再会 -2-





土方の唇の感触が残る自分のそれを、そっと指先で辿った。
胸が締め付けられるような感覚が沖田を襲う。
もう、迷う事など許されない。何より自分で自分が許せない。
散々攘夷志士を斬り捨てて来たのだ。今更偽善者を装う事は過去を、真撰組を侮辱する行為に等しい。


二度と、土方を裏切る真似はしない。
彼の事は、忘れるのだ。彼は、敵だ。
脳裏にこびり付いた高杉の顔を振り払うように、沖田はきつくきつく、瞼を閉じた――――。








パトロールを終え、帰路につこうと思った時だった。
子供が一人、道の真ん中で泣いていた。
「・・・どうした坊主、迷子かィ?」
沖田は声を掛け辺りを見渡したが、行き交う人々は好奇の眼差しを向けるだけで関わって来る者はいない。
「家、何処かわかるのか?」
子供は泣きながら首を振った。当たり前だ。分かっていたら迷子になどならない。
正直子供が得意ではない沖田は溜息を吐いた。
隊士の一人を呼び止める。
「迷子だってよ。警察署連れてってやってくれィ」
同じ警察でも管轄が違う。本音は厄介払いのつもりだった。
「分かりました」
隊士は頷くと、子供の手をとろうとした。が、子供はさっとその手を避けると、沖田の服の裾を掴んだ。
「――――何でィ」
「にーちゃんが、いい」
小さな声でそう言って、子供はまた泣き出した。
何を言っても泣き止まず、服を離そうとしない子供に業を煮やした沖田は
「分かったよ」
そう言うと、子供を抱き上げた。
「俺ァ、これどーにかしてから帰るから。土方さんに言っといてくれィ」
「・・・分かりました」
頷きながら、隊士は心配そうに沖田と子供を交互に見た後、二人に背を向けた。
「・・・さて、どっちから来たかくらい覚えてんだろ?」
沖田の問いに、子供はしっかりと頷いた。
「あっちだよ」
「・・・・・」
急に泣き止み、しっかりと道の向こうを指差す子供に、沖田は眉を寄せた。
一抹の不安を感じながら、子供の言う通り歩いたが、次第に人影がなくなっていくのに気付いた。
「・・・お前・・・、本当に迷子か?」
疑う余地などないほんの小さな子供に、不気味なものを感じる。
ゆっくりと、抱き上げた子供の顔を覗き込んだ沖田は言葉を失った。
先程まで確かにあった無邪気さが感じられない。
彼はひょいと沖田の腕から飛び降りると、真っ直ぐ一つの建物に駆け込んだ。
「―――――・・・」
追うべきか、そうでないのか迷った。
その時、建物の中から先程の子供の悲鳴が聞こえた。躊躇いが掻き消える。
が、飛び込んだ瞬間、沖田は確かに後悔した。
「――――やっと、来たか」
夕暮れの闇が迫る薄暗い室内の中振り向いたのは、二度と会わないと誓った人物。
「・・・さっきのガキは、どうしたんでィ?」
「そこに居る」
驚いて振り返る沖田の前で、四歳にも満たないだろうその子供は扉を閉めると、外から鍵を掛けた。
「―――――こりゃあ、土方さんでも騙されるだろうなァ・・・」
自分の立場も忘れ、沖田は感心の溜息を吐き出した。鬼兵隊が農民や町民、女でさえ拒まない集まりなのは知っていたが、まさかあんな小さな子供まで訓練されているとは。
真撰組がてこずるのも仕方がないと思える。
「こうでもしなきゃ、手前は隙見せねぇだろう?」
部屋に響くその低い声に、沖田はぞくりと身体を震わせた。
「・・・俺を、どうするつもりだよ?」
「どうもこうも」
く、と喉を鳴らすと、高杉は沖田に近付いた。
その思惑は半ば予想はしていた。沖田は息を吸い込むと、すらりと刀を抜いた。
「こないだ見逃してやったのが最後だ。今度は容赦しねェ」
冷静に身構える沖田の前で、高杉は笑みを消した。
「・・・何かあったのか?」
「――――え?」
沖田は目を瞠った。
「前会った時、お前は警戒すら見せなかった。それで今日はその異常な殺気か・・・」
考え込むように顎に手を当て、高杉は再び口を開いた。
「裏切りが、ばれたか?」
「―――――裏切ってなんか、いねェ!」
弾かれたように沖田は高杉を睨み付けた。
「俺は真撰組を裏切らない!お前は敵だ!今日は――――、斬る・・・!」
振り絞るように、自身に言い聞かせるように言葉を吐き出す沖田に、高杉は余裕の表情を崩さない。
「随分必死だなぁ。・・・やっぱり、あながち俺の勘違いでもなさそうだな」
「・・・・・?」
沖田は眉を寄せて、柄を握り直した。
「お前も俺に会いたかったんだろう?」
「―――――っ!」
すぐさま否定しようと思い口を開いたが、言葉が出て来ない。
思いを口に出せないほど、自分が激しく動揺していると悟った沖田は愕然とした。
「・・・元に戻れるかわからねぇから、死にたい、とお前は言ったな」
「・・・・・・」
二度目に捕らわれ解放される時、高杉と別れ際に交わした会話だった。
本当に、あの時あの場で殺されていた方がどれだけ良かっただろう。
敵を斬れない侍は侍じゃない。武士ではない。刀を持つ資格などない。
守りたいものの存在すらあやふやな今の自分は、真撰組に居る価値すらない。
「いいぜ」
高杉は笑って、沖田を見た。
「斬れよ」
「―――――・・・」
「正しかろうが間違ってようが、馬鹿みてぇに一つのもんを信じてるお前等が、俺も嫌いじゃねぇ」
――――――高杉・・・・!
じっとりと手に汗が浮かぶ。
何故、こんな形で出会ってしまったのだろう。
もしも真撰組を知らなかったら、この人の為に命を賭けれただろう。
「・・・もう、最後にする」
身動き一つ出来ないでいる沖田を眺め、ぽつりと高杉は言った。
その時、暗闇で良く見えなかった彼の顔色がとても悪い事に気付いた。
酷く思い悩んでいるように見える。
「お前を連れて行ったら・・・、あいつ等は今度こそお前を殺す」
「・・・・・」
沖田は高杉の仲間である、冷酷な瞳をした男を思い出した。
高杉は沖田を守ろうとしている。そして、それでもこうして会いに来たのだ。
「最後だ。―――――来い」
その声に促され、沖田は思わず足を踏み出した。
しっかりと握っていた筈の刀が音を立てて床に転がる。
その胸に飛び込む瞬間、浮かんだのは土方の顔だった。








