだ。
沖田は固く瞼を瞑ると、俯いた。
身体を固くしたまま黙り込む沖田の肩を、土方は掴んだ。
「話してくれ」
何故、この人を裏切るような真似をしてしまったのか。
暗闇に突き落とされるような感覚だった。
「――――何も、ない・・・。俺は誰にも会って・・・、ない」
「――――――・・・・」
土方は言葉を失い、頑なな沖田を見つめた。
「―――――高杉は、どんな奴だ・・・?」
「・・・・・」
沖田はおそるおそる顔を上げ、土方を見上げた。
「それも言えねぇのか?」
「・・・寂しい、人・・・でさァ」
しかし、言った途端土方の頬が引き攣ったのに、沖田は息を呑んだ。
「――――解った」
呟いて立ち上がった土方に、沖田は思わずしがみ付いた。
「――――土方さん!」
自分でも何を言うつもりなのか解らなかった。
「俺は二度と此処から消えたりしねぇ。二度と土方さんに心配掛けない。だから――――・・・」
信じて欲しい。今は、見逃して欲しい。
その言葉はあまりに都合が良すぎて口に出来なかった。
高杉は斬れない、でも真撰組にいたい。
そして、土方も失いたくない――――――
自分勝手過ぎて、何一つ土方に伝える事など出来ない。
彼の着物を掴んだまま立ち尽くす沖田に、土方は睫毛を伏せた。
ほんの数秒の間の後、その唇が沖田のそれに触れた。
「―――悪い」
土方は直ぐに沖田から離れ、視線を合わす事もなく部屋を出て行った。
彼が謝る必要など何もない。
部屋に残された沖田は唇を噛み締めた。

















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ストイック土方。
またもや、続きものにしてしまった・・・。続き、か、書けるかしら・・・(滝汗)こんなんばっかね、私。