二度と会わないつもりだった。
それなのに今沖田は彼に強く抱き締められている。
愛しい者を抱くように、二度と離さないとしているようにその力は強く優しかった。
口付けも同様に深く、沖田は応えるように強く彼の背を掻き抱いた。
髪に指を絡め、高杉はゆっくりと床に沖田を横たえると首筋に唇を這わせていった。
互いに服を脱ぎ去り、肌を合わせる。それは眩暈がするほど甘美な感触だった。
「――――あっ、」
室内に響く淫猥な水音に混じり、自分の甘い吐息と声が聞こえる。
感じるのは高杉の熱い体温と匂い。
何度かも分からない程この腕に抱かれ、我を失くした時を思い出す。
この行為を悪夢の様に思ったのが嘘みたいに思えた。
脚の間で淫らに蠢く彼の指が、沖田に快感の波を起こし始めた。
「ん・・・、はぁっ・・・」
きつく締め付けるほど、それは大きくなる。夢中で彼の動きに合わせ腰を揺すると、自身も昂ぶるのが分かる。
「――――沖田・・・」
名を呼ばれ瞳を開けると、高杉の片方だけの瞳が見下ろしていた。
まるで、沖田の姿を記憶に止めて置こうとしているように真剣な眼差しだった。
「高、すぎ・・・?」
「沖田・・・」
再び唇を重ね、高杉は沖田の内部にゆっくりと自身を差し入れた。
「――――あぁ・・・っ」
脚を抱えるように持ち上げ、ぎりぎりまで深く突き刺す。
それだけでイってしまうかと思った。
ゆっくりとした抜き差しを繰り返した後、その動作は激しくなった。
沖田と同じく高杉の息も乱れ、荒くなり―――、二人はほぼ同時に絶頂を迎えた。



夜の闇は深くなろうとしていた――――――

























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ようやく書けた〜。
まだまだ書きたい書きたい書きたいよ〜。
あ、でももうHは嫌。ワンパターンで泣きたくなるよ、全く(笑